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食わず嫌い女子のための読書案内

2015.06.13 公開 ポスト

極限状態で読んだ本は何を思わせる?ささきかつお(作家)

角幡唯介『探検家の日々本本
幻冬舎刊 \1,512
なぜ探検するのか? なぜ生きるのか? 文芸作品から骨太ノンフィクションまで様々な書物を通してひたすら考える。数多のノンフィクション賞を受賞した探検家の、爆笑にして深遠なエッセイ。

 

 極めて私事で恐縮なのですが、書評家という仕事をさせていただいて十年くらいになります。元より出版業界に身を置いており、独立、本好きであったことからご縁あって今日に至っておりますが、今回紹介します『探検家の日々本本』は読書エッセイ。「本を紹介する本」の書評というのは初めてで、何とも不思議な気分なのですが、これ、なかなかユニークな本なんです。何がユニークであるかは、ゆっくりと紹介していきますね。


著者は探検家でもあるノンフィクション作家

 まずタイトルにある「探検家」という言葉。日本社会において新鮮な響きだと思いませんか。「家」がつく職業を山手線ゲームでやってみると、書評家、建築家、政治家、作家、画家、噺家……ええとまだたくさんありますが、探検家の友人や知人っていますか? 私はいません。でもって探検家をイメージできますか? 著者が本書内で語っておられますが「アフリカのサバンナやジャングルを練り歩くドリフターズのコントのような」イメージはありませんか? いい大人がやるべきことではなく子供がやるべきだと。著者自身、恥ずかしくて名刺からその肩書きを取ってしまったそうです。でも、自分がやっているのは探検であると語ります。地理的な空白部を探検するだけでなく、世界の枠組みや常識の外側に飛び出すことこそ探検の本質であると。

 ここまで書いて、著者であられる角幡さんに興味を持たれたのではないでしょうか。早稲田大学探検部出身。チベットのツアンポー峡谷を単独探検、この時の様子を綴った『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(二〇一〇年)で第8回開高健ノンフィクション賞などを受賞し、その後も探検本を上梓されています。
 本書は、そんな角幡さんの人生や探検と、読書との相互作用についてが、読んでこられた本の紹介を交えながら語られていきます。出会った本の影響でどのような行動をしたか、その行動で本に対する思いはどうなったか──これは誰にでも経験はあると思います。でも一般人は会社を辞めてチベットの秘境は行かないでしょうし、氷に覆われた北極圏を歩かないでしょう。そこに本書の魅力──探検という特異な世界と読書との繋がりが見えてくるのです。

風変わりで斬新な探検家の視点とは

 とまあ探検を特異なものと述べてしまいましたが、探検家だって人間です。一年中秘境にいるわけでもありません。結婚もされます。

 角幡さんと仲間の探検家は「就職、結婚、育児」という人生の節目を「三大北壁」と呼んでいるそうです。実際の三大北壁はヨーロッパアルプスのアイガー、グランドジョラス、マッターホルンを指すそうですが、探検家の人生においては大学で登山をしていても就職を機にやめる、その苦難を乗り越えても結婚、育児という壁が立ちはだかり実際の登山、探検を断念せざるを得なくなる、とのこと。まあ女性の立場から見ますと、夫が家庭を顧みずに秘境探検に行こうものなら黙ってはいられないワケでして……でも角幡さん、探検家なんですね。奥さんの出産が近づくと富士山、北アルプスへ。そして「大丈夫だよ。日帰りだし、八ヶ岳なら電波も通じるから、この前みたいに破水チェックの電話を入れるよ」と逃げるように八ヶ岳へアイスクライミングに行ってしまいます……あ、女子として完全NGですか?

