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  蛇足としか言いようのない決勝戦だった。一夜明けた今でも、閉幕後のすがすがしさはない。

 中国対イラン。2日前、一致団結して試合時間を浪費し、スタンドのブーイングを浴びながら、仲良く勝ち点を分け合った両者の再戦である。ブラインドサッカーの価値を貶め、アジアのプライドに泥を塗ることと引き換えに、彼らはパラリンピック出場権という大きな利益を手にした。ならばせめてこの試合は、アジアの、そして世界のブラインドサッカーのために、ファイナリストとしての使命感を持って戦うべきだろう。

 すでに日本代表の試合は終わったにもかかわらず、冷たい雨の中で最後までスタンドに残ったファンの多くも、それを期待していたに違いない。史上最強の日本チームが越えられなかったアジアの頂上がどんなレベルなのかを、楽しみに見守っていた人は多いはずだ。実際、前後半50分間はそれなりに見応えのある攻防が展開された。

 ところが――。

 0-0で迎えた延長後半。キックオフから左サイドでパスを受けたイランの10番ベフザド・ザダリアスガハリが、フェンス際でボールをキープし始めた。中国の3番リウ・メンがその背後に密着する。そこから、前代未聞のフォークダンスが始まった。

 ブラインドサッカーでは、4秒を越えてボールを鳴らさずに保持するのは反則だ。そのためイランの10番は、両足のあいだでボールを左右に揺らし、のんびりとしたリズムを刻んだ。彼の肩に両手を置いた中国の3番も、その動きに合わせて左右に体を揺らす。ほかの選手たちは、まったく助太刀に行こうとしない。彼らは、アジアのチャンピオンを決める試合で、サッカーをやめたのである。

 スタンドから非難の口笛が鳴り、レフェリーが両手を広げて静寂を促す。だが、観客の苛立ちは隠しようがない。「おまえら何のためにブラインドサッカーやってるんだ!」という怒声も聞こえた。途中で席を立ち、帰路についた観客もいたと聞く。

 タイムアップの笛が鳴る。5分間の異様に退屈なダンスを踊り終えた2人は、へらへらと笑いながら握手を交わした。PK戦。2人目で大会得点王の11番アフマドレザ・シャホセイニが決め、中国の3人目をGKメイサム・ショジャエイヤンが止めて、イランが勝った。中国の5連覇を食い止めての初優勝だ。歴史には偉業として刻まれるだろう。

表彰式でカップを掲げるイラン代表。左端で右手を挙げているのが10番のザダリアスガハリ。写真:MA SPORTS/吉村もと

 

 だが私は、5分間にわたってサッカーをドブに捨てた彼らを賞賛する気にはなれない。準優勝の中国も含めて、彼らは今大会での2試合を通じてブラインドサッカーという競技に大きなダメージを与えた。イランと中国は来年、サッカー王国で試合をする。ブラジルのファンの前で同じことをしたら、一体どんなことになるだろうか。アジア代表としての責任を自覚して戦ってもらいたい。

 この2チームを乗り越えられなかった日本と韓国は、決勝戦の前に行われた3位決定戦を、歯を食いしばって戦った。とくに日本は、前日も失意の中でマレーシアと試合をしている。韓国に負けて北京を逃した2007年も、イランに負けてロンドンを逃した2011年も、消化試合は翌日の3位決定戦だけだった。それが今回は2試合。モチベーションを保つのは本当に難しかったと思う。

 しかし選手たちは残る力を振り絞って、いや、残っていないはずの気力を自ら懸命に駆り立てながら、全力で走った。あの50分間、日本の選手たちは何と戦っていたのだろう。少し時間が経ったら、一杯やりながら聞いてみたいと思っている。

 決定機は日本のほうが多かったけれど、黒田も川村もあと一歩のところでゴールを奪うことができなかった。1点差でシャホセイニを追っていた川村には得点王のタイトルを獲ってほしかったが、それも叶わなかった。6人目までもつれ込んだPK戦は、1-2で韓国。両手で顔を覆い、肩を震わせるGK佐藤大介に、キャプテンの落合啓士が近寄って声をかける。落合のあんなに優しい表情を見たのは、いつ以来だろう。4年間の緊張から解放された男の顔だった。

 いろいろな意味で残念なことの重なった最終日だが、スタンドの観客が心を和ませる場面もあった。第1試合の5位決定戦。私は、風祭喜一前代表監督とプレス席で並んで見ていた。日本ブラインドサッカーの黎明期、サッカーを見たことがなく、ボールの蹴り方も知らない選手の指導から始めた風祭さんは、未熟だが一生懸命な選手たちに誰よりも深い愛情を持っている。マレーシアが1-0でインドを下して試合が終わると、風祭さんは「マレーシア!」と大声で勝者を称えた。それに応えて、マレーシアの選手たちが手拍子をしながら「ニッポンコール」を始める。今大会でいちばん微笑ましい光景だった。

 中国が主催した2013年の前回大会はイランが出場せず、参加はわずか3ヵ国だった。そんな状態では、パラリンピックや世界選手権のアジア枠を減らされる恐れがある。その危機感もあって、日本の主催者は懸命に参加国増加に努めたことだろう。その結果、パンアメリカ予選と同じ6ヵ国による大会が実現した。6年ぶりに戻ってきたマレーシア代表チームと、初めて参加したインド代表チームの関係者には深く感謝をしたい。アジアのブラインドサッカーの未来がさらに豊かなものになることを祈って、この連載を終えることにしよう。ご愛読、どうもありがとうございました。

◎大会最終日の試合結果
 マレーシア 1-0 インド
 韓国 0-0 日本(PK2-1)
 イラン 0-0 中国(PK1-0)

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「ブラインドサッカーアジア選手権2015」スタンド満員化プロジェクト

いよいよ本気を出さねばならぬ――リオデジャネイロ・パラリンピック出場をかけたブラインドサッカーアジア選手権2015が東京で開かれる。国立代々木競技場の特設スタンドを満員にして日本代表を応援せよ! ライター岡田の「ブラサカ満員化プロジェクト」が再始動。

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岡田仁志

昭和39(1964)年北海道旭川市生まれ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。3年間の出版社勤務を経て、フリーライターに。深川峻太郎の筆名でもコラムやエッセイ等を執筆。著書に『闇の中の翼たち――ブラインドサッカー日本代表の苦闘』(幻冬舎)。

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