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『織田信長 四三三年目の真実』刊行記念

2016.01.02 公開 ポスト

光秀の子孫が恩讐を超えて解明した信長の真実!!

年末年始 連載(6)最終回
エピローグ 信長に何を学ぶか明智憲三郎

【再掲】発売後から、また新たに熱い視線を浴びる『織田信長 四三三年目の真実 信長脳を歴史捜査せよ!』(明智憲三郎著)。従来の本能寺の変論とは違う新説を打ち出し、話題となった著者が今度は織田信長に挑んだ。そこで作品の中から気になるテーマを試し読み連載にて掲載。天才信長の頭脳を読み解き、驚愕の真実を目撃せよ!!

連載第六回(最終回)となる今回は、著者が本書に秘めた思いとは。日本は今、この天才に何を学ぶのか?

 

 戦国武将は日々死と直面していました。いつ、自分が敗者の悲惨な立場に立つかわからない。勝ち抜かなければ一族滅亡だ。だから、勝ち抜くためには何をすればよいかを考え、必死に生き残ろうとしたのです。そして、歴史に学び、生存合理に徹するための「知識・論理」を身につけていきました。織田信長はこうして自己の「信長脳」を形成していきました。その中身には孫呉の兵法や良平の謀略、そして韓非子的なものが詰まっていたことが確認されました。信長脳を駆使して生き残りを図った結果が尾張統一、上洛、中日本統一、天下統一の戦いへと拡大していきました。その結果、さらに中国大陸まで戦いを広げねばならなかった。これが織田信長だったのです。その信長に何を学んだらよいのでしょうか。

 信長だけでなく戦国武将は日本の歴史に学び、中国の兵法書や歴史書を通じて中国の歴史にも学んでいました。その知識は諸子百家の思想・兵法から中国史にも広がる実に深遠であり膨大なものです。そのほんの一端を本書で垣間見ていただきましたが、それは微々たるものであって針の穴から天を覗いたようなものに過ぎません。それに比べると現代人の戦国武将や戦国史についての知識は実に浅薄であり貧弱であると感じます。加えて、戦国時代とつながっているという意識も希薄です。戦国史とはテレビ画面に映し出される娯楽としての英雄譚に過ぎないものになっているのではないでしょうか。これでは戦国の歴史に学ぶことはできません。

「歴史に学ぶ」とはその当時の人々の立場に立って考えることから始まるとも言われますが、知識の上でも意識の上でも当時の人々は遠い存在でしかありません。自分の先祖の一人でも欠けていたら、今の自分がこの世に存在していなかったという事実を考えてみたら、あの厳しい時代を生き抜いて命を自分までつないでくれた先祖たちのことをもっと近しいものに感じられるのではないでしょうか。

 本当は戦国時代はとても近い過去であり、現代とつながっているのです。大江健三郎氏が『万延元年のフットボール』の中で子供時代の記憶を書いています。自分が反抗すると祖母が「チョウソカベが森からやってくる!」と言って威嚇したそうです。戦国時代に土佐から侵略してきた長曽我部軍の恐怖が伊予の人々の記憶として語り継がれてきているのです。同じように蒲生氏郷の侵攻を受けた北伊勢では子供を叱るときに「ガモジが来るぞ!」と言うそうです。「鼠壁を忘る壁鼠を忘れず(壁をかじったネズミはその壁を忘れるが、かじられた壁はそのネズミを忘れない)」という諺があります。歴史の被害者側はその歴史をいつまでも記憶しているものなのです。ですから、彼らは歴史に学ぶでしょう。逆に加害者側はすっかり歴史を忘れてしまって歴史に学ばないことになるのでしょう。

 天下統一を目指した信長、そしてその後を追って天下統一を果たした秀吉。二人は天下統一後の自己の政権の維持策を唐入りに求めて失敗しました。二人の失敗に学んだ家康は国内で土地を回す仕組みである改易(大名の取り潰し)や参勤交代などの制度によって政権の安定・継続を実現しました。拡大から安定へと天下人の理念の転換が行われたのです。

 家康は漢の高祖(劉邦)を手本にしたのでしょう。二人には共通点があります。政権をとると高祖は韓信らの有力武将を粛清し、家康は豊臣家を滅亡させました。極めて韓非子的な処置です。一方、統治の思想としては儒家を採用しました。果てしなく利益を追求する韓非子的思想を否定して、仁・義・礼・智・信を善としたのです。これによって、国内の軍事エネルギーを文化エネルギーへと転換し、漢も徳川幕府も平和な世を継続維持し、文化高揚の時代を築いたのです。

