議題 和食
和食っていいですよね。僕も年取って油っこいものが受けつけられなくなり、年々頑迷なる和食党になりつつあります。居酒屋大好き、焼き鳥屋大好き、立ち食いそば屋大好き、でも家で食べる白いご飯が一番好き!
そんな僕がなんの因果か、これから和食をdisります。「愛ゆえ」であることをお含みおきください。また、この連載エッセイで以前『僕の料理』というものを書いた時もそうなったのですが、食べ物の話と文化の話は強いアナロジーで繋がってきます。料理人でもグルメでもない僕がこの一文を草する資格が少しはあると考える所以です。
さて。和食がユネスコの無形文化遺産とやらを取ったようですね(詳しくは木村さん、よろしく→木村註釈1)。まずはめでたい。そりゃあ和食はいろいろな面で優れているから、そのような称号を戴いて当然と思いますよ。でも、ちょっと待ってーー完全に手放しで喜んでいいのかーーと、慎重派の僕は思うのです。
例えば「世界三大料理」というランキングが昔からあり、一般的にはフランス料理と中華料理とトルコ料理と言われています。その選定基準は曖昧であり、特にトルコ料理がそこに入ることには異論がいろいろとあるようです。しかし他の二つに異論が少ないのも、日本料理が入らないことに異論を唱える声が小さいのも事実でしょう。つまり和食の文化遺産の認定とは、和食が世界で最も優れているとか、美味しいとか、強大な存在感があるとかの認定とは別物であるーーという当然の事実をまずは確認しておきましょう。
簡単に言えば、和食は珍しいのです。世界中の人から見て「たかが食べ物になんでそこまでやるの?」とか「その価値観はこちらにはなかったわー」という、特殊性や意外性が多く含まれているのです。なぜそうなったかと言うと、やはり「ユーラシア大陸の東端に飛び出した島国」という地理的条件が大きいのでしょう。最近はもっぱらネガティブな意味で使われることが多いですが、本来は「希少価値が高い」という含意もあった「ガラパゴス状態」が生んだものでしょう。
逆に「なぜ中華料理が文化遺産にならないのか」考えてみましょう。簡単に言えば、すでに普遍的な(あえて国際共通語で言えば、ユニバーサルな)存在だからです。そりゃ世界三大料理の座を安定キープしてますからね。いや、そういう「美味しい」とか「料理テクニックが高度」とかだけじゃなくて、単純にレストランの数が多いのです。大した旅人じゃない僕が言うのもアレですが、マクドナルド一つない寂しい東欧の町なんかに夜中に到着してしまい、空腹を抱えて寝静まった街路をさまよい歩いていると、遠くに一軒だけ赤い光を煌々と灯して営業中の店を発見ーーやった、チャイニーズ・レストランだ!ーーみたいな体験はよくあります。「こんなマイナーな国のこんな小さな街にまで中国人は住み着いて、地元密着型の商売をやってんだ」という驚きは海外にいくとしばしば味わうものです。ユダヤ人と違って広大な本国がありながら、なお散らばり増えようとする「汎地球的意欲」みたいなものに接するたびに(それをゴキブリに喩える人は世界中にいますが、そういう好悪の感情は置いておき)、「自分たち日本人とは違うなあ」という確信を新たにさせられます。
僕は数年前北京郊外に半年以上滞在した時、地元の庶民的な店でよく食べてましたから、中華料理と日本料理の関係性について考える機会が日常的にありました。まず、中国に行く前から分かっていたことですが、文化全般がそうであるように、日本の伝統的な料理(食材、調味料、料理法)も、もともと中国からもたらされたものがとても多い、ということ。昔に遡れば遡るほど、中国文明はアジア地域で唯一無二の強大さを誇っていたのだから、その影響力が東西南北に及んでいたのは当然です。「ベーシックな部分では、中華料理は本店/親玉的であり、和食は分店/子分的である」という認識は、和食の美点を正しく捉えるためにも必要なことだと思います(自分の舌の実感からすると、中国の南の方の料理に、伝統的な和食との共通点を感じることが多かったです。それは古代、やはり中国の南の方から戦乱を避けて大量の人々が日本に渡来し、弥生文化を作ったーーという学説とリンクしそうですが、まあ、今回は深追いはやめときます)。
そういう、中華料理との関係の中で僕が気づいた和食の特徴は、「貧しさ」や「そっけなさ」、そして「もったいない精神」みたいなものでした。
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濃かれ薄かれ、みんな生えてんだよなぁ……
「とにかく信じられないくらい文章がうまい。ほれぼれしちゃう」とよしもとばななさんも絶賛。アーティストの日常からアートの最前線まで、第8回坂口安吾賞受賞、天才の頭の中身をエッセイで!
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