スパイスは毒舌。隠し味は愛情。
子供嫌いの「給食のおにいさん」、登場!
給食のおにいさんが、帰ってきちゃった!?
大人気「給食のおにいさん」シリーズの最新刊『給食のおにいさん 受験』(遠藤彩見著)が、本日8月5日に発売となりました。夢のために、ホテルで働き始めた佐々目が配属されたのは、なんと「給食課」!? そこで、ここまでの佐々目の奮闘の一部を、試し読み連載(全4回)にて掲載します。
「はい、新人くん、ボサッとしない! お肉来たよ!」
九時過ぎ、ハンバーグ用の合挽き肉と、野菜チャウダー用のベーコンが搬入された。肉や魚は新鮮さを保つため、野菜から少し遅れて九時前後に搬入される。
ずしりと重い三百二十食分の肉を検収室から調理室へと運ぶ。ハンバーグ担当の妹尾と土田に合挽き肉を渡し、自分の担当の野菜チャウダーを作ろうと、一番先に運び込んだベーコンの行方を探した。大・中・小の大、三須穂乃花(みすほのか)が一人で切らされている。一番若い三十代前半で、すらりと長身で色白で和風の顔立ち。白衣で全身を包んでいると現代版雪女のようだ。
元々の不器用さに加え、サイズを揃えなくてはならないため、三須の作業は余計に時間を食っている。肉こね機をスタンバイし終えた妹尾と土田が、三須を容赦なく急かす。
「ミッちゃん、早くこっち手伝って!」
「もうさー、ミッちゃん待ちなんだから!」
待ってるんだったらこっち手伝え、と言い返してやればいいのに、三須は悲鳴のような声で「すいません!」と叫ぶばかりだ。可哀想になって声を掛けた。
「三須さん、大丈夫ですか?」
凄まじい殺気が吹雪のように襲い掛かった。
「見てるんだったらさっさと手伝ってください!」
明らかに三須の八つ当たりだ。こいつにならキレてもいいと思われているのに腹が立つ。「新人くんカワイソー」と笑う妹尾と土田の口調にもいらつく。
――見てろよ、お前ら。
三須と交代して切ったベーコンを回転鍋へと運びながら呟(つぶや)いた。「調理」はここからだ。
煮る・焼く・蒸す、等の加熱作業は「調理」と呼ばれ、九時四十分からの二時間以内と限られている。まず、野菜チャウダーのスープから作り始めた。ベーコンと野菜を回転鍋に入れて炒め、水とコンソメを加える。
体力には自信があるが、三百二十食分の調理は重みがずしりと腕に来る。自然と前屈みになっていた姿勢を立て直し、正面を向いて驚いた。廊下との境のガラス窓に生首が並んでいる――と見えたのは、低学年の子どもたちが並んでこちらを覗(のぞ)き込んでいる姿だった。後ろに担任教師らしき姿も見える。
室内温度をチェックしに来ていた毛利が説明してくれた。
「ああいう風によく子どもたちが見に来ますよ。食べ物は人の手で作られる、ってことを学ぶのには、実際に見るのが一番ですからね」
調理室と廊下の境をガラス張りにしてあるのも、食育のためだという。
子どもたちは興味津々で、調理員たちの作業をじっと見つめている。観客まで現れて、ますますテンションが上がる。ここからが腕の見せどころ、ホワイトソースのルウ作りだ。見てろよ、ともう一度、マスクの中で呟いた。
計量済みの牛乳を回転鍋で温め、容器に戻す。マニュアルに従えば冷たいまま使うところだ。続いて回転鍋に一度水を入れて冷ましてから、バターを入れて点火した。焦(こ)がさないためだ。これもマニュアルには書いていない。
手袋をはめた手で小麦粉を振り入れ、さらさらの状態になるまで手早く、だが丁寧にバターを混ぜ合わせていく。まんべんなく混ざった頃には、温めた牛乳はタイミング良く、炒めた小麦粉と同じ温度まで冷めている。牛乳を少しずつ回転鍋に加え、大量調理用の巨大な泡立て器で混ぜ込みながら仕上げていく。
十時五十分、チャウダーに入れるホワイトソースのルウが完成した。
ヘラで何度もすくい、念入りに出来上がりをチェックする。横で見ていた毛利が声を上げた。
「ダマが全然ありませんね。大量調理は初めてなのに、さすがです!」
調理台でハンバーグを成形していた妹尾たちが、「うそ!?」と手を休めて集まってきた。その目の前に、なめらかに白いホワイトソースをすくってとろりと落としてやると、マスクの向こうから声にならない声が三つ上がった。廊下に向けてもソースをとろりと落として見せる。生首たちがきゃあきゃあと大喜びした。
見たか、とマスクの中で呟いた。三百二十人分のホワイトソースを、初めてのチャレンジで完璧に仕上げたのだ。ダマもなければ焦げもない。自分のこのスキルに改めて感動した。朝からのストレスが一気に吹き飛んだ気がする。
隣の回転鍋で煮えているスープに、丁寧にルウを混ぜた。あとは調味をすれば、野菜チャウダーは完成だ。若竹小の給食史上に残る味にする自信はある。
計量済みの調味料を加えて丹念に混ぜた後、少量を味見用の小皿に入れて味を見た。ロールパンと一緒に食べることを考えると、ちょっと味が薄い。
塩を足そうと辺りを見回したが、なぜか容器が見当たらない。食品庫まで行ってようやく塩の容器を見つけ、手に取って調理室に戻ってきて足を止めた。前に毛利が立ちふさがり、こちらに微笑(ほほえ)みかけている。
「佐々目さん、レシピにない調味料は入れないでください」
「でもこれ味が薄いですよ」
「計量した調味料を入れたなら、多少味が薄くても構いません。学校給食の所要栄養量および塩分は、一日分の三分の一が目安と決まってます」
渡されたレシピには、調味料の量がコンマ以下まで書かれている。ハンバーグに入れる塩は総量224グラム、一人当たり0・7グラム。野菜チャウダーの塩は総量160グラム、一人当たり0・5グラム。しかし塩気というものは、その日使うベーコンの塩気や野菜から出る水分にも左右される。美味は計算では出せない。
「じゃあ、何のために味見の皿があるんですか?」
「調味料がムラなく混ざっているか確認するためです」
予想外の答えにぽかんとしていると、さらに追い打ちを掛けられた。
「佐々目さん、若竹小の給食はカロリー、栄養分、塩分、すべてを計算してメニューを組んでいます。給食は、一に安全、二に栄養、カロリー、塩分、予算。味は、その次です」
味は二の次。調理師にとってはありえないことを、毛利はさらりと口にした。