『ぼくは愛を証明しようと思う。』
藤沢数希
幻冬舎刊 \1,512
「恋愛工学」との出会いが僕の人生を変えた──。真実の愛をつかむ方法とは? 効果抜群と話題の恋の必勝法「恋愛工学」のすべてがわかる戦略的恋愛小説。男女関係を生き抜く必読書。
恋愛小説って女性のものですか
この世には男と女がおりまして、そうなりますと恋愛が生まれてくるものです。もちろん小説でも恋愛をテーマにしたものが多数あり、いや、テーマでなくてもほとんどの小説は男と女が出てくるわけですから、恋愛は必要不可欠な要素と言えましょう。恋をする対象がいて、自分の思うようにコトが動いたり、動かなかったり。それが成就してもしなくてもストーリーとして成立するでしょう。
でも、恋バナは女性のテリトリーというイメージが強いですよね(昨今はBLとかもありますが、それだって読者はほぼ女性です)。あれえ、何で殿方は恋愛小説に距離を置くのかなあと考えますに、やはり照れみたいなものがあったり、すでに女性のテリトリーにあるからなどが考えられます。
だがしかーし! 女もすなる恋愛小説なるもの、男だって恋をする生き物ですから、ハマってもイイではありませんか。というわけで今回ご紹介します『ぼくは愛を証明しようと思う。』は、殿方の恋愛観を百八十度変えてしまうと言っていいくらいインパクトがある小説です。これ、女性の皆様にも、かなりの衝撃を与えるかと思います。
ネットで話題沸騰の恋愛工学が小説に
この原稿を書いている二〇一五年七月、世の中は又吉直樹『火花』の芥川賞受賞で沸き立っております。同書は書店で平積みになりすっかり時の人、時の本です。でも実は同じく現在、その『火花』と負けず劣らずの話題になっているのが、藤沢数希氏の『ぼくは愛を証明しようと思う。』です。テレビの本紹介や通販サイトでランク上位にあって、本書の内容がネットで物議を醸し、賛成反対の意見が入り乱れての侃々諤々状態となっているのです。
ではこの本、何が話題か、何が物議かといいますと、主人公が「恋愛工学」に従って行動し、あまたの女性をモノにしているところです。聞き慣れないこの「恋愛工学」なる言葉は、著者である藤沢数希氏が提唱する、なかなかに斬新な恋愛メソッドです。藤沢氏の正体は謎に包まれているのですが、外資系金融機関をへて作家となられた方で、有料のメールマガジン「週刊金融日記」には多くの読者、ツイッターのフォロワーは十万人を超えるなど、かなりの注目を集めておられます。その氏が提唱する恋愛工学を序章から説明しますと、金融や広告などの分野が数理モデルに従って動いているように、恋愛にもテクノロジーがある、とのこと。
本作は、この恋愛工学を実践し、勝利を収めていく男性の約一年にわたるドラマです。主人公は男、恋愛を実践するのも男、そして貪るように同書を読んでいるのも大半が男です。
非モテコミット、ヒットレシオって?
では、どんな内容か、恋愛工学とは具体的にどのようなものかを紹介していきましょう。
主人公の渡辺君は二十七歳、都内の特許事務所で働く弁理士です。つき合っていた彼女の二股が発覚したことから別れ、イイナと思った社内の女の子にも彼氏がいた……などトホホな状況から彼のドラマが始まります。仕事で面識のあったファンドマネージャー、永沢さんとバーで出会ったことで彼が実践する恋愛工学の教えを受けることになるのです。まず永沢さんは渡辺君の恋愛を「非モテコミットだ」と一刀します。この[非モテコミット]とは欲求不満の男が、ちょっと優しくしてくれた女を好きになって必死にアプローチすることだそうです。
永沢さんは「恋愛なんて、ただの確率のゲームにすぎない」といって、方程式を書きます。
[モテ=ヒットレシオ × 試行回数]
曰く、出会った女が喜んで股を開く確率がヒットレシオ。渡辺君のような欲求不満の平凡な男のヒットレシオは十%くらい、まともにトライできる女性の数は年に三人として……と永沢さんは計算して、「いままでにやった女の数は2人か3人だろ?」と言い当てます。
……ええと、ここまで紹介して、何かしらザワッときた女子も多いのではとご推察いたします。本書は男による、恋愛工学によるものでございまして、この先も女子を敵に回すような永沢さん、渡辺君の言い回しが多出します。著者も敢えてそれを狙っているようなフシもありますので、ここは何とぞ心をフラットにしていただき、先に進ませていただきたいと思います。
恋愛テクを実践する男の必死さと悲哀
永沢さんに陶酔し、弟子入りした渡辺君は、恋愛工学を実践しようと街に繰り出します。「出会いのトライアスロン」として、週末の街コン→ストナン→クラナンを行うのです。おわかりかと思いますが、ストナンとはストリートのナンパ、クラナンはクラブです。「女は、自分が気になっている男に対して、様々な方法で脈ありサインを送る。そのサインを正確に読み取って、適切に対応していくことが大切なんだ」「会話では、女がイエスとこたえる質問や、イエスとうなずくような他愛もない言葉をたくさん織り交ぜるのはとてもいい」などなど、現場での永沢さんのアドバイスを吸収し、実践していく渡辺君。なんか健気です。一生懸命すぎて笑えてきます。でも彼は本気です。必死です。悲しいくらいに。
次々に女性に声をかけ、LINEのIDをゲットした女性たちの名前を列挙し、ルックスを「中の上」などとランク付けしていく師匠と弟子。ここでも永沢さん曰く「女のモテ度にはルックスが重大な影響を及ぼしている」とのこと。レベルによって戦略も異なってくるとし、「恋愛工学は『中の上』以上の女に対してのものだ」と……。
これは恋愛工学に基づいた、男目線の小説でありまして、世の女子たちを敵に回そうという魂胆はないはずです。ただ不肖ワタクシ──四十八歳の年男、妻子あり──ですが、モテなくて鬱していた若い時分であったら、この本にすがっていた……かも知れないのです。現にネット上では恋愛工学を、この本を絶賛する男たちの声が上がっていますし、反面、痛烈なアンチも存在しています。
でも、この本は小説です。永沢さんと出会って半年後、三人のセフレ、LINEで投げると十一人の女性が返事をしてくるモテ男になった渡辺君が、そうやすやすと最後まで成功を収めるわけにはいきません。そこは厳しい壁が立ちはだかり、彼の恋愛観を揺さぶっていきます……続きは本書にて。
これが恋の現実
それを知るのも一興
とまあ、この書評連載のタイトル通り、食わず嫌いになりそうな本の紹介でしたが、よくよく考えますに、まともに恋愛できる男性は非常に少なくて、こういうノウハウがないと女性と向き合えなくなっている現実があるのです。それを女性が知るのは大事ではないでしょうか。女子向け、ロマンティックラブの理想から一度離れ、男目線の現実的恋愛を笑いながら読んでいけば、恋愛工学をも超えた恋の強者女子になれるかも知れません。
『GINGER L.』 2015 SUMMER 19号より
食わず嫌い女子のための読書案内
女性向け文芸誌「GINGER L.」連載の書評エッセイです。警察小説、ハードボイルド、オタクカルチャー、時代小説、政治もの……。普段「女子」が食指を伸ばさないジャンルの書籍を、敢えてオススメしいたします。
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