このたび文庫化される『あの女』。“文庫化”ですので、もちろん単行本も出版しています。しかし、単行本のタイトルは『四〇一二号室』。なぜ、タイトルが変わったのか——。その秘密は、「女」にありました。
●単行本タイトルは
なぜ『四〇一二号室』だったのか?
『あの女』は、高級タワーマンションの四〇一二号室を紹介する不動産会社の人間の言葉から始まります。
「この部屋は、本当にお勧めですよ。周りを遮るものが一切ございませんから、日当たり良好、特に、朝日が素晴らしいのです」
「なにしろ、最上階の四十階。ここから眺める町並みは箱庭のようで、そして人は蟻のようでございます。そう、神の視点になった気分を味わうことができるでしょう」
しかしながら、この物件、心理的瑕疵物件だと言うのです。いわゆる不動産用語で、“目に見えない不具合がある”物件という意味です。そして、目に見えない不具合とは……。
例えばそこで事故があったり死人が出ていたり、つまり“心理的にきついなぁ”ということがある物件のことで、不動産のチラシなどで、「告知事項あり」「重要告知事項あり」などと書かれているものは、心理的瑕疵物件であるということなのです。
そんな曰く付きの四〇一二号室に住む女たちが軸となって進むこの小説のタイトルが、まさに『四〇一二号室』だったのです。
さて——。その『四〇一二号室』を文庫化するにあたり、もう一度タイトルを考えることになりました。なぜ改題することになったかは、真梨幸子さんのある“こだわり”がきっかけなのですが——その“こだわり”は、後日掲載予定の、真梨幸子さんのインタビューで明かされますので、お楽しみに!
●なぜ『四〇一二号室』は『あの女』になったのか?
「呪いの部屋」をも上回る女たちの魅力。
と、話は逸れましたが、とにかくタイトルを変えようということで、担当編集、営業など頭をフル回転させて考えました。
「最上階」、「大転落」、「心理的瑕疵」……悩んでも悩んでもしっくりきません。熱心な営業担当に至っては、“こんなに面白い小説なんだよ、(タイトル案)どれもこれも全然ダメ!こんなんじゃ改題する意味ないよ”と編集に激怒する始末。そして、「さそり座の女」なんてどうかなぁ、とぼそり。「このさそり座の女とか怪しくて面白いなぁと思ったんだよね」と、目次を指差して言いました。
『四〇一二号室』は「四〇一二号室の女」「小説を書く女」「夢を見る女」「さそり座の女」「フィルムの中の女」の五章と、二つの後日談という構成になっています。「さそり座の女」の章では、“さそり座の女は他の星座の女たちと比べて自分が特別だと思っている”というとても的確な女性観察が描かれています。その研ぎすまされた女性観は、真梨さんが女のミステリを書いてきたからこそのもので、まさしくこの作品の魅力でもあったのです。
「この小説、とにかく女が面白いんだよね。ゲラ読んだ女性みんな言ってるよ。タイトル、女でもいいくらいだよね」——。その一言が、タイトルの方向性を決めました。小説内に出てくる女は、もくじでも紹介している通り、とにかくたくさん。ざっと数えても10人は出てきます。その女たちがとにかく怪しく、女たちの動向を追いかけているうちに、とんでもない結末に行き着くのです。
そして、物語のなかで幾度となく出てくる、この言葉。「あの女より——」「あの女なんかに——」「今にあの女を——」「あの女さえいなければ——」。女性なら誰もが一度は心の中で唱えた呪詛の言葉をあらためて読み、「これしかない」と心に決めました。かくゆう担当編集も、心の中で“あの女”に囚われている一人。ちなみにご指摘通りの自意識過剰なさそり座の女。そのひらめきにもう迷いはありません。そして、タイトルは、この小説のすべてを物語っている『あの女』に決定したのでした。
曰く付きの部屋でささやかされる実しやかな呪いの噂もさることながら、出てくるありとあらゆる女たちの魅力が、この物語に読者を引き込んでいるのだと改題であらためて気付いたのは、本当に大きな収穫でした。
余談ですが、『四〇一二号室』のもともとのタイトルが実はあります。真梨幸子さんが原稿を執筆中につけていたタイトルは『明晰夢』です。その意味は……『あの女』を読んでいただけると、「あぁ!なるほど!!」とわかってもらえると思いますので、こちらも読んでからのお楽しみです。