日本のゲームは、スペースインベーダーやドラクエに始まりWiiに至るまで、初心者もマニアも共に熱中させることのできる世界でも稀有な存在。このゲーム制作のノウハウを体系化したのが「ゲームニクス理論」です。
あらゆる分野に応用できる日本発の「おもてなしの知恵」で日本製品の魅力を見つめなおす、サイトウ・アキヒロ著『ゲームニクスとは何か』。その一部をダイジェスト版でお届けします。(全5回)
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ゲームニクス理論というのは、「子供からお年寄りまで、パッと見ただけで使い方が分かって、無理せず使いこなせるようになり、知らぬうちに夢中になってしまう」製品を開発するための技法です。
私は、ファミコン時代から、任天堂をはじめとした、さまざまなゲームメーカーと共同で20年近くゲームソフトを開発してきました。
こうして長年にわたり、数々のゲーム開発をする中で、ある日、私自身がゲーム業界特有の制作ノウハウに気づき、実践していることに気がついたのです。そして、せっかくゲーム業界における「成功の黄金ルール」が生まれてきているのに、これをきちんと分析し、まとめておかないのは、日本のゲーム産業が持つ最大の財産をみすみす捨てているようなものだと考えました。
しかも、よくよく見ると、そのノウハウは、ゲーム業界以外の人も興味のある普遍的な真理──「人を夢中にさせる」ためにはどうしたらいいか、という核心──を見事に突いたものです。このノウハウは、いつかゲームを超えて、あらゆる場面で役に立つ日が来るに違いないと確信しました。
そこで、「テレビゲーム」という言葉に、エレクトロニクスやメカニクスなどの「ニクス」という接尾語を加えて、《ゲームを科学した》という意味の「ゲームニクス/GAME-NICS」という言葉を作りました。そして、ゲーム開発におけるこれらのさまざまなテクニックやノウハウを、「ゲームニクス理論」として体系化したのです。
ちなみにこれは、ゲームそのものを発想したり、ゲームの世界観をイメージすることに役立つものではありません。あくまでも、ゲームを作るうえでの“基本”としての技術にかかわるノウハウです。「技術」ですから、実は、クリエイターのセンスといったものに左右されるものではなく、あくまでも普遍的な事実なのです。
だからこそ、ちゃんと説明すれば、誰にでも理解できるし、どんなものにでも応用ができるのではないかと考えているわけです。
「人を夢中にさせる」を科学して生まれた「ゲームニクス理論」とは?
本書『ゲームニクスとは何か』では、「人が夢中になる秘密」について、さまざまな面からひもといていきますが、その鍵となるのが、このゲームニクス理論です。これを理解してから考えていくと、とても分かりやすく納得感が高くなりますので、ぜひ、ここでいったん整理をしておきたいと思います。
似たような商品があっても、一方は売れて一方は売れない。どこが違うのかがイマイチわからない……。そんな場面に出会ったことのある人は多いでしょう。そんなときは、ゲームニクス理論を思い出していただけると、いいヒントになるのではないでしょうか?
例を挙げれば、あまり振るわなかったゲーム市場において、任天堂の「ニンテンドーDS」「Wii」が文字通りブレイクしました。他のゲームではなく、どうしてこの2つがブレイクしたのか、その理由も、実はこれが分かれば説明がつけられるのです。
「ゲームニクス理論」とは、もともとは「ゲームに熱中して継続してもらう」ためにはどうしたらよいかというノウハウです。ゲームに「集中してもらい」「のめりこんでもらう」ためにはどうしたらよいか、という基本的かつ普遍的なポイントを体系的にまとめたものです。
第一の目的:マニュアルがなくてもすぐに理解し操作できるようにする
まずゲームニクス理論には2つの大きな目的があります。
そのひとつめが、
『マニュアルがなくても、直感的・本能的に理解し、操作できるようにすること』
です。
ゲームというのは、自分で能動的にプレイすることでしか、その面白さを理解することはできません。そこが映画や音楽のように受動的であるメディアとは大きく違うところです。
ですから、自分からすすんで楽しんでもらうときに、「まずマニュアルを読んでルールを理解してください」という前提がついてしまうと、大半の子供にとって大きな障害となってしまいます。「そんなことまでして遊びたいとは思わないよ」って。
そこで、マニュアルを読まないでも、スイッチを入れた直後から自然とゲームに夢中になってもらうように、ワクワクするような仕掛けをたくさんちりばめていかなければなりません。
「次に何をしたらよいのか」「どのボタンを押せば次のステップに進むのだろうか」「何を探せばよいのか」「自分のしたいことを実行するにはどうすればよいのか」……といったことが直感的にプレイヤーに伝わるようにしていかなければなりません。そのすべてに迷わせることなく、「あなたのしたいことをするには、ほら、こうすればいいんですよ」と、画面全体にその行為を促すような情報や仕掛けを埋め込んでおくのです。
あなたは、新しいDVDレコーダーを買ってきたとき、すぐに使いたいのに、あれこれマニュアルを読みながらまずはいろいろと設定をし、基本的な操作を理解し、さらにマニュアルを読み込んで使い方を憶えていかなければならず、「すぐに使いこなしたいのに面倒だなぁ」と思ったことはありませんか?
