木下半太さんの最新作、『鈴木ごっこ』が映画化!オムニバス映画『家族ごっこ』内の同名作品(出演:斎藤工さんほか)として8月1日(土)から上映!これを記念し、物語の発端となる『鈴木ごっこ』緊迫の第1話を、毎日カウントダウン公開。小説と映画で異なるラスト。あなたは観るのが先?読むのが先?
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豪邸に集められた4人はこれから1年間、家族として過ごさなければならない。呼び名も決まり、いよいよ“鈴木ごっこ”を始める4人だが…。
* * *
「この家にある家具……前に住んでいた人の物なのですかね」
カツオがリビングを見渡して言った。
高級な家具の数々に目を奪われる。どう見ても金持ちの家だ。
「これ、けっこういいテレビだよね。プラズマとかじゃない? 冷蔵庫もちょーデカイし。人工知能でかしこく節電とかやりそう」
ダンが子供みたいにはしゃぐ。だが、中学生には到底見えない。
「家事はどう分担する? 俺は料理とかしたことないけどな……」
タケシがカップラーメンのスープを飲み干して言った。
「ウチがやるよ。あんたの作ったご飯なんか食べたくないし」
「あんたではない。俺の名前はタケシだ。気をつけろよ、小梅」
「はいはい」
早くも夫気取りだ。鬱陶しくて仕方がない。
「やべっ。タケシさん、父親モードじゃん」
「おい、父親に対してタケシさんはおかしいだろう」
からかうダンを、タケシが落ち着いた声で窘(たしな)める。
「今はいいじゃん。近所の人は誰も見ていないんだし」
「普段から慣れておかないと失敗するぞ、ダン」
「わかったよ、父さん」
聞いているこっちが照れ臭い。わたしはこの男を何と呼べばいいのだろう。「あなた」なんて絶対に嫌だ。
「私たちの前に、住んでいた家族は、どこに行ったんですかね?」
カツオの言葉にわたしの背筋は冷たくなった。人が生活していた匂いは残るものだ。
「この状態だと、夜逃げでもしたんでしょうか?」
「……知らんわ。他人のことなんて気にしてられへん」
「母さんは冷たいなあ」
ダンが、無理やり息子になって接してくる。
「いなくなった人を心配してもしゃあないやんか」
「どこかで会うかもしれないじゃん。同じ家に住むんだからさ」
「会いたくないわ。一刻も早く、こんな気味悪い家から出て行きたいねん」
「一年間の我慢だ。楽しく過ごせばあっという間だよ」
タケシが力のない声で言った。
「楽しく」なんて不可能だ。本当の家族でも、楽しい時間なんてほとんどないのに……。
「ごちそうさまでした」
ダンが食べ終えたカップラーメンの容器を持ってキッチンへと運ぶ。タケシもそれに続いて席を立った。カツオはトイレに行き、わたしは一人で食卓に残された。
お腹が減った……。
でも、わたしはカップラーメンを食べない。一口だけで、あとは手をつけていなかった。食べてはいけない理由がある。明日から新しい家族のために、栄養バランスの取れた食事を作らなければいけない。いつか、美しい食卓で、娘と美味しいご飯を食べるため、わたしは鈴木小梅になるのだ。
今日から、鈴木ごっこが始まる。
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※『鈴木ごっこ』第1章はここで終了です。続きが気になる方は、是非書籍をお求めください。