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アウトサイダー・アート入門

2015.04.07 公開 ポスト

第1回 強烈だった精神病患者、幻視者たちの作品椹木野衣

「アウトサイダー・アート」という言葉をご存じでしょうか? 障害者や犯罪者、幻視者など正規の美術教育を受けない作り手が、自己流に表現した作品群です。椹木野衣さんの『アウトサイダー・アート入門』では、社会からの断絶し、負の宿命に立ち向かうために芸術に身を捧げた者たちを紹介しています。まずは、序章から「アウトサイダーアート」を盛んに耳にするきっかけとなった展覧会についてと目次をお届けます。

静かで大きな波

 私が「アウトサイダー・アート」ということばを盛んに耳にするようになったのは、1993年に東京の世田谷美術館で展覧会「パラレル・ヴィジョン──20世紀美術とアウトサイダー・アート」が開かれ、日本の美術界(のみならず文化芸術に関心を持つ多くの人のもとに)静かだが大きな波を起こした時期に遡る。もっとも、「アウトサイダー・アート」ということば自体の来歴はもうちょっと古い。英国の批評家ロジャー・カーディナルが、もととなる仏語「アール・ブリュット」を英語圏で論ずる際に翻案した著作名がきっかけとされている。1972年のことだ。けれども、少なくともわが国でこのことばが広く知られるようになったのは、先の展覧会をきっかけにすると考えてほぼまちがいない。日本で最初にアウトサイダー・アートについて一般に向けコンパクトにまとめた好著、服部正『アウトサイダー・アート 現代美術が忘れた「芸術」』(光文社新書、2003年)でも、同展は日本への最初の波及として真っ先に触れられているので、まずまちがいのないところだろう。それまでも、同じ傾向の美術についての呼び名であった「アール・ブリュット」は、専門家や美術に関心のあるひとたちのあいだではよく知られていた。が、ほぼ同じ守備範囲を持つにもかかわらず、これをきっかけに、「アウトサイダー・アート」ということばは一気に「アール・ブリュット」という「専門用語」を凌駕してしまう。近年でこそ、国ぐるみでの美術政策としての「アール・ブリュット」による巻き返しが見られるものの、知名度の点ではまだアウトサイダー・アートのほうが通りがよいのではないだろうか。それくらい、この展覧会のインパクトは大きかった。

 今でもよく覚えているが、このとき世田谷美術館の展示室には、いつもと違う異様な雰囲気が立ちこめていた。クレー、エルンスト、バゼリッツ、ボロフスキー、ボルタンスキーといった近現代を代表する美術家の作品も並べられていたが、同時に、そうした公的な評価を持たない無名者や犯罪者、精神病患者や幻視者たちの描いた絵が巨匠たちと同じ扱われ方で展示され、なおかつ、後者の作品のほうが、遥かにインパクトが強かったからである。

 このように、本展の主眼は、近現代美術の押しも押されもせぬ巨匠からなる「インサイダー」たちの作品と、無名で評価が不詳の「アウトサイダー」たちの謎めいた作品(?)の双方に美術として同じ権利を持たせ、そのあらわれとして両者を「並行(パラレル)」に展示して見せることに置かれていた。

 ただし、本展を企画したのは日本の学芸員ではない。1992年に米国ロサンジェルスのカウンティ・ミュージアムでモーリス・タックマンというキュレーターが組織した展覧会が、スペインのマドリード、スイスのバーゼルを経て東京へと巡回してきたものなのだ。この人物は本展に先立って「芸術における霊的なもの──抽象絵画1890─1985」展(1986年)を組織しており、抽象絵画を造形的な面のみならず、画家の内面から迸り出る霊的なヴィジョンの観点から見直す試みをしたことでも知られている。「パラレル・ヴィジョン」展も、おおむねこの流れの延長線上にあると考えてよいだろう。事実、スピリチュアリズム(心霊主義)とアウトサイダー・アートは密接に関係する。

 

目次

序章

誰がアウトサイダーなのか 
静かで大きな波 
外道としてのアウトサイダー 
インサイダー・アート 
アール・ブリュットの復権 
負の痕跡 
コリン・ウィルソンの『アウトサイダー』 
内なる秩序の回復 
独学者の創作 
アウトサイダーの音楽 
後美術家 
アウトサイダー・アートと日本人 