 日本は二百六十年にわたる平和な江戸時代を覆した明治維新以降、秀吉の失敗に学ばずに天下の枠を東アジア圏へと拡大し、東アジア圏における戦国を再現してしまいました。安定から拡大へと再転換が起きたのです。家康によって廃絶されていた秀吉を祀る豊国神社は明治政府によって再建され、国家の英雄として秀吉が侵略戦争を鼓舞する象徴として担ぎ出されました。それによって歴史学もゆがめられました。残念ながらゆがめられた歴史学は未だに正されていないようです。そのことを三鬼清一郎氏は『豊臣政権の法と朝鮮出兵』の中で次のように書いています。

 このような(秀吉の朝鮮出兵が「国威の発揚」として高い評価が与えられた)兆候は明治末年から現れている。日露戦争の最中に刊行された『弘安文禄征戦偉績』は、その前年に東京帝国大学史料編纂掛が行った展示会をもとにしたもので、戦地の部隊や傷病兵を収容する病院に寄贈し、また国内の学校で修身や歴史の講話に役立てる目的をもっていた。秀吉の朝鮮出兵は、国民あげての戦意高揚に利用されていったのである。このような流れの先陣をきったのが官学アカデミズム史学であることは、記憶にとどめておくべきあろう。(中略)

 敗戦後の歴史学(仮に現代史学と呼ぶが)は、これの全面否定から出発した筈であるが、戦前期の「負の遺産」についての断片的な批判にとどまっているのが現状であろう。それをトータルに批判する視点を確立することが、新たな段階にすすむための前提になるように思われる。

 秀吉が『惟任退治記』で作った本能寺の変神話が未だに清算されていないのも「負の遺産」の影響なのでしょうか。『惟任退治記』の校注本を五十年前に出版した研究者も現代語訳を昨年出版した研究者も、この本が神話のもとになっている事実にはまったく触れていません。この書を読めば怨恨説も野望説も秀吉が本能寺の変のわずか四ヵ月後にこの書によって世の中に知らしめたことがわかるはずにもかかわらずです。

 さて、戦国時代は生存合理性が支配しましたが、現代は経済合理性が支配しています。経済合理性を追求した果てがハゲタカと呼ばれるアメリカ企業に象徴される新自由主義でしょう。経済的に勝ち抜く力のある者だけが勝ち残るという徹底した市場主義は正に『韓非子』です。「累進課税はがんばる人のやる気をなくす」という新自由主義者の主張は「富裕な者から徴収して貧しい者に与えるのは、努力・倹約した者から奪って奢侈・怠惰な者に与えることになる」という『韓非子』の言葉と見事に合致しています。

 人間も生物である以上、生き残らねばならず、そのためには強者となって勝ち残ることが求められるのは確かです。しかし、その法則は原始的な生物と何ら変わることがありません。何らかの規制がなければ止めどなく欲望が拡大していくことになります。
 この規制となるものが倫理であり、宗教であり、儒家の「仁・義・礼・智・信」などでしょう。経済利益を追求する企業活動にもコンプライアンス(法令順守)や経営理念が規制をかけています。「韓非子的なもの」に徹した信長が勝ち残りながらも、しかし最後は滅びた歴史に学ぶ必要がないでしょうか。生き残るために韓非子的な才覚は必要でしょうが、長続きする平和な世を作るためには韓非子的なものをよく理解した上で、別の考え方が必要だと思わざるを得ません。それは自己の利益を最上位に掲げる韓非子とは正反対に他者の利益を最上位に掲げる仏教の利他の精神なのかもしれません。そうであれば我々日本人には昔から馴染みの深いものでしょう。

 戦国時代は中国では紀元前のもの、日本では四百年前のものですが、世界の規模でみれば現代は各地で戦争が行われている戦国時代ともいえます。平和な社会の論理の通じない苛酷・残虐な時代なのです。現代人は信長の残虐行為を異常なことと感じますが、その異常なことが今現在の世界で起きています。世界は歴史に学んでいないようです。

 昨今の世界情勢を見るにつけ、歴史の真実を知って「歴史に学ぶ」ことの大切さをあらためて強く思わざるを得ません。
 

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『織田信長 四三三年目の真実』刊行記念

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明智憲三郎

1947年生まれ。72年慶応義塾大学大学院工学研究科修士課程修了後、大手電機メーカーに入社。一貫して情報システム分野で活躍する。長年の情報畑の経験を活かした「歴史捜査」を展開し、本能寺の変の真相を科学的・論理的に解明。精力的に執筆、講演活動を行ない、2013年出版の『本能寺の変 431年目の真実』(文芸社文庫)は30万部を超えるベストセラーとなっている。日本歴史学会会員。情報システム学会会員。明智一族伝承の会事務局。一般社団法人織田木瓜紋会理事。

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