 まあそうですよね。でも読書家でもある探検家は金原ひとみ著『マザーズ』を読んで、こんな論を展開するのです。保育園に子供を通わせる母親たちの葛藤を描いた『マザーズ』。角幡さんはこれを読み、子供というのは男女が結合して外の世界に飛び出した雄大な自然である。つまり子育ては自然を相手に格闘することと同じであるから山登り以上に難易度が高いものであり、山登りを断念する者もいる。女性は十カ月も子供という大自然を胎内に抱えている一方で、男はそれができないから山に登ったり北極を探検して自然を理解する──男女の思考回路が違うのはそういうことで、つまり私が冒険するのは子供が産めないからなんですよ、と。

 子供=自然=女、冒険=自然=男という持論展開の是非はともかくおいておきまして、なかなか斬新な着眼点(いや、理屈かと)だと思いませんか。でも角幡さん、子供=自然であれば山に行かなくてもいいのではと奥さんに反論されたら、「山登りは理屈じゃない」と開き直るそうです。まあこれは冗談だと思うのですけど。

探検家は何を読み何を感じるのか

 まあ、結婚、育児に関しては一つのトピックでありまして、本書では探検家ならではの興味深い読書話が載っております。たとえば探検と読書がどうしてリンクするのかという素朴な疑問についてです。多くの人が旅先に本を持っていくように、角幡さんも本棚の中から読んでいない本を適当に選んでザックの中に詰めます。

 ここまでは私たちにもあることです。しかしカナダ北極圏にメルヴィル著『白鯨』を持って行き、文庫で千ページもある同著を読破したのは、旅先で時間が死ぬほど余っていたから。大雪やブリザードのためにテントの中で一日中本を読んでいることはしばしばあるそうで、ヒマラヤで雪男を捜索しながら大藪春彦を読んだり、チベットの秘境でビバークを続け命の危険を感じながらもサマセット・モームの『月と六ペンス』を読んだりします。そんな特異な環境の中、本の内容と探検中の自身の状況がリンクするくだりが秀逸です。

『月と六ペンス』は画家ゴーギャンの生涯に暗示を受けて書かれた小説で、絵を表現するが故に狂気を宿していく主人公が描かれますが、探検にも自己表現の側面があると角幡さんは考えます。ヒマラヤの氷壁に一筋の足跡を残し、ツアンポー峡谷に自分の足跡を残す。これらは大作を描くのと同じであると極限状態で考えたりするのです。こんな読書、探検家ならではと言わざるを得ませんし、だからこそ、本書で紹介される本は著者の探検話とリンクした独特な視点で語られていくのです。

 その他にも読みどころはたくさんありまして、たとえば登山家、探検家がケガや遭難などで生死の境をさまようときに現れ、生還へ導いてくれるサードマンという存在はスピリチュアル的なものを感じさせてくれます。また、ノンフィクション賞を得た筆力は新聞記者をされていた鍛錬と探検家ならではの洞察力の賜物でして、そんな著者が本書終盤で語るノンフィクション考はジャーナリズムの在り方について鋭い問題提起を投げかけているのです。

 冒頭の書評家の話に戻ります。
 私論ですが、書評って偉そうに本を論じるのではなく、その本の面白さ素晴らしさを伝え、その結果「あ、私も読んでみようかな」と思ってもらい、書店に足を運んでもらう、通販サイトをクリックしてもらうことが使命だと思っています。もっともっと本を読んで欲しい、本を買って欲しい、そう願ってやまないのです。そんな私が本作『探検家の日々本本』の読了後に入手した本が二冊あったことを素直に告白させていただきます。探検と読書、一見ミスマッチな話題で読者を惹きつけ、紹介本を読みたくさせるこのエッセイ、見事です。
 

『GINGER L.』 2015 SUMMER 17号より

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女性向け文芸誌「GINGER L.」連載の書評エッセイです。警察小説、ハードボイルド、オタクカルチャー、時代小説、政治もの……。普段「女子」が食指を伸ばさないジャンルの書籍を、敢えてオススメしいたします。

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ささきかつお 作家

1967年、東京都生まれ。
出版社勤務を経て、2005年頃よりフリー編集者、ライター、書評家として活動を始め、2016年より作家として活動。主な著作に『空き店舗(幽霊つき)あります』(幻冬舎文庫)、『Q部あるいはCUBEの始動』『Q部あるいはCUBEの展開』。近著に『心がフワッと軽くなる!2分間ストーリー』(以上、PHP研究所)。

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