第1章

老人たちの内なる城 
フェルディナン・シュヴァル 
「つまずきの石」 
片田舎の郵便配達夫 
理想宮の建設 
シュヴァルの理解者 
相次ぐ家族の死 
夢の終着点 
宮殿の保存運動 
アンドレ・マルローの援護射撃 
来るべき芸術 
夢の実現を可能にしたもの 
サイモン・ロディア 
ロサンジェルスの奇妙な塔 
イタリアから来た小さな男 
33年の孤独な作業 
奇妙な塔の評判 
高度で幾何学的な建築構造 
繊細で可憐な装飾 
我らの街 
既存の領域からはみ出す「なにか」 
息を吹き返したタワー 
取り戻された栄誉 
ヘンリー・ダーガー 
独居老人が残した宝の山 
ラーナーが果たした役割 
死の直前の発見 
母の死と妹の喪失 
グランド・ツアー 
非現実の王国で 
壮大な物語を彩る挿し絵 
神との終わりなき決闘 
アウトサイダー・アートの王 

第2章

極限に置かれた者たち 
渡辺金蔵 
奇怪な邸宅の記録 
アール・ブリュットとアウトサイダー・アート 
道楽への熱中 
関東大震災との遭遇 
世界一周への旅 
目的のない浪費 
海水の塩分への執着 
二笑亭の実現へ 
変なようで変でない建物 
奇妙なバランス感覚と震災の記憶 
二笑亭の幻影 
三松正夫 
著名人のアウトサイダー 
世界で唯一の火山誕生の記録 
壮瞥の郵便局長 
有珠山の噴火 
新たな火山の誕生 
ミマツ・ダイヤグラム 
決死の覚悟 
三松正夫記念館 
極彩色の火山画 
手塚治虫の「火の山」 
偉大な芸術と科学の融合 
出口なお、王仁三郎 
宗教と芸術のあいだを駆けるアウトサイダー 
新興宗教「大本教」 
宗教と芸術の分離 
出口なおの「お筆先」 
情け容赦ない試練 
世直しの神 
鬼才・王仁三郎 
国家の弾圧と芸術運動 
日本における評価の欠落 
最晩年の執念 

第3章

権威からの逸脱 
ルイーズ・ブルジョワ 
蜘蛛女の呪い 
消えない傷 
名誉と屈辱 
アウトサイダーであること 
芸術による復讐 
ニューヨーク・スクール 
革新性への無視 
告白の芸術 
正気の保証書 
ジャン=ピエール・レイノー 
当代アート界の巨匠 
美術界の外部 
植木鉢とタイル 
ミニマル・アート 
トラウマの表出 
常軌を逸した家への執着 
アウトサイダーの家 
不気味なもの 
破壊と再生 
田中一村 
日本のゴーギャン 
一村の「可能性の中心」 
遮られる行く手 
特異な遠近法 
南方への逃避行 
内なる良心 
ふたりのアウトサイダー 
患者たちとの交流 
姉の死 
新境地への挑戦 

終章

アウトサイダー・アートの真実 
山下清と八幡学園の子どもたち 
芸術を必要とする者 
震災が招いた苦難 
世間との軋轢 
善悪の彼岸としての芸術 
虫への好奇心 
子どもの絵 
貼り絵という手法 
幽霊小僧と呼ばれる少年 
脱社会的な贈与 
隔離による価値の転倒 
芸術の棲み家 
「観る」という体験 
真の意味での芸術家 
主要参考文献一覧 

あとがき 

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椹木野衣

一九六二年埼玉県生まれ。美術評論家。多摩美術大学美術学部教授。同大学芸術人類学研究所所員。同志社大学卒。『シミュレーショニズム』(ちくま学芸文庫)、『日本・現代・美術』『なんにもないところから芸術がはじまる』(ともに新潮社)、『「爆心地」の芸術』(晶文社)、『太郎と爆発』(河出書房新社)、『戦争と万博』『後美術論』(ともに美術出版社)、『反アート入門』(幻冬舎)など著書多数。

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