群馬県立中央病院の院内システムと、マイナンバーの情報提供ネットワークシステムを相互接続する動作テストをするため、神谷翔は真岡市のデータセンタに詰めていた。そのデータセンタの一区画で、異常が起き始める。
午前五時の無人データセンタは、人影もなくしんと静まり返っていた。
裏口近くの小さな管理室で、長谷部(はせべ)はあくびをかみ殺した。
無人データセンタと呼ばれてはいるが、まったく人がいないわけではない。
保守作業でSE(エスイー、システムエンジニア)が入館できるよう、受付と裏口には二十四時間人がいる。
無人と呼ばれるのは、現地にはSEが常駐せず、受付や警備の仕事しかしないためだ。年間三百六十五日、休むことなくシステムを監視しているセンターは、遠く霞が関にある。
ここは、栃木県真岡(もおか)市の田んぼのど真ん中、閉鎖された工場をデータセンタとして再リサイクル利用した施設だ。
駅から車でも十五分はかかるこのデータセンタに待機している長谷部の主な仕事は、代わり映えのしない監視カメラ映像を眺めながら、割り当てられた八時間の勤務時間が過ぎるのをひたすら待つことだった。
もちろん、他にも仕事がないわけではない。
前半の四時間は、正面玄関の受付に座り、やってきたSEをサーバルームに案内する。後半の四時間は裏口に近い管理室に移動し、一時間に一度、サーバルームを歩いて電源ランプを確認する。
受付にも管理室にも、監視カメラの映像を確認できるモニタリングPCと、受付管理システムをインストールした管理用PCが一台ずつ設置されている。
零時にデータセンタ入りした長谷部は、前の日の二十時から受付に詰めていた十和田(とわだ)と交代し、四時までそこに座っていた。
その間、案内したのは、零時過ぎにやってきたエールシステム社のSE一人だけである。
ひょろっとした、なんとも頼りなさそうな若者だった。
実際、電車を乗り過ごしてしまったらしく、予定より二十分ほど遅れてやってきた。
四時になると、次の受付担当者の小川(おがわ)がやってきた。長谷部は受付を彼に任せてサーバルームの見回りに行った。
見回りを終えると、長谷部は十和田に代わって裏口近くの管理室に移動した。
裏口は、サーバ機器やネットワーク機器をトラックで搬入する際に使われるのだが、今日は大きな工事の予定もない。あくびをかみ殺しながら、時々モニタリングPCに映し出された監視カメラの映像に目をやっている。
たいていの日はこんなものだ。
長谷部は、建物の出入り口とサーバルームの出入り口、廊下、サーバルーム内部の映像を確認した。いずれも異状なし。
先の若者は、なんと机につっぷして居眠りしていた。徹夜作業で疲れたのかもしれないが、こんな仕事っぷりで給料をもらえるのだから、呑気(のんき)なものだ。
もっとも、長谷部の仕事も、はたからはずいぶん気楽に見えるかもしれなかった。
たまさか深夜にトラブルが起きても、おおわらわなのは入館してくるSEたちだけ。長谷部が何かするわけではない。
夜間勤務で生活リズムが乱れること、面白みがないこと、将来が心配なことを除けば、いたって気楽な職場だった。
長谷部は、受付管理システムで、現在の入館者情報を確認してみた。
所属:エールシステム株式会社 システムサービス部
名前:神谷翔(かみやしょう)
エンドユーザ:群馬県立中央病院様
作業内容:マイナンバー連携システムリリース作業
持込物品:ノートPC一台をサーバルームに持ち込み
作業エリア:D - 7
作業予定時間:午前零時から六時
退館予定時刻まであと一時間。
もう一時間眠らせておいたっていいのだろうが、冷房の効いたサーバルームで長いこと寝ていたら風邪をひいてしまいそうだ。
(見回りついでに起こしてやるか)
卓上時計が、小さくアラーム音を立てた。
午前五時だ。
定時の巡回をしようと腰を上げかけたその時、電話が鳴り出した。
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