いま(2018年)注目されている「裁量労働制」は、「求人詐欺」が起こりやすい典型的なケースの一つ。個人の裁量に任されるんだからいいんじゃないか……そう思った新卒Cさん(ゲーム業界)も悲惨なことに。「固定残業制」に騙されてしまったAさんの話も一緒にどうぞ。
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店長候補で入ったら「固定残業制」でブラックまっしぐら
求人では「月額20万円」、しかしその内訳は…
4年制大学を卒業し、大手コンビニとフランチャイズ契約をして15店舗ほど運営している会社に正社員として就職したAさん。
求人は中小企業専門の求人サイトで、「スカウトサービス」というものを利用して見つけた。「スカウトサービス」とは自分の職務経歴や、希望条件、語学力などを匿名で登録し、企業がその内容をみて求人条件にあった人に直接メールを送るというサービスだ。サイトから紹介されたその会社の求人票では、
「月額20万円、1日8時間のシフト制で年間休日は100日」
となっていた。基本給に残業代も上乗せされれば二十数万円稼ぐことができ、新卒の相場と比べても条件は悪くない、こうしてAさんはこの会社に入ることを決めた。
採用が決まり契約書を交わしたのだが、そこには賃金に関して求人の
「月額20万円」から大きく変わって、
「基本給15万円、営業手当2万円、業務手当3万円、手取り17.8万円」
となっていた。後で分かることだが、この会社の言い分では賃金体系は典型的な「固定残業代」制をとっており、いくら残業をしても、この税金等を差し引かれた手取り17.8万円以上は一切会社から払われることはなかった。しかも契約書には「残業手当」について明確に書かれておらず、「営業手当」や「業務手当」が何に相当するかもはっきりしていない。
過酷な長時間労働だけじゃなく、自腹購入までついてきた
Aさんはこの会社が運営するコンビニの「店長候補」として採用されており、他店での研修を経て5月から都内の店舗に配属された。仕事内容はレジや品出し、商品発注などで、従業員はAさんと店長の他は全員がアルバイトだった。店長の上に数店舗を統括するエリアマネージャーがいたが、彼は週に3回程度店舗に応援にくる程度。Aさんの店舗はオフィス街にあり、主婦パートや学生アルバイトがなかなか集まらず、常に人手不足となっていた。
そんななかAさんは長時間労働に苦しめられることになる。求人や内定の段階では1日8時間のシフト制であるはずだったが、実際には毎日8時から22時までの14時間働いていた。人手不足の中シフトの穴を埋めるのは、店長とAさんしかいなかったからだ。休憩は昼と夕方で計1時間あることになっていたが、特に昼は忙しく、昼食を取るのがやっとで1日30分とれたらよいほうだった。休日も週2日とれることはなく、年間休日100日など到底届かないペースであった。
このようにAさんは毎日24時すぎに寝て6時に起きる生活であったため、仕事中に居眠りをしてしまうこともよくあった。週に1日だけある休日は寝ているだけで終わった。計算すると月に100時間以上残業していたが、前述した通り残業代は一切払われなかった。
そのうえ、Aさんは、季節物商品の「自腹購入」も要求された。「自腹購入」とは、個人や店舗の売り上げを少しでもあげるために、自店舗の商品を自分で購入することであり、コンビニを始め多くの業界で広がっている。無理矢理給料から天引きするケースもあれば、売り上げノルマを課され、それに足りない分を「自発的に」買わせるといった場合もある。Aさんの場合は、コンビニで売っていた「母の日ギフト」を1人2件買うように店長から直接言われていた。自分にはそのギフトを買う必要性がないことを言っても「お母さんやおばあちゃんに買えばいいじゃん」と言われ、結局4000円分の入浴剤を買わされた。ちなみにこうした指示は店舗によっては社員にだけでなくアルバイトにもなされていたという。
辞めたいのに辞められない、というお決まりのコースへ
