語尾上がりの口調に、私は異変を感じた。疑問形のように思えて意外だった。
「低俗? 低俗って言った?」
相手がもう一度訊き返してきた。今度は明らかに疑問形だとわかった。
「はい、低俗と言いました」
恐る恐る、嘘をつく暇もないので、私は正直に言った。
「低俗……低俗とは何事だ!」
相手が電話口で怒鳴った。それは今までで最も怒りに満ちている声だった。
「低俗のわけがないだろう! 失礼だぞキミは!」
どうやら状況が自分で思っているものとは違うことを理解した。電話口で相手が怒っているのは、てっきり私の振る舞いが低俗だったためだとばかり思っていた。どうやらそれは思い違いだったようだ。相手は別のことで怒っている。そうでなければこのような怒り方はしない。すかさず私は謝罪することにする。ただし、いい加減相手がなぜ怒っているのかを知りたい気持ちが大きくなりすぎていたため、謝罪しながら原因を徐々に探ることにした。
「低俗という表現でお気を悪くさせてしまい申し訳ございません」
「まったくだよ!」
「私は『スケベ代表』というタスキを身につけて公道を歩いたことが風紀を乱してしまったことでお叱りをうけていると思っていたもので……」
「そんなことで怒らないよ。なぜ、あのタスキで風紀が乱れるんだ!」
私は「おや?」と思った。「この人はタスキに対しては好意的だぞ」と。こうなると余計怒っている原因が気になってくるものだ。少しずつ探ることに我慢できなくなった私は直球の質問を投げた。
「それでは何が原因なんでしょうか?」
「なんだ、あんた! まだわかっていいなかったのか!」
怒りはすでに覚悟していたので、怯むことも謙ることもなかった。
「実は、そうなんですよ」
「まったくなんていうやつだ……!」
相手は絶句した。しばしの沈黙の後、一度聞こえるように溜息をついて、呆れたように語り出した。
「私が怒っているのはね、『スケベ代表』の文字だよ」
「原因自体はやはりあの文字にあるんですね」
「もちろんだよ。何が『スケベ代表』だよ! いいかい、よく聞きな。私の方がスケベ代表だよ!」
「……えっ?」
思わぬ言葉に今度は私が絶句した。相手は構わず続けた。
「あなた勝手にね、『スケベ代表』のタスキをして歩いていたけど、私よりスケベ度が上だって言うの?」
「いえ、それは、あの……」
「勝手にね、代表を名乗ってもらったら困るんだよ」
「えっと、その……」
「それとも、なに、あなたは自分こそがスケベ代表だと自負してるの? 自信はあるの? 大会でそれなりの成績を残しているの?」
「いえ……」
「生半可な気持ちでスケベ代表とか名乗ってるんじゃないよ!」
「申し訳ございません!」
私は平謝りだ。まさか、このような理由で怒られるとは思っていなかった。しかし悪いのは私だと強く思わされる理由であった。
「とにかく私は告訴するから! じゃあ!」
「えっ? 告訴? もしもし! もしもし!」
相手は電話を切ってしまった。
こうして、軽い気持ちで身に付けただけのタスキが大事件へと発展し始めた……。
『事件の発端となった商品』
この短いキャプションが、私に長い物語を与えてくれた。おもしろタスキは確実に興味深いものになった。
(つづく)
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※本連載は旧Webサイト(Webマガジン幻冬舎)からの移行コンテンツです。幻冬舎plusでは2009/09/15から2010/11/01までの掲載となっております。