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『野武士のグルメ 2nd』発売記念対談 「ひとりメシ」で知る自由と懐かしさ

2015.04.09 公開 ポスト

後編

刺身とタンタン麺の間を求めて久住昌之/津田大介

『漫画版 野武士のグルメ 2nd』発売記念対談前編で、「小さい頃に食べたコロッケの味は超えられない」という結論に達した久住さんと津田さん。いい感じに酔いの回ったふたりの口からは、地方で本当にうまいものと出合う方法が明かされました。(構成:稲田豊史 写真:牧野智晃)

 

やっぱり聞きたい「最後の晩餐に何を食べるか?」

津田 是非お聞きしたいことがあるんです。久住さん、もし明日に病気で死ぬとなったら、最後に何を食べたいですか? 「病気でも食欲はある」という都合のいい前提で(笑)。

久住 普通に、白いご飯と味噌汁とウマイぬか漬けかなあ。家で漬けてるのを出したばっかりのやつ。実家で母親がずっと漬けてたんだけど、僕は小さい頃から、食卓に並んだぬか漬けの種類で季節を感じてたんですよ。ナスが出てくると夏休みが近いぞとか、大根だから冬だなとか、暖かくなってきたから、そろそろキュウリかなとか。津田さんは?

津田 僕は舌が安いですからね……。サッポロ一番のみそラーメンです。もちろん袋のほう。

久住 あー! 僕も今や何ヶ月に1回しか食べないけど、すげえうまいよね、サッポロ一番(笑)。

津田 子どもの頃、おやつとしてさんざん食べてたんですよ。今は仕事でそこそこうまいものを食べる機会も増えたわけですが、ひとたび食べると、子どもの頃に戻っちゃう。これもまるで「ココロのコロッケ」(前編参照)ですよ。

久住 もしかして、自分で作ってたの?

津田 ええ、鍵っ子だったので、小学校2、3年の頃から作ってました。家にいつも買い置きがあったんです。そのうち普通に作るんじゃなくて卵を入れてみたり、子どもなりに工夫するようになりました。お湯を入れるだけのカップラーメンと違って袋ラーメンは鍋を使うから、ちょっとだけ大人への扉を開けた気分を味わってました。

久住 わっかるなぁ。その大人気分。僕は中学1年か2年のときに、先輩に立ち食いそばをおごってもらったんだけど、あの時は本当に先輩が大人に見えたなあ。確か70円くらいのかけそばだったんだけど、びっくりしましたね。こんなに安い値段で、ちゃんとあったかいそばが食べられるんだって。

津田 僕も中学3年のとき、はじめて池袋の吉野家に入って、世の中にこんなうまい食べ物があるのか!って、感動したんですよ。だから死ぬ前のひと品には吉牛も入れたいですね。

久住 食は味だけじゃなくて、体験込みで刷り込まれててるからね。

津田 『孤独のグルメ』の井之頭五郎も『野武士のグルメ』の香住武も、基本的にひとり飯ですが、このひとり飯自体もひとつの体験じゃないですか。それで言うと僕の初体験、つまり「ひとり飯童貞を捨てた」のは吉牛なんです(笑)。そこで、ものすごくうまかったという強烈な印象を刻んじゃったおかげで、その後はしばらく、吉牛ばっかり通っていましたね。

 

地方でうまいものを食べるには

久住 さっきもライターさんにも聞かれたんだけど、「はじめて訪れた土地で、いいお店を探すコツ」って、誰もが聞いてくる質問だよね。いやいや、そんなのないですから(笑)。成功もあれば失敗もある。レコードの「ジャケ買い」ならぬ「ジャケ食い」だよ。店構えだけで決める。さしずめメニューは歌詞カード。

津田 レコードのジャケ買いと同じで、成功率ってそんなに高くないですよね。

久住 ジャケ食いの経験が豊富だと成功率が高くなるけど、それって僕自身が好みかどうかでしかない。みんなにとっておいしいかどうかは、別の話なんだよね。

津田 東京と違って、地方に行けば行くほど「食べログ」って役に立たないんですよね。そもそも登録件数が少ないし、本当に地元の人しか知らない店は登録されていない。たとえ登録されていても点数が低かったり。でも、行ってみると信じられないくらいおいしいものが出てきたりする。あと、東北では本当にうまいものをお店よりも家で出すんですよ。

久住 たしかに。でも、なかなか地元に知り合いはいないでしょう。

津田 それがですね、親交のあるU-zhaan(ユザーン)というミュージシャンが、秋田で本当にうまいきりたんぽをつくるマダムと知り合いなんですよ。それを聞いたとき、いいなあ、食いたいなあと思ってたら、去年の秋にタイミング良く仕事で秋田大学で講演しないかという依頼があったんです。テーマは「情報発信の仕方」だったので、これはしめたと。U-zhaanはTwitterが面白くて本にもなっているので、主催者に「ふたりのトークショー形式はどうですか?」って提案したら、それが見事通りまして。講演の日の夜、もう完全にこっちがメインなんですけど、マダムのきりたんぽをいただきました。それは信じられないくらいうまかったですね。

久住 あとさ、地方は“間(あいだ)”がないよね。

津田 間……?

