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男だけど、カワイイものが大好きだ。

2015.11.11 公開 ポスト

第7回

〈京都〉カワイイの宝石箱やで……(後)ワクサカソウヘイ(文筆家)

現在、コラムニストとしてだけではなく、コント作家、脚本家、舞台のプロデューサーなど、多方面で活躍中のワクサカソウヘイさん。

そのワクサカさんの新刊『男だけど、』が、とにかく笑える、共感できると好評発売中です。刊行を記念して、本の読みどころを一部ご紹介します。

第7回は、カワイイ雑貨や食べ物が大好きの人にとって楽園のような場所、京都・後編。ついに乙女の聖地、恵文社へ。しかし、予約した宿泊場所はホテルでも旅館でもなく、宿坊! 自分の「男っぽさ」と、心の中の“女の子ちゃん”が戦うことになった旅の結末とは。 

*  *  *

叡山電鉄一乗寺駅を降りると、なんとも可愛らしい、あれ? これってぐりとぐらが作ったの? みたいな、「恵文社」の案内看板が待ち受けていた。

「恵文社」は、吉本ばななをして「乙女の聖地」と言わしめた、京都の「カワイイ!」の王座に君臨する有名店である。店主によってセレクトされた趣味のよい数々の本たちが居並ぶ店内は、一日居ても飽きることはない。また店内には雑貨屋とカフェが併設されており、あと布団だけ持ってきてもらえれば一生ここに住んだってかまわない、と僕の中の“女の子ちゃん”が宣言するほどに、乙女なら誰もが恋をしてしまうお店なのである。

僕は「恵文社」にて、心ゆくまで本棚を眺めまわし(あ、武田百合子の『富士日記』読んでみようカナ……)と心でつぶやいてみたり、雑貨コーナーをうろついて(こういう手作り感のある木べらが欲しかったんだヨナ……)などと物色を楽しむなどし、“女の子ちゃん”を完全に満足させることに成功した。

 

「恵文社」で買い込んだ数々のカワイイものたちを両手にぶら下げながら、夕暮れ迫る一乗寺駅のホームに佇む僕と“女の子ちゃん”は、その日一番の幸福感に包まれていた。

 

これで勝負は、二勝二敗の引き分けへともつれ込んだ。続きは明日へ持ち越すことにして、僕は本日の宿へ向かった。

しかし、宿でのチェックイン時、奇妙な光景が眼前に現れた。フロントの男性が、お坊さんなのだ。それもそのはず、僕が予約していた宿は、知恩院の宿坊。宿坊とはリーズナブルな料金でお寺に泊まれるシステムで、京都ではさまざまなお寺がこの宿坊プランを用意している。

(しまった)と、“女の子ちゃん”が呻いた。まさか、宿坊とは。こんな罠が仕掛けてあるなんて、思いも寄らなかった。

 

思いも寄らなかったもなにも、予約したのは他でもない僕自身なのだが、厳密に言えば知恩院での宿坊を決めたのは、僕の「男っぽさ」の部分である。

男というのは、旅の宿泊先を、すごく適当に決める傾向がある。「安けりゃなんでもいいべ」、そんな中居正広風の口調で、彼女との大切な旅行も駅前のチープなビジネスホテルに決めてしまったりする。

今回の宿坊も、京都旅行に出る一週間前、“女の子ちゃん”が眠っている間に、僕の「男っぽさ」が「ここなら安いし、寺に泊まるのって、なんだかワクワクするべ」などと言いながらアバウトに予約を入れてしまっていたのであった。

もし宿泊予約の段からすでに“女の子ちゃん”が本格覚醒していたのならば、(やっぱりデザインホテルかな。町家の二階をリノベーションした旅館でもいいかな)と宿泊先にもこだわり、絶対に宿坊なんて許すことはなかったであろう。勝負はすでに、出発前から始まっていたのである。男の鈍さは、実にあなどれない。

「男っぽさ」が勘で決めた知恩院の宿坊、そこは想像以上に、「カワイクナイ!」のオンパレードであった。

 

まず、通された部屋が、普段は老人会や修学旅行生などの団体客に利用されているとおぼしき、大部屋の和室であった。三〇人は平気で泊まれそうなその畳張りの部屋に、ポツンと僕の布団が一枚。言わずもがなであるが、そこは寺の敷地内。想像してみていただきたいが、そんなところの巨大な和室に夜ひとりで佇むというのは、ものすごい恐怖である。ふと天井を見上げると、そこに広がる木目の模様が、なんだか女性の横顔に見える。カワイクナイ! ツウカ、コワイ!

