私は『おもしろタスキ』をおもしろくしようと試行錯誤してきた。理由は「おもしろタスキを本当におもしろくしなければいけない状況におかれているから」だった。おもしろタスキをおもしろくしようとする人がいない中、自分がやらなければいけないと思ったのだ。自ら代表を名乗り出て、勝手に使命を感じた。「おもしろくしなければいけない」とストイックなまでに自分を追い込んだ。そう書くとどこか嫌々行っているようだが、そんなことはなく、おもしろタスキで思いに耽るのが私にとって至福の時であった。たとえ今はおもしろくできなくとも、5年後、10年後にはきっとおもしろくしているだろうと希望を抱いていた。だが時は無情にもそのままの状態に私を留めておいてはくれなかった。
高校にあがると部活に精を出した。儚い恋もした。受験勉強があった。進学して、故郷を出た。新生活に浮かれ、決して真面目とは言えない大学生活が始まった。要領良くすることだけを覚えていった。もはやそこに『おもしろタスキ』が入り込む余地はなくなっていた。あんなに夢中になっていた『おもしろタスキ』のことは忘れていった。かつての使命感は消え、自分がおもしろくしなくても誰かが代わりにやってくれるだろうという考え方に変わっていた。それはまだましだったのかもしれない。やがて「誰かがやってくれる」なる人任せな考えさえ消えてなくなったのだ。もう『おもしろタスキ』が頭からなくなってしまったのである。
就職活動が始まった。自己アピールを求められた。自分には何か誇れることはあっただろうか。一瞬『おもしろタスキ』が頭に浮かぶ。すぐにそれは消える。馬鹿げたことを思い出したものだとひとりで苦笑いた。折からの就職難で、どこにも就職できない結果となる。さほど悲観的にならず、そのまま都会に残り、アルバイトで暮らし始めた。
ある日、ほとんど連絡を取っていない故郷から宅配便が届いた。段ボール箱を開けると実家の匂いがして、故郷の土の匂いがした。中にはブリキの箱が入っていた。元々はお菓子か何かが入っていた箱だったようだが、錆びついていて何の箱だったのかは不明だった。箱には布テープとビニールテープがこれでもかと厳重に巻かれ、蓋を密封していた。蓋には黒いマジックで自分の名前が書かれていた。一瞬胸がざわついた。
荷物と一緒に母親からの手紙が添えられていた。先日、私が通っていた中学校でタイムカプセルが掘り出されたとのことだった。私が埋めたものをわざわざ中学時代の友人が実家に届けてくれたらしい。「それを送ります」の文字。気づくと私は無我夢中で箱のテープを剥がしていた。
蓋をあけると中にはタスキが入っていた。やや古ぼけたタスキには『スケベ代表』と書かれていた。拙い字で何やら書かれたノートの切れ端が入っていた。昔の自分の筆跡だった。
『10年後の自分へ。おもしろタスキをおもしろくしてますか?』
荷物の緩衝材として入っていた地元の新聞と近所のスーパーのチラシが涙で濡れた。おもしろタスキをおもしろくしようと懸命になっていた頃が思い出され、悔んだ。誇れることがあった。今はどうだ? どれほどの時間を無駄にしてきたのだ? 涙は止まらなかった。
私はその日、スケベ代表と書かれたタスキを見て泣くという分野において、世界で初めての人になった。
世界初。誇れることが突如できた。やった!
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※本連載は旧Webサイト(Webマガジン幻冬舎)からの移行コンテンツです。幻冬舎plusでは2009/09/15から2010/11/01までの掲載となっております。