このような労働環境の中で、立ちくらみが増えたり、持病の腰痛が悪化したりしたため、Aさんはまず店長に辞めたいと申し出た。店長は「辞めた方がいい」と理解を示してくれた。しかしその後、社長とエリアマネージャーと三者面談が行われ「そう簡単には辞められない。」「店長候補として採用したのに、なぜ辞めるというのか。」と言われた。結局その場では、3日の休みを取り、シフトの時間も短くしながら様子を見るということになり辞められなかった。Bさんが聞いた話によると、この会社では退職の意思を示した社員に対しては必ず社長と上司の三者面談が設けられ「人が足りないから辞めるな」という説得が行われるという。過去にはその三者面談が3度行われ結局退職まで半年かかった人もいるらしい。最終的にAさんは「心身症」の診断が出て1ヶ月休職することになった。
急成長中の企業で「平均的な労働条件」に惹かれたが…
もう一つの事例を挙げよう。今度は、現在急成長していて人気の「ゲーム業界」の事例だ。
入社から研修までに問題はなし
大学院で自然現象再現のプログラムを作っていたCさんがD社を見つけたのは、2014年1月初旬に大学であった集団説明会。3Dの技術が生かされ、テレビ放送にも関わっている、ゲーム開発もしているこの会社でなら自分のやりたいことができると思った。Cさんは説明会が終わってすぐに民間の求人サイトを通じて応募を出した。面接と適性検査を一度ずつ受け、2次面接に臨むと、いきなりそれが最終面接と言われ、面接の後に即採用となった。
求人の段階でみた求人票には
「給料:21万円(裁量労働制)」「賞与あり」
と書かれていた。Cさんは、この会社が東証一部上場企業の子会社であるのに加え、新卒としては平均的といえる労働条件を魅力に思い入社を決断したという。
4月の入社式の次の日には新人研修について説明があり、早速2ヶ月間の研修が始まった。しかし研修らしいことは1、2回マナー講習があったくらいで、Cさんはいきなり企業向けの3DCG作品の作成をする部署に配属され実際には会社の案件に携わって働いていた。
入社後の契約書で初めて知らされた「手当込み」の現実
Cさんが所属していた3DCG政策の部署には、プログラマ2人とデザイナー1人、進行管理係1人、とリーダーの5人がいた。リーダー以外は全員新人か入社2年に満たない社員であった。作業内容はプログラミングに関することで非常に神経を使う微細な作業であるうえ、平均して月に40~50時間の残業があった。納期前など忙しい時期は朝に出社して連日帰るのが 22時を超えるようになっていた。
休日は基本的に週2日とれていたものの、給与に関しては求人の時点で知らされていた話とずいぶん違っていた。4月の終わりに交付された契約書で初めて知らされたのであるが、
求人票に書いていた21万円には月50時間分の「深夜手当相当額」と
月24時間分の「休日手当相当額」が含み込まれていて、
残業が21万円にそのままプラスされることはなかった。また、先輩の話によると出ると言われていた賞与も出ないことが多いというのだ。
突然聞かされた会社分割
そんななか、6月に急に会社が分割される話を聞かされる。分社の話はCさんが入社する前からあったようだが、Cさんに分社することを知らされたのは分社するほんの数日前であった。Cさんとしては分社前の会社に残りたがったが、話を聞いた当日に同意書を無理矢理書かされ別の会社に移ることとなった。分社した後の新しい契約でも書面上、業務は以前と特に変わってはいなかった。
契約の一方的な変更によって、Cさんは先行きが見えなくなり、体調を崩すようになっていた。6月には適応障害でうつ状態と診断された。
以上、二つの典型的な事例からは、「求人票」と実際の労働条件がまったく違うことがあることがわかる。次回は、こうした状況に対してほとんど法律が機能していないこと、救済されないままに放置されてしまった新卒の末路について紹介しよう。
※第3回は2015年10月28日(水)公開予定です。