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私たちを取り巻く「生身の暴力」と「描かれる暴力」

2019.08.09 公開 ポスト

前編

半グレは虚像か? 実像か? 『キングダム』が描く、東京・裏社会の縮図〔再掲〕久田将義/藤田香織

闇営業騒動が長くニュースをにぎわせていますが、裏社会とはどれだけ私たちの近くにあるものなのでしょうか? 2015年掲載ですが、今読むほうが、よりリアリティとその怖さに気づかされる記事をご紹介します。

***

現実の暴力と物語として描かれる暴力は、どこまで接近しているものなのか――? この夏から秋にかけて、二冊の暴力にまつわる本が出版された。一冊は、過激な暴力で裏の世界を牛耳る半グレ集団、武蔵野連合と、その頂点に君臨する真嶋を軸に男たちの嫉妬と欲望を描いた小説『キングダム』(新野剛志著)。もうひとつは、裏社会や芸能スキャンダルを長年取材してきた久田将義さんが、身近にある暴力、裏社会のリアルに迫った『生身の暴力論』だ。『キングダム』の真嶋に魅了された書評家・藤田香織さんと久田さんがフィクションとノンフィクションの「暴力」を巡って語り合った。
(構成:須永貴子)


◆リアルを知っているとここまで書けない。小説だから迫ることのできる魅力

久田将義(以下、久田)『キングダム』はよく取材してらっしゃいますね。読みながら、僕が過去に取材した街や組織、人物の顔が浮かびました。小説だからできるギリギリのラインで、すごくうまく表現していると思います。

藤田香織(以下、藤田)ミーハー的な見地からすると、クラブで武蔵野連合の面々にしめられる歌舞伎役者とか、あれこれ連想しちゃう場面も多くあって、読者の興味を誘いますよね(笑)。

久田 はいはい、面白かったですね(笑)。

藤田 世の中の人が知っている情報を出して、野次馬的な好奇心を煽りつつ、「どこまで本当なんだろう?」って思わせる。ノンフィクションとはまた違う、小説ならではの楽しさがありました。

久田 そうですね。これがギリギリだろうなっていう感じ。

藤田 ギリギリ逃げられる表現ですか?

久田 僕もいろいろと書いてきましたが、あまりにも抗議が多いので、逃げられるような文体に自然となってしまうんです。『キングダム』はいい意味で、小説だとこういう書き方になるだろうなと思いました。もしも自分がこの題材で小説を書くとしたら、ヤクザにケンカを売るシーンは書けない。僕は、リアルを知っているから、ブレーキをかけてしまう。

藤田 知っているからこそ、逆に書けないことってありますよね。

久田 そうなんです。僕は、彼らがどこに住んでいるかわからないですけれど、隠れ家の描写とかうまかったと思います。『キングダム』は新野さんの想像力によってストーリーが成立している面白い小説だと思います。


◆裏社会では女は常に脇役?

藤田 その小説ならではの表現、という部分を、もう少し詳しく聞かせて頂けますか?

久田 ヤクザとのやりとりはそうですね。今回の山口組の一件で多少変わるかもしれないですが、やはり裏社会のヒエラルキーの頂点はヤクザなので、現実には真嶋のように強気に出られない。あと、主人公の岸川にモデルはいなくて、完璧に作家の創作だと思いました。自分と同世代の中年の女性と暮らしているのも小説的です。こういう人たちは、自分の年齢が上がっても、好きな女性の年齢は変わらなくて、ギャルが好きなんです。彼らはギャルを育ててAVに出すのが上手い。そうすることで金を儲けてます。

藤田 そこがすごく気になったんです! 『キングダム』だけじゃなくて半グレ集団が出てくる小説って、大抵、女性は男たちに都合良く利用される道具として描かれていることが多いんですけど、やっぱり「仲間」には成り得ないものなんですか? 昔の暴走族だったら女の人はレディースという自分たちの組織を作っていたけれど、半グレと対になる女子の集団みたいなものもあまり聞かないですよね。

久田 ワゴン車で女の子を拉致して、輪姦(まわ)して裸で捨てるという事件を起こしたバイカーのチームに取材したときに、理由を聞いたら「儀式」とか「様式美」とか言ってましたね。まあまあ偏差値高い学校の子で、ロン毛で見栄えはいい男だったりするので、ついてくる女の子はいるし、彼女たちがそうされることを求めていると彼らは言います。

藤田 「求めてる」とは思えないけど、そういう男に惹かれる女子がいるのは想像できます。それにしても、同じ女を共有することで絆を深めるという、わけのわからない概念があるわけですね。

久田 まさにそうです。早稲田大学の大きなサークルのギャル男も同じことを言ってました。彼らはセックスを「打つ」っていうんです。合コンやパーティーをして、みんなで同じ女を打って、絆を深めるんだそうです。「一番イヤなのは抜け駆けなんすよね。打ったらみんなに打たせないと」という考え方。女を打つのはゲームで、そこには恋愛感情なんてないし、女性も彼らを訴えないそうです。彼らは頭はいいけれどケンカは弱いので、暴力に屈してしまう。だから半グレにとって彼らは女調達係なんです。そこでいくら貢献しても、腕っ節が弱いとそのヒエラルキーのなかでは上に上がれないので、そのまま「新宿スワン」の世界に入ってAVのスカウトになるヤツが多いですね。

藤田 半グレの人たちって、芸能界やファッション業界ともつながってるイメージがあるけど……。 

久田 読モレベルの女の子たちは、半グレの人たちとくっつくことが不幸ではなくてラッキーと思うみたいですね。自分は選ばれたと喜んでいる。クラブででかい顔ができますし、金回りはいいのでいい暮らしができる。秘密の扉とかクラブ全体を見渡せるモニターがあるクラブのVIPルