総当たりリーグの最終日。第1試合の中国×インド戦の途中から、国立代々木競技場フットサルコートには雨が落ちてきた。サッカーの神様が、第2試合のイラン×韓国戦に向けて、ひと肌脱ごうとしている。私にはそう思えた。
イランは、2日目の日本戦で濡れたピッチに苦しんでいた。彼らのシュートは、その多くがインステップキックだ。軸足を踏み込んで、蹴り足を大きく振るので、ただでさえブラインドサッカーでは難しい。足元の悪いピッチではなおさらだ。日本戦では、イランのシュートがほとんどジャスミートしなかった。一方の韓国は、トウキックでシュートする選手が多い。小刻みなドリブルの延長線上で蹴ることができるので、雨の中ではこちらのほうが正確にボールをとらえられそうだった。
この試合でイランが勝ちさえしなければ、日本はリオへの道が開ける。第3試合でマレーシアに勝てばよい。中国がインドを5-0で下してリオ行きを決めると、北側のゴール裏スタンドでは、日本のサポーター集団が太鼓を鳴らしながら「テーハミング(大韓民国)コール」を始めた。
前半は韓国ディフェンスの集中力がすばらしく、イランは苦し紛れのシュートが目立った。日本戦と同様、キックの精度が低い。ゴール前までドリブルで侵入することはあっても、フィニッシュでボールコントロールをミスしてくれる。しかもイランは、韓国戦では避けるべき無駄なファウルをくり返した。前半16分で、早くも4つめ。韓国の第2PK。14番キム・キュンホの出番だ。8年前、日本の北京行きを阻んだ男。その彼が、日本サポーターの無言の声援を背中に受けながら右足を鋭く振る。
ゴールマウスの隅を狙いすましたトウキックが、こんどはイランを地獄に突き落とす――それが神様の描いた粋なシナリオなのだと信じたかった。だが、イランの長身GKメイサム・ショジャエイヤンの長い脚がそれを食い止める。彼でなければ止められないコースだった。
それでも日本サポーターの多くは期待感を膨らませていただろう。前半は残り9分もある。ハーフタイムを迎えるまで、イランがファウルを犯すたびに韓国の第2PKだ。キムなら、次は決めてくれるに違いない。しかしイランはファウルの多かったエースの10番ベフザド・ザダリアスガハリをベンチに引っ込め、それ以降はノーファウルでハーフタイムを迎えることに成功した。
後半の韓国は、前半よりも前がかりな布陣になった。日本サポーターにとっては「引き分けでOK」の試合だが、韓国は勝たなければリオへの道が閉ざされる。前半は角度のないサイドからシュートを撃たされていたイランが、韓国ゴール正面に攻め込めるようになった。
後半8分、9番のサデグ・ラヒミグハスリがセンターライン付近からドリブルを開始する。その前で、7番のホセイン・ラジャブ・ポウルが韓国の4番ジャン・ヨンジュンに体を寄せ、動きを封じた。「あれはファウルにならないのか?」と私がプレス席で呟いたとき、すでにラヒミグハスリはゴール正面に到達し、右足のインステップキックでボールを正確にヒットしていた。この試合で最初のまともなシュートだった。
イラン1-0韓国。時間はまだ十分にある。試合が再開するまで、ゴール裏では韓国チームを鼓舞する「テーハミング・コール」が続いた。しかし1点を奪って勢いづいたイランは、その後もさらに韓国を攻め続ける。2分後には、ザダリアスガハリがゴール。前半はまったくミートできなかったシュートが、なぜか後半は見事な当たりを見せた。
そして後半16分、勝負を決定づけるゴールが決まる。11番アフマドレザ・シャホセイニの痛烈なシュートが韓国のゴールネットを揺らした。正面スタンドに陣取ったイラン応援団は、もはやお祭り騒ぎだった。終了間際にも7番ポウルのゴールが決まり、イラン4-0韓国。4人で4点を取るイランの底力を見せつけられた。
タイムアップの笛が鳴ったとき、ピッチ脇には次の試合に出場する日本選手団が姿を見せていた。プレス席のライターは、青いユニフォームの集団を直視できなかった。レインコートのフードを深くかぶる。そうやって顔を覆うことができるのは、雨のおかげだった。
しばらくすると、ゴール裏からニッポンコールが聞こえた。顔を上げると、イランと韓国の選手が去ったピッチに日本チームが入っていた。スタンドの前で整列した彼らは、誰ひとりとしてうつむいていなかった。まだ大会は終わっていない。胸を張って、堂々と、国の代表として試合をしなければいけなかった。
マレーシア戦が始まると雨はさらに強くなり、やがて土砂降りになった。足は滑り、ボールは転がらず、何より雨音が選手の邪魔をする。試合終盤には監督やガイドの声も聞こえないほどになり、審判が試合を止めて雨脚が弱まるのを待った。サッカーの神様は、もしかしたらちょっとタイミングを間違えたのかもしれない。あの豪雨の中で、果たしてイランが4得点も決めることができただろうか。
日本チームは、その雨の中でもしっかりと結果を出した。パラリンピック予選としては消化試合になってしまったにもかかわらず、スタンドに詰めかけた観客は選手たちのプレーに興奮していた。勝てば3位決定戦に進めるのだから、マレーシアチームも自分たちの歴史を作るために必死だっただろう。激しいプレーで日本に抵抗した。マナー違反だとわかってはいても、見ていて思わず声の出てしまう試合。パラ出場権をかけた決戦であるにもかかわらずブーイングを浴びた中国×イラン戦とは大違いだ。
スタンドの興奮が最高潮に達したのは、前半22分と後半18分。いずれも川村怜がファインゴールを決めてくれた。2点目を決めた後、川村は胸のエンブレムを右手でつかみ、スタンドに向かって誇らしげに突き出した。日本2-0マレーシア。国際大会で日本代表が3連勝したのは初めてのことだ。3戦連続でゴールを決めたこともない。本当に、逞しくなった。魚住稿監督の言葉どおり、このチームは日本史上最強だ。
彼らは今日9月7日、17時から韓国との3位決定戦に臨む。リオ行きの夢は断たれたが、この大会はパラリンピック予選である前に、アジアの序列を決める戦いだ。3位と4位では価値がまったく違う。表彰台をかけて最後の力を振り絞る彼らは、今日もスタンドの観客を沸かせてくれるに違いない。このチームの戦いを見られるのは、これが最後だ。ぜひ代々木競技場で、彼らの全力プレーを楽しんでもらいたい。
◎大会5日目の試合結果
中国 5-0 インド
イラン 4-0 韓国
日本 2-0 マレーシア
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「ブラインドサッカーアジア選手権2015」スタンド満員化プロジェクト
いよいよ本気を出さねばならぬ――リオデジャネイロ・パラリンピック出場をかけたブラインドサッカーアジア選手権2015が東京で開かれる。国立代々木競技場の特設スタンドを満員にして日本代表を応援せよ! ライター岡田の「ブラサカ満員化プロジェクト」が再始動。