
三日目。同期の若者は「写経をして過ごす」という徳の高すぎる予定を立てていた。一緒にやらないか誘われたものの、私はもはや筆を持ち上げるだけで絶命しそうなほど体調が悪い……。丁重にお断りし、私は図書館にあるというマンガを読み、飢えを忘れることで、残された一日をしのぐことにした。
「ブッダ」
「美味しんぼ」
なぜよりによって「美味しんぼ」……! たった二作品だけおいてあるマンガのひとつに「美味しんぼ」をチョイスするとは、寺関係者のいじめスキル、冴え渡りすぎである。それにしても、この残虐な所行……。友愛と思いやりの心は、修行によっては培われないのだろうか?
やっぱり人間はあまねく邪悪な存在であり、人類愛は幻想にすぎず、人は人を傷つけることしかできないんだ……。そう思いながらも、最後の望みを託して、図書館カウンター裏をのぞくと、そこには白土三平「カムイ伝」と岡崎京子「セカンド・バージン」が!
どうやら、マンガが二作品しかおいてないのは、棚の整理中だったからのようだ。寺関係のみなさまの徳を疑ってしまい申し訳ない……。徳が低いのは、どう考えても私だった。
それにしても「ブッダ」「美味しんぼ」「カムイ伝」「セカンド・バージン」という、方向性は不明ながらも一冊一冊が異彩を放つセレクトは一体……。運悪く全作品既読だったものの、この中ではもっとも今の気分にフィットする「カムイ伝」を読むことに。身分を理由に差別されながらもめっちゃ戦う主人公であるカムイが、飢えを凌ぐため虫を食べ泥水をすすっている様子に「カムイだって何日も絶食状態で走り回っているんだから、わたしも頑張ろう」と勇気を貰ったり「私もカムイみたいに虫を食べれば、元気に走り回れるのだろうか?」と危険な誘惑に負けそうになったりしながら一日を過ごした。この日、体重計に乗ってみると、体重は4kgほど減っていた。
とうとう迎えた最終日の朝。最終日は、寺からお粥がふるまわれる。久々の食物との対面だけれど、いったいどんな顔をして会えばいいのか……。喜び(めしだめしだ!)と不安(吐いたらどうしよう)が入り交じる緊張の中、他の断食者たちと顔を見合わせながら、そっと土鍋のふたを開き、1ccたりとも不平等が生じないよう細心の注意を払いながら粥をとりわけた。
そして、一口そっとすすると、次の瞬間、みるみる元気がみなぎってきた……! 粥の異様な速効性に怯えながらも、茶碗一杯を食べきったころには、もはや精神的なものという言葉では片づけられないほどのハイパワーが体中をかけめぐっていた。今までの人生で経験した、いかなる薬剤・点滴・霊感療法にも、ここまでの速効性とハイパワーを感じたことはなく、もはや、粥の中に何らかの違法薬物が入っているのでは? という疑いを持つレベルである。
こうして、元気を取り戻した私はスキップしながら帰路についた。しかも、断食後は数日間お粥など消化によいものだけを食べる決まりであるのに、帰りがけにウナギを食べた。そして三十分後にはすべて吐いた……。
正直言って「食べたら吐くだろうな」というのはわかっていたのだけれど、それでも食べずにはいられなかった。中高男子校出身者が抱く女への幻想と同じくらいの大きな夢をあらゆる食べ物に感じてしまい、とまらないのだ。
なにを見ても「あれを食べたら、すごく幸せな気持ちになる!おいしそう!食べたい!」と思ってしまい、気がつくと、おもいっきりむしゃむしゃ食べてしまう。そしてすぐ気持ち悪くなって吐く。でもまた食べて……。
そんな暮らしを三日くらい続けたあたりで「これって完全に過食嘔吐の人の行動パターンなのでは?」という疑惑が……。情緒不安定なティーンエイジャーかスーパーモデルっぽくてカッコいい! しかし、どう考えても健康には悪いし、そもそも煩悩を捨てるために断食をしたというのに、煩悩爆発状態になっているというのは一体どういうことなのか。
結局、食欲が収まるまでには一ヶ月を要し、4kg減らした体重も、一ヶ月後には元より太ってしまっていた。修行後、リバウンドを防ぐ意志の強さを備えている人間以外は、かえって体重と煩悩を増やす結果となる断食修行……。いきなり断食という激しい修行にトライする前に、一年間毎日五体投地を続けるなどの方法で、心を鍛えてから望むべきであった。全国1000万の心が弱いみなさま、私と同じような失敗をしないように気をつけて!

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