久住 こないだ千葉の勝浦に行って、観光課の方に接待していただいたんです。どっさりの刺身が出てきて、おいしいんだけど、多すぎてとても食べきれない。刺身以外にも、ものすごくでかいキンメダイの煮付けとか、イノシシの肉まで出てきちゃって。

津田 『漫画版 野武士のグルメ』第1巻の「釜石の石割桜」の話と同じですね。おいしいんだけど、量が多すぎる。

久住 勝浦はタンタン麺が有名なので、翌日は街道沿いの気軽な店でおいしいのをいただいたんですが、つまり地方のお店って、豪華な「刺身どっさり」と気軽な「タンタン麺」の“間”にあたるお店がない。“間”は地元の人が家でとる食事なんです。僕としては、本当は“間”が食べたいのに。

津田 観光客の立場からすると、意外と地味なものに感動しちゃったりします。僕も北海道に行った時、いちばん感動したのは魚介類じゃなくて、じゃがいもでしたから。

久住 地元の人は、地元に昔からあるものを恥ずかしがって自慢しないんですよ。以前、タコしゃぶで有名な愛知の日間賀島に行ったとき、一緒に出たワカメがあまりにもおいしくて、名物のタコが霞んじゃったもん。ワカメがおいしいってことは島の人ももちろん知ってるんだけど、家で食べてるようなものを出すのは恥ずかしいって気持ちが働く。さっきの最後の食事の話で、うちのおふくろのぬか漬けを人様に出すかっていったら出さないのと一緒で。

津田 一見地味に見えるから、あえて売りにしないんでしょうね。観光客からすれば、そういうのこそ食べたいのに。

久住 そういう意味じゃ、ある土地に3回くらい訪れてやっと連れて行ってくれる店があるんですよ。つまり“間”の店ね。1回目に連れて行くと、上司に「あんなとこ連れてったのか」って怒られちゃうような。それで旭川で3回目に連れて行ってもらったのが、ホルモン焼きの馬場ホルモン。メニューもなくて、どこだかわかんない部位が皿にデタラメに混ざって盛られていて、塩で味付けしてある。小皿もなければタレもない。焼いたら網から直接食うんだけど、ここは最高、最強だった。旭川で一番美味しかったですよ。最初からここ教えてよ!って(笑)。でもそうはならない。気持ちはすごくわかる。

 

リタイア後の指南書としての『野武士のグルメ』

津田 僕、『漫画版 野武士のグルメ』は、サラリーマンがリタイア後に楽しみを見出すための指南書としてすごくいいんじゃないかって思うんですよ。世の中には仕事を辞めて生きがいを失うと一気に老け込む人も多いじゃないですか。香住は生きがいを新しく見つけたわけじゃないですが、生まれた時から誰にでもついてまわる「食事」というものを趣味にしてるから、静かに輝いて見える。

久住 うちの親父はリタイアしてから長いけど、楽しそうだよ。香住みたいに寝坊してるもん。仕事が嫌で嫌でたまんなかったんだろうね(笑)。

津田 2巻の「ベンチの握り飯」の話なんて象徴的ですけど、リタイアしたサラリーマンがやることもなく散歩して、ただ握り飯をベンチで食うって、考えようによっては惨めじゃないですか。でも、これを惨めだと思うのか、最高の贅沢だと思うのかは、心持ち次第なんですよね。『漫画版 野武士のグルメ』を読んで、それこそが贅沢なんだと気づかされました。僕はライターとして駆けだしでそんなに忙しくなかった頃は、高円寺で香住みたいに昼間から飲んでたんですよ。香住はサラリーマンを退職してこれができる今は幸せだって言ってますけど、僕は20代の頃にもう幸せだった。失って初めて気づく幸せですね(笑)。僕もそうですが、久住さんもサラリーマン経験がないんですよね?

久住 うん。大学生以来、満員電車には乗ったことがないよ。

津田 ラッシュアワーが人を老けさせる、というのが長年の僕の持論なんです。だから、『漫画版 野武士のグルメ』のように、「昼間からひとりで酒を飲むっていう行為は、実はアンチエイジングにいいんだ」みたいに提案していくと、またぜんぜん違った層に本が売れるんじゃないですかね(笑)。

久住 あえて誤解させて売るわけだ。赤瀬川原平さんの『老人力』がベストセラーになったときも、さんざん誤解されてたしね。講演の依頼が来たと思ったら、老人ばっかりの会場で「この老人を元気にしてください」って。「老人力」なんて、自分が年を取ったことの負け惜しみ、言い訳なのに。

津田 まあ僕も20代で昼間から飲んでいた時、「自由でいいな」っていう気持ちは3割くらいで、「俺ダメだな」が7割くらいでしたから。これも「自由」という名の負け惜しみなのかもしれません。(了)


<撮影協力/割烹 黒ねこ>

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久住昌之

1958年東京都生まれ。マンガ家、ミュージシャン。1981年、和泉晴紀とのコンビ「泉昌之」の『夜行』でマンガ家デビュー。実弟・久住卓也とのユニットQ.B.B.作の『中学生日記』で第45回文藝春秋漫画賞を受賞。谷口ジローとの共著『孤独のグルメ』、水沢悦子との共著『花のズボラ飯』など、マンガ原作者として次々と話題作を発表する一方、エッセイストとしても活躍する。現在、幻冬舎plusにて『漫画版 野武士のグルメ 3rd season』(画:土山しげる)を大好評連載中。

津田大介

1973年東京都生まれ。早稲田大学社会科学部卒。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ポリタス編集長。早稲田大学文学学術院教授(2017~2019)。テレ朝チャンネル2「津田大介 日本にプラス」キャスター。J-WAVE「JAM THE WORLD」ナビゲーター。一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)代表理事。株式会社ナターシャCo-Founder。メディア、ジャーナリズム、IT・ネットサービス、コンテンツビジネス、著作権問題など幅広い分野で、ソーシャルメディアを利用した新しいジャーナリズムを実践。世界経済フォーラム(ダボス会議)「ヤング・グローバル・リーダーズ2013」選出。主な著書に『ウェブで政治を動かす!』(朝日新書)、『動員の革命』(中公新書ラクレ)、『情報の呼吸法』(朝日出版社)、『Twitter社会論』(洋泉社新書)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ)ほか。週刊有料メールマガジン「メディアの現場」を配信中。

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