木下半太さんの最新作、『鈴木ごっこ』が映画化!オムニバス映画『家族ごっこ』内の同名作品(出演:斎藤工さんほか)として8月1日(土)から上映されます。これを記念し、物語の発端となる『鈴木ごっこ』緊迫の第1話を、映画初日まで毎日カウントダウン公開。小説と映画で異なるラスト。あなたは観るのが先?読むのが先?
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これから1年間、家族として過ごさなければならない初対面の4人。苗字は“鈴木”。では下の名前は?迷走する議論の末、覚えやすいよう、それぞれの特徴から連想される名前に決めようとするが…。
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大阪での最後の食事は、近所にある何の変哲もないラーメン屋だった。家族三人は終始無言のまま、何の変哲もない醬油ラーメンを啜った。閉店間際だったので他に客はなく、店の隅のテレビから流れるバラエティ番組の笑い声が、余計にわたしの孤独感を煽った。
食欲があるわけなく、三人ともラーメンを半分以上残した。
「体には気をつけてね……」
泣きそうになるのを我慢して、娘に言った。夫の健康についてはどうでもいい。なんなら明日にでも野垂れ死んで欲しいぐらいだ。
離婚もせず、家族のためにわたしが犠牲になろうと決めたのは娘のためだ。借金を返さなければ、スキンヘッドは娘を毒牙にかけるだろう。
やるしかない。娘はわたしが守る。
しかし、娘は相変わらずスマートフォンを見つめたままで、返事すらしてくれない。
「ご飯をちゃんと食べてね。インスタントとかで済ませたらあかんで」
それでも無視だ。夫が娘に何か言おうとしたが飲み込んだ。父親の資格を失ったことは自覚しているらしい。
お会計をして店を出た。夫はタバコを買いにコンビニに寄り、わたしと娘は肩を並べて、新なにわ筋をトボトボと歩いた。
「本……どこにある?」
娘が、星のない夜空を見上げながら言った。
「何の本?」
「料理の本。ママが帰ってくるまで、ウチがパパにご飯を作るわ」
「……ありがとう。ママも頑張るね」
わたしは娘を抱きしめた。もっと早くこうすればよかった。わたしたち家族は、あんなに近くにいたのに、互いを遠くから見ているだけだった。
手を伸ばして、触れることもできたのに。
娘が鼻を啜り、言った。
「ママ、最後に一緒に写真撮らない?」
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※次回第1話-10(最終回)と映画『家族ごっこ』の公開はどちらも明日、8月1日(土)です。お楽しみに!