群馬県立中央病院のシステムの動作テストをするため、神谷翔がつめていた真岡市のデータセンタ。大量の企業データが集まるこのセンターの管理人・長谷部のところに、アルティメイト社から緊急電話が入った。「異常事態、サーバルームを調べてほしい」ーー長谷部は急いでサーバルームへ向かった。
サーバルームは、長谷部のいる管理室から渡り廊下を抜けて隣の棟へ移動し、二階分上った先にあった。
入口にはセキュリティに万全を期すため、二重にロックが施されている。
壁に設置されたカードリーダに入館証をかざすと、廊下に面した第一の扉が開いた。
その先の前室に入ると、背後で扉がロックされる。
前室からサーバルームへ続く第二の扉は、カードキーに加え、掌をかざして静脈認証にパスしないと通らない。友連れを防ぐための仕組みで、一人ずつでないと通過できないのだ。
静脈認証にしろ指紋認証にしろ、生体認証という奴は、時々、うまく認識されないことがあって、いつも少しばかり緊張する。この小部屋で閉じ込められたら、トイレにも行けず、水も飲めず、誰かに気づいてもらえるまで、一人きりで何時間も過ごすことになる。
樋口から聞いた話では、三年ほど前、二重扉に挟まれた前室の中で、脳卒中を起こして倒れた人がいたらしい。
天井近くに設置された監視カメラは、侵入者を見張るためのもので、閉じ込められた人間を助けるためのものではない。
当時は、まだクラウドのエリアも設置されておらず、サーバルームはがらがらだった。監視センターもなく、訪れるSEも少なかったし、一時間に一度の巡回ルールもなかった。
翌日、別の入館者がやってきて、ドアが開かないことに気づいた。前室に人がいる間は、廊下側からも、サーバルーム側からも、扉が開かないようになっているのだ。
受付の人間が、管理会社に連絡してドアを開けたころには、倒れた人間が遺体になって、既に三十時間以上経過していた。
巡回ルールができたのは、電源ランプの確認のためだが、こうした経緯を反省してのことでもあったらしい。
もちろんこのことは、口外無用になっている。
監視カメラに見守られながら、長谷部は慎重に掌を装置にかざし、カチリ、とロックが開く音を聞いて胸をなでおろした。
ドアが開くと、そこは見渡す限りサーバラックの森だった。
高さ二メートルほどだろうか、冷蔵庫よりも少しばかり大きな縦長直方体が整然と立ち並ぶ。
ところどころに、サイズやデザインの違うラックが見えるのは、利用者(ユーザ企業)の持ち込みで設置された物だろう。
奥のクラウドエリアと違うのはその点だ。
データセンタには、四種類の利用方法がある。
一つ目が、場所だけ貸し出し、サーバやそれを収容するラックを利用者側で用意するハウジング。企業や官公庁などが主な利用者となる。
二つ目がサーバ自体を貸し出すホスティング。こちらは、レンタルサーバという名前で、個人が利用する場合もある。
三つ目が、ソフトウェアの利用権だけを与えるASP(エーエスピー)。
四つ目が、最近利用の増えているクラウドである。
クラウドでは、サーバを貸し出す場合もあれば、ソフトウェアサービスだけを利用させる場合もあるが、従来のサービスと違うのは、〈仮想化技術〉が使われている点だ。
〈仮想化〉は、一台の物理サーバの上に、何台もの仮想サーバを併存させる技術である。マンションの一室を間仕切りして、大勢の人にルームシェアさせるようなものだ。
業者にしてみれば、空き部屋を効率よく貸し出せるというメリットがあるし、借りる側も、季節変動や都合に合わせて簡単かつ安価にサーバを増減できる。
他人と相乗りする気持ち悪さから、官公庁や、企業の中枢を担う基幹システムでの利用は避けられてきたものの、コスト削減の波には逆らえず、最近では、クラウドの利用が増えている。
このデータセンタでは、サーバの列に、Aから順にアルファベットがふられていた。
A列からN列がホスティングエリアで、入口はI列付近にある。N列とO列の間には、仕切りの壁と鍵のついた扉があり、そこから先がクラウド専用エリアとなっている。
クラウドエリアへ急ぎ足で向かい始めると、アルミニウム製の二重床を歩く足音が、静かなサーバルームの中に響き渡った。人気(ひとけ)のないサーバルームには、長谷部の足音の他、サーバが盛んに吐き出す排気の音しか聞こえない。
(あれ?……)
歩き始めて、違和感を覚えた。
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