不浄である泥の中から茎を伸ばし、清浄な花を咲かせるハスは、仏教が理想とする在り方。極楽浄土に最もふさわしい花とされてきました。このように仏教ではさまざまな教義が植物に喩えて説かれ、寺や墓のまわりも仏教が尊ぶ植物で溢れています。『なぜ仏像はハスの花の上に座っているのか』は、そんな植物と仏教の意外な関係、植物の生きる知恵を植物学者、稲垣栄洋さんが楽しく解説した一冊。ダイジェスト版の短期集中連載第3回で取り上げるのは、「スギナ」。スギナの別名が「地獄草」だというのは、ご存じですか?
死の大地にいち早く芽を吹いたスギナ
日本では、死んだ人は三途の川を渡り閻魔大王の裁きを受け、罪の重い者は地獄に落とされると信じられていました。
私が子どもの頃も、良いことをした人は天国に行き、悪いことをした人は地獄に行くと教わりました。だから悪いことをしてはいけないと幼な心に思ったのです。
ところが、現代ではそんなことを言う大人はいなくなってしまいました。
道徳心は、地獄があってもなくても守るべきもの。とはいえ、人間の心は弱いものです。ときには人智の及ばない仏の世界の力を借りて、浅はかな我欲を律することも必要なのかも知れません。そういえば、「お天道様が見ている」という言葉も、最近ではめっきり聞かなくなりました。
地獄は、地面の下の四万由旬の場所にあるといわれています。
「由旬」というのはインドの距離の単位で、一由旬は二〇〜三〇キロメートルとされていますから、地獄は地表から一〇〇万キロメートルもの深さにあるということになります。ところが、地球の半径は六三七八キロメートルしかありません。一○○万キロメートルの深さというと地球七十八個分の深さになってしまい、地球の裏側まで突き抜けてしまいます。科学というのは本当に野暮ですね。
ところで、地獄の名がついた植物があります。スギナです。スギナは道ばたや土手、畑などに見られる雑草です。スギナは多年生のシダ植物で、細かい枝を群生させるのが特徴です。そのようすがスギに似ていることから「杉菜」と呼ばれるようになったという説もあります。
このありふれた雑草の別名が、どうして地獄草なのでしょう。
スギナは根が深く張っています。そのため、スギナの根は地獄まで伸びているといわれているのです。一説には、スギナの根は地の底まで伸びて、閻魔大王の囲炉裏の自在鉤になっているともいわれています。それくらい深いのです。
「根が深い」といわれますが、地面の下へと伸びているのは根ではなく、根茎と呼ばれる地下茎です。スギナは地面の下にも、茎を縦横無尽に張りめぐらせているのです。
「スギナ」という名前より、春の風物詩として親しまれている「ツクシ」の方が知られているかも知れません。
「つくし誰の子 すぎなの子」と歌われますが、実際には、ツクシはスギナの子どもではありません。
スギナとツクシとは地下茎でつながっています。スギナは、シダ植物なので花を咲かせません。従って、種は作らず胞子で増えます。この胞子を作る胞子茎がツクシなのです。ツクシは、ふつうの植物では花に相当する器官です。
ツクシはかわいらしいイメージがありますが、スギナは困りものの畑の雑草として知られています。草刈りをしても除草剤をまいても、地の底から何度でも復活してくるのです。スギナは根茎を張りめぐらせることで、まるで地下のシェルターのように身を守ります。
かつて原子爆弾を落とされ、この世の地獄と化した広島で、真っ先に緑を取り戻したのがこのスギナだったといいます。
地中深く伸びていた根茎がシェルターのように熱線を免れたのでしょう。
緑が戻るのに五十年はかかるといわれた死の大地にいち早く芽を吹いた「地獄草」は、どれだけ人々の心を勇気づけたことでしょう。
日本では閻魔大王は地蔵菩薩の化身であるとされています。地獄草もまた、地の底から私たちを助けに来てくれたのです。