現在、コラムニストとしてだけではなく、コント作家、脚本家、舞台のプロデューサーなど、多方面で活躍中のワクサカソウヘイさん。
そのワクサカさんの新刊『男だけど、』が、とにかく笑える、共感できると好評発売中です。刊行を記念して、本の読みどころを一部ご紹介します。
第11回は、真冬のニューヨーク。紙おむつを穿いて待ち続ける、タイムズスクエアでのカウントダウン・前編。
ワクサカさんの初恋は、性の仮免状態だった幼稚園児の頃。相手は、なんと男の子! それは、自分の中の“女の子ちゃん”が恋のハンドルを握っていたからだった。
* * *
真冬、ニューヨーク。
極寒の気温であるその中で。上を見上げれば、「ウィキッド」「ライオンキング」「オペラ座の怪人」など、世界的に有名なブロードウェイミュージカルの大看板がビルにベタベタと貼りついている。ここは、あの、タイムズスクエアだ。
そして僕は、そのタイムズスクエアで、紙おむつを穿いたまま、もう八時間も同じ場所に突っ立ったままだった。
ビルの隙間から、寒波が流れ込む。耳が凍ってそのままちぎれてしまいそうだ。この場所から動こうにも一歩も前に進むことすら叶わないというこの状況下で、僕の意識はもはやフリーズ寸前。朦朧とする頭で、こんなことを思う。
「僕はいま、なんで紙おむつを穿いて、タイムズスクエアの真ん中で棒立ちに……?」
すべては、恋心のせいだった。
心の中に“女の子ちゃん”がいる僕。
普段の生活の中でも、様々な局面で僕の男側の意見と“女の子ちゃん”側の意見とがぶつかり合い、そのたびに揺れることになる。
たとえば映画DVDを観ようという時は、「釣りバカ日誌」を観ようか、それとも「(500)日のサマー」を観ようか。マンガを買おうという時は、『グラップラー刃牙』を買おうか、それとも『動物のお医者さん』を買おうか。今日は休みだからどこかに出掛けようかという時は、環七に油そばを食べに行くか、それともマザー牧場へ行って羊毛リース作り体験に参加しようか。
こうして逡巡を重ねながら、結果的に男側の意見を採用してみたり、時には“女の子ちゃん”側の意見を採用してみたりと、上手くバランスを取りながら生きている。
ところがこれが、恋の局面ともなると、バランスが大きく崩れる。
恋をする時は、必ずと言っていいほど、“女の子ちゃん”側の意向が主導権を握ることになる。
初恋は、幼稚園児だった頃。相手は、男の子。
もうこの時点で、“女の子ちゃん”が恋心のハンドルを握っていたことは明白である。
念のために説明しておくと、僕が同性である男の子に恋をしたのはこの時一度きりで、以降の人生においてはずっと異性に恋をしている。幼稚園児の頃、男の子に恋をしてしまったのは、まだ性の仮免状態、つまり性的に未分化な中で、よくわからないままに“女の子ちゃん”の部分が恋のギアをトップに入れてしまったのだと思う。
初恋のその男の子の名前は、坂田くん。転園生としてスミレ組の教室に颯爽と現れた彼は、ヒョロッとした長身に、甘栗のような可愛らしい瞳、髪は天然パーマが混じっていてどこかエキゾチックな雰囲気を漂わせていた。坂田くんを一目見た瞬間、生まれて初めて、恋心が爆ぜた。国語の教科書風に言うなれば、赤い実がはじけた。
とはいえ、それは幼稚園児の恋。どう名づけられているのかも知らぬ胸の鼓動、その処理の仕方もわからない。とりあえず、坂田くんにだけ自分の作ったとてもキレイな泥団子をプレゼントしたり、ハート型のシールを坂田くんの背中にこっそり貼ってみたり、僕と同じく坂田くんに恋心を抱いていたライバルのエリナちゃんを園庭の隅に呼び出して木の枝で眉間を刺してみたりと、その発達段階途上の幼い頭で思いつく限りのアプローチを実行したものの、一向に功を奏することはなく、僕の母親が園に呼び出されてエリナちゃんの親に謝罪したりするだけであった。
ある日のこと。園のチューリップの花壇にかくれて放尿をしたところ、それを見ていた田所くんという男子が先生に密告、僕は生まれて初めて大人から頭ごなしに叱られた。そしてその説教おわりにクイックで僕と田所くんのケンカが勃発。「なんで先生に言ったんだ」と泣きじゃくる僕に対して、田所くんは「お前なんか、カキ氷を食べた後に、お湯を飲め」という謎の罵倒で応戦、ふたりは園庭で、もみくちゃになった。すると横を通りがかった坂田くんがこちらに寄ってきて、僕のことを助けてくれるのかと思いきや、「それは花壇におしっこするやつが悪い」と田所くんの肩を持つ発言をし、その瞬間、僕の淡い初恋はスッと消えた。
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次回は11月23日(月)更新予定です。
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