スパイスは毒舌。隠し味は愛情。
子供嫌いの「給食のおにいさん」、登場!
給食のおにいさんが、帰ってきちゃった!?
大人気「給食のおにいさん」シリーズの最新刊『給食のおにいさん 受験』(遠藤彩見著)が、8月5日に発売予定となりました。夢のために、ホテルで働き始めた佐々目が配属されたのは、なんと「給食課」!? そこで、ここまでの佐々目の奮闘の一部を、試し読み連載(全4回)にて掲載します。
給食のおにいさんのプライドに懸けて、あなたの心とお腹を満たします!
『安心、安全、栄養満点、子どもの未来は給食から!』
スローガンが数メートルおきに貼られた通路が、給食調理場の内部を大きく二つに分けている。左・四分の一が、栄養事務室、休憩室、更衣室、倉庫がある事務エリア。通路の突き当たりが外と繋がる搬入口。右・四分の三が調理エリアだ。
八時十分、給食調理場の一日は、調理エリアの準備室でのミーティングから始まる。
今日のメニューはハンバーグ、野菜チャウダー、キュウリの中華和(あ)え。前日調理は禁止されているため、調理は給食開始までの四時間に限られている。調理数は子どもたちと教職員の分を合わせた約三百二十食。十二時二十分にきっちり配食するために、作業の分担と調理手順の確認を念入りに行う。作り終えるのが早すぎても遅すぎても良くない。
「出来たてのものを、熱いものは熱いうちに、冷たいものは冷たいうちに食べられる。それが自校式給食の一番のメリットですからね」
全員が揃(そろ)うのを待つ間、毛利が佐々目の身支度をチェックしながら、重々しく説明してくれた。毛利が着ている白衣は、佐々目たち調理員のものとは少し違う。医師が着るようなテーラード襟(えり)のロング丈のものだ。
調理補助の三人が、調理室での準備を終えてやって来た。三人ともS区内に住む主婦で、調理師の資格は持たないパートタイマーだ。揃いの白衣に衛生帽、化粧気のない顔面だけを出して大・中・小と背の高さ順に並んだ三人は白いマトリョーシカのようだ。
上司として、まずはビシッと挨拶をキメてやろうと一歩前に踏み出すと、一番小さいマトリョーシカがおもむろに片手を上げて遮った。
「毛利さん、一通り分かってはいるんですよね、新人くんは?」
妹尾律子(せのおりつこ)の顔が、胃袋の高さからうさんくさそうに見上げている。小柄で細身の四十代半ば、色黒で小動物系の顔立ちだ。
老けたリスのようなこの女は、自分の言っている言葉の意味が分かっているのかと呆(あき)れた。給食調理場の作業はすべてマニュアル化されている。佐々目のような百戦錬磨の調理師から見れば、給食調理なんてカップ麺に湯を入れるのと同じレベルだ。
と、そのまま言って初日から揉(も)めるのも面倒なので、「問題ないです」と短く答えた。ところが妹尾は恐縮するどころか増長していく一方だ。
ミーティングを終え、まずは搬入口に納品された野菜を、食材を検査・確認するための検収室に運びながら、こちらへの監視の目を緩めない。
「私はね、長いことやってるからこの仕事。いっぱい見てきたから、新人くんみたいな人。みんなね、実際に大量調理ってなると慌てちゃうのよ」
無視して作業をしていると「聞いてるの!?」と声を荒らげた。
妹尾は何がなんでも優位に立ちたいらしい。チェックを終えた野菜を下処理室に運ぶ時には「これからいろいろ教えてあげるからちゃんと覚えてね!」と言い放った。コルドンブルーで学んだ俺に素人が何を教えられるんだよ、と鼻で笑ったが、妹尾はごく単純な方法であっさり優位に立った。
「はい、タマネギはまず皮をむく! ジャガイモの芽はちゃんと取る! ホウレンソウの根元は泥が残らないように丁寧に洗って!」
下処理室で野菜を洗い、皮や根を取る間中、妹尾はすべてを先回りして叫び続けた。調理師である佐々目に向けて、だ。当然、無視したが、向こうはこちらの無視を無視した。
「はい、野菜の皮をむいたら次は切る!」
うるせえ、と怒鳴りたいのをこらえ、妹尾について調理室に向かった。ここから先の作業は、すべて調理室で行う。
まずは下処理した野菜をすべて切る。みじん切りは専用の機械で行うが、それ以外は手切りだ。カッティングが得意な佐々目にとって、腕の見せどころだ。挨拶代わりに野菜チャウダーに使うニンジン六十二本を瞬く間にイチョウ切りにしてみせると、調理補助の三人組が揃って目を見張った。
「新人くん、すごーい!」
隣でキャベツを切っていた調理補助は、手を止めて佐々目の手元に見入っている。大・中・小の中、三十代後半の土田若菜(つちだわかな)だ。小太りで愛嬌のある顔だが、茶色く染まった弓形の眉は妙に細い。小鼻にはピアス穴が空いている。
「ねえ、キュウリはどんな風に切んの? 見たーい、やってやって」
キュウリの乱切りなど秒殺だ。縦に皮をむいて四本美しい筋を入れ、正確に大きさを揃えてあっという間に切り終える。どうよ、と振り返ると、土田はとっくに消えていた。作業を押し付けられただけだと気づいて呆然(ぼうぜん)としていると、すかさず妹尾に怒鳴り声を浴びせられた。