しかも、マニュアルを読んでもよく使い方が分からない、なんて経験もあるのではないでしょうか? いや、それ以前に、自分のしたいことをするために、マニュアルのどこを読めばいいのか、まずそれを探すのに苦労したことはありませんか?
そうなんです。日本のテレビゲームは、家電品と違って、イライラするような悩みの全てがすでに解決されているのです。だってそんなイライラするようなゲームだったら、子供は、はなから遊んでくれませんから。
「言葉でいろいろと説明をしなくても、何をするにも直感的に理解できる」ということが、日本のテレビゲームが世界中で受け入れられた大きな要因でもあるのです。
第二の目的:難しいことでも自然とできるようにする
そして、ふたつめの目的が、
『複雑な内容でもストレスなく理解させ、自然と、段階的に学習できるようにすること』
です。
「間口が広くて、奥が深い」「ターゲットは初心者から熟練者まで」。
この両方を満たすものづくりはとても大変です。それぞれが相反するもので、自転車とスーパーカー両方の乗り方をひとつにまとめるようなものですから。
でもテレビゲームの場合、この両方を満たさなくてはいけません。
アクションゲームがあまり得意でない人でも、“やさしい難易度”でちゃんと最後まで楽しめる。アクションゲームが得意な人は“ハイレベルな難易度”でちゃんと最後まで楽しめる。──その両方を満足させるものを、ひとつのソフトの中で実現する。これがゲーム制作の大前提なのです。
そのうえで、得意でなかった人も、だんだんとできなかったアクションを覚えていって、自然と“ハイレベルな難易度”に挑戦したくなるように作りこんでいく。
どうですか? ここで言っている「段階的な学習効果」というのは、これを実現させるためのノウハウなのです。そしてこれこそが、世界の子供たちがゲームに熱中している大きな要因なのです。
マニュアルも読まずにその世界にすぐに入り込めて、だんだんと上達していける。成長する達成感を味わいながら、次々と難問をクリアしていく。……そんな自分が想像できたら、それにハマってしまうのもうなずけませんか。
さあ、これをテレビゲーム以外のものに当てはめて考えてみましょう。
たとえば携帯電話。買ってきた携帯電話には多様な機能がついています。最初は「電話をかける」「メールをする」といった基本的な機能を使うことから始まり、だんだんと「携帯でワンセグを楽しむ」「携帯で外出先から忘れていた録画予約をする」「切符を買わないで携帯で電車に乗る」といったことまで自然と使いこなせるようになります。いや、使いこなすのが楽しくてしょうがなくなっていく。……そういったことを可能にするノウハウがこの2つめの要素なのです。
もちろん家電品以外にだって応用できます。例えば教育で考えてみましょうか。「ゲームに熱中するように、勉強にも夢中になってくれたらなぁ」と悩む親御さんや教師の方も、ゲームニクスをうまく応用すれば、子供を勉強に集中させることは可能なのです。
※次回「ヒットは必然だ。ゲームニクス理論を支える四原則(前編)」は3月12日(木)更新予定です
ゲームニクスとは何か 日本発、世界基準のものづくり法則
ゲームクリエーター、サイトウ・アキヒロさんの『ゲームニクスとは何か』が待望の電子化!書籍の一部を抜粋してお届けします。