そして、知恩院の宿坊に、食事なんてものは、付かない。なので自然と外食ということになるのだが、知恩院の周囲は真っ暗で繁華街からも離れており、外食にありつこうとするには、ひとりで肝試しを敢行するがごとく人の気配のない夜道を延々と歩かなければならない。試しに外へと出てはみたのだが、灯籠の頼りない灯り以外には闇が広がり、たまに大きな蛾がなんの前触れもなく僕の顔にぺたっと貼りついたり、その日の月が妙に赤くて僕をミステリアスな気分にさせたり、なんか茂みからガサガサッと音がしたかと思ったらタヌキが飛び出し僕の寿命を一五年縮めたりなど、その恐怖アトラクションの充実っぷりはまさに天然の戦慄迷宮といった具合で、僕は踵を返して知恩院へと舞い戻った。そしてカバンの底にあったソイジョイを取り出すと、それをガランとした空白の広がる巨大和室の中でひとり、ボソボソと食べて空腹をしのいだ。カワイクナイ! ツウカ、ワビシイ!

自分以外に、誰もいない和室。奥の蛍光灯のひとつが切れかかっているらしく、チリチリと点滅を繰り返しており、それがいやがうえにも恐怖心を煽ってくる。部屋に備え付けられたトイレからはなぜかずっと弱々しい流水の音が流れており、それが角度によっては亡霊のすすり泣く声に聴こえる。カワイクナイ! ツウカ、コノママダト、アタマガドウカシチャウ!

恐怖心をかき消すべく、テレビを点ける。関西のテレビ番組でしか観られない、雨上がり決死隊が三〇%くらいの力でやっているような情報レポート番組などを眺めながら、なんとかメンタルを愉快な方向にシフトチェンジできるように努める。しかし、突然ブチッ! と電源が落ち、テレビの画面が真っ黒になる。その真っ黒な画面に、自分の恐怖で歪んだ顔が映り込む。自分の表情筋にこんな引き出しがあったんだ、と思わず感心するほどに、それは初めて見る本気で戦慄の走った自分の顔であった。テレビの電源が落ちた理由を探るも、コンセントは抜けていないし、蛍光灯は点いたままなので停電とかではない。そうこうしているうちにテレビの電源が再び、なんの前触れもなく入る。冗談ではなく、腰が抜けそうになる。カワイクナイ! ツウカ、モウカエリタイ!

 

もはや京都の一日目は、大敗である。負けの込んだ僕は明日の逆転勝利に備えて早めに寝ようとしたが、窓をしめきっているはずなのにぬるい風は入ってくるわ、廊下からペタペタと謎の足音が聞こえてくるわ、ソフトな金縛りに遭うわで寝られたものではなく、夜明け間近になってようやく睡魔が訪れたものの、すぐさま部屋のスピーカーから大音量で

「お泊りのみなさま、おはようございます! 午前五時より、本堂にて朝のお勤めがございます。参加不参加はご自由ではございますが、どうぞみなさま、この機会にぜひ……」

などというお坊さんからのグッドモーニングメッセージが流れるなどし、もうこの環境下で寝ることのできる者がいたとするならば、その者の心は、きっと岩かなにかである。

 

すっかり寝不足となり、カワイイものを追い求める気力も萎えた僕は、二日目の「京都カワイイもの探索」を泣く泣く諦め、そのまま朝一番の新幹線で東京へと帰った。

 

惨敗。まさに、惨敗の京都旅行であった。

*  *  *

次回は11月13日(金)更新予定です。 

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男だけど、カワイイものが大好きだ。

「カワイイ」は、女子だけのものじゃない! 新進気鋭のコラムニスト・ワクサカソウヘイによる、カワイイを巡る紀行。

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ワクサカソウヘイ 文筆家

1983年生まれ。小説からコラム、脚本までその執筆活動は多岐にわたる。またコント作家・芸人として、コントカンパニー「ミラクルパッションズ」にも参加。主な著書に、『今日もひとり、ディズニーランドで』(イースト・プレス)などがある。

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