不浄である泥の中から茎を伸ばし、清浄な花を咲かせるハスは、仏教が理想とする在り方。極楽浄土に最もふさわしい花とされてきました。このように仏教ではさまざまな教義が植物に喩えて説かれ、寺や墓のまわりも仏教が尊ぶ植物で溢れています。『なぜ仏像はハスの花の上に座っているのか』は、そんな植物と仏教の意外な関係、植物の生きる知恵を植物学者、稲垣栄洋さんが楽しく解説した一冊。ダイジェスト版の短期集中連載第3回で取り上げるのは、「マンジュシャゲ」。なぜ、マンジュシャゲを墓地で多く見るのはなぜなのでしょうか?
マンジュシャゲが墓地に植えられる理由
これまで、「マンジュシャゲにはまったく葉っぱがないのにどうして花を咲かせることができるのか」「マンジュシャゲはどうしてお彼岸の頃になると一斉に咲くのか」「種をつけないマンジュシャゲが、どうして各地に広がったのか」という三つの謎を解き明かしました。
マンジュシャゲはお彼岸の頃に鮮やかな花を咲かせるので、仏花としてよくお墓に供えられます。
その一方で、墓地の周辺でよく見られることから、死人花、幽霊花、捨て子花といった不吉なイメージの別名もつけられています。
マンジュシャゲが墓地の周辺に植えられたのは、単に仏花として利用するためだけではありません。ここで、「マンジュシャゲが、どうして墓地でよく花を咲かせているのか」という謎を考えてみることにしましょう。
前項で紹介したように、マンジュシャゲの球根は毒を持っていますが、水にさらして毒を取り除けば食べることができます。そのため、飢饉や天災などいざというときの食糧にするために、マンジュシャゲは植えられました。
墓地は村の中でも安全な場所に造られています。急峻な地形を流れる日本の河川は、頻繁に洪水を起こしました。
そこで人々は、洪水にあっても大丈夫なように高台や盛り土の上に墓地を築いたのです。そして、災難があっても安全な場所である墓地に、人々はマンジュシャゲを植えたのです。墓地に植えておけば、先祖が大切な食糧を守ってくれるという思いもあったかも知れません。
マンジュシャゲが墓地に植えられた理由は、それだけではありません。
マンジュシャゲの根は、牽引根と呼ばれ、球根を地中へ潜り込ませるように縮む性質があります。そのため、マンジュシャゲを植えると、盛り土した墓地の土砂が崩れるのを防ぐ効果があるのです。
洪水から家を守る土手や盛り土には祠や墓が建てられました。これは大切な墓を洪水から守るためと、一方では家屋を祖先に守ってもらいたいという願いからです。そして、その家を守るための墓地の盛り土にもマンジュシャゲが植えられたのです。
マンジュシャゲが墓地に植えられた理由は他にもあります。
マンジュシャゲは、根から他の植物の生育を抑える毒性の化学物質を滲出させます。ときどき、土手などでマンジュシャゲが群生しているのは、マンジュシャゲの根から出る物質が、雑草の繁茂を防ぐからです。
マンジュシャゲが出すこの物質は、穴をあけて盛り土を崩してしまうネズミやモグラを避ける効果もあります。埋葬された遺体を守る意味もあったと考えられています。
こうして、人々に植えられたマンジュシャゲは墓地を守り、ずっと昔から、毎年毎年、その鮮やかな花を咲かせ続けてきたのです。
マンジュシャゲは、知れば知るほど本当に不思議な花です。
先にもふれたように四華の一つとされているマンジュシャゲは、もしかすると本当に天上から降ってきた花なのではないか。
この世のものとは思えないマンジュシャゲの鮮やかな花を眺めていると、そんな気分にさせられます。