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小林紀晴 ニューヨーク~ 角田光代 東京 往復書簡 『夜をこえて』

2002.02.01 公開 ポスト

第16回

一年後の町 角田光代~東京角田光代/小林紀晴(写真家)

 こんにちは。
 お元気ですか。
 今は、帰国の準備に追われているころでしょうか。
 もう一年が過ぎたのですね。これが、日本から出す最後のお手紙だと思うと、時間経過のはやさに、本当にびっくりします。
 このあいだのお手紙にコバヤシさんが書かれていた大晦日の光景が、とても印象にのこりました。ずっと以前、たしか夏の日に、韓国人の友達と海にいったことをコバヤシさんは書かれていましたよね。それを読みながら思い浮かべた光景とどこか似た色合いでもって、心のなかにのこりました。

 異国の町で、異国人として暮らすことの、自由と不自由や、孤独と共感を、私は味わったことがありませんが、そうした、言葉におきかえると矛盾したいくつものことが、ごっちゃになったものの混じり合わず、ただそこにある、放置されている感じというのが、なんとなく、お手紙から浮かび上がってきた気がしました。そしてそういう、<感じ>が、ニューヨークという町の個性なのかな、と考えたりしました。
 昨日私は、八年ぶりくらいに会う友人と、ニューヨークに本店があるという寿司屋にいきました。ニューヨークに支店がある寿司屋ならわかるのですが、東京のほうが支店で、八年ぶりの友人は、ニューヨークの本店がおいしかったからと、そこに連れていってくれたわけですが、とくにコバヤシさんのお手紙を読んだあとだったからでしょうか、こんな些末なことも、その町の個性を物語っているように、私には感じられました。だって、たとえば、ホーチミンに本店がある寿司屋とか、ミラノに本店がある寿司屋とか、本店のほうをニューヨーク以外の都市にすると、とたんに意味が違ってくる、というか、それでは文章として成り立たない気すらするのです。
 ともあれ寿司はとてもおいしかったです。

 考えてみれば私は日本以外でお正月を迎えたことがありません。ニューヨークでは一月二日からすべてが通常どおりに開始する、というのを聞いて驚くと同時に、お正月の意味は国ごとにちがうものなのかと、こどものようにあらためて気づきました。
 日本のお正月しか知らないと、地球上のほとんどの国が、紅白歌合戦に相当する番組を家族で見て、神社や寺に相当する場所に祈りをささげにいって、新年の抱負などを心に決め、四日ほどごろごろしてすごしているに違いないと、無意識に思っているという事態になりますね。というか、私はそうでした。
 少し前は、はなやかで浮かれすぎたような、クリスマスの雰囲気が私は好きでしたが、最近は、お正月のどこかしんとした光景のほうがずっと好きです。車はあまり走っておらず、町も空いていて、冬の日特有の静かな陽射しが、掃除されたばかりの店や家やを照らしている、少々ときのとまった感のある光景。
 今年私は、お正月そうそうめったにひかない風邪をひき、寝ているだけという地味なお正月でした。
 そうしながら、なんとなく今年の抱負などを考えて、旅したい場所やはじめたいことや、長引いていていい加減終わらせたい仕事やはじめたい仕事のことなんかを考えていたら、すべてがそのとおり、うまくいくような気分になって、いい気持ちで寝たり起きたりしていました。発熱をともなう風邪というのはずいぶん、逃避願望を満たす病ではありますね。
 十四時間の時差のあいだを行き来するいくつかの手紙によって、私は多分、ふだんだったら考えないことをたくさん考えような気がします。それから、あのニューヨークの事件が、コバヤシさんの滞在期間に起きたということが、なんだか信じられないような、けれど、そのことによって私もまた何ごとか自身の内で考えさせられることが多かったです。このような機会がなければ、もっとちがう感想をいだいていたできごとだったように思います。そういう意味で、数ヶ月のあいだ、違う場所から言葉をやりとりできたことを、とても感謝しています。
 一年の不在ののちのこの国、この町は、いったいどんなふうにコバヤシさんの目に映るのでしょう。私はずっとここにいるので、変化などはあんまりわかりません。繁華街のテナントが短期間に移りかわっていくのも、電車のなかでたくさんの人が携帯電話のメールを打っている光景も、当然のものとしてそこにあります。
 だから、一年の空白のあとで、この町はどんなふうに見えるのか、かわったのか、またかわっていないのか、とても興味があります。またいつか、どこかで、そんなことについて言葉を交わせたら、と思っています。


 それでは、失礼します。
 東京にて。

 角田 光代

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小林紀晴 ニューヨーク~ 角田光代 東京 往復書簡 『夜をこえて』

ニューヨーク~東京。小林紀晴さんと角田光代さんの往復書簡新連載です。
※本連載は旧Webサイト(Webマガジン幻冬舎)からの移行コンテンツです。幻冬舎plusでは2002/02/01のみの掲載となっております。

 

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角田光代

1967年神奈川県生まれ。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。「対岸の彼女」で直木賞、「ロック母」で川端康成文学賞、「八日目の蝉」で中央公論文芸賞、12年「紙の月」で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花賞を受賞。他に『空の拳』など多数。

小林紀晴 写真家

1968年長野県生まれ。写真家、作家。1995年「ASIAN JAPANESE」でデビュー。97年「DAYS ASIA」で日本写真協会新人賞、2013年写真展「遠くから来た舟」で第22回林忠彦賞を受賞。著書に『ASIA ROAD』『写真学生』『メモワール 写真家・古屋誠一との二〇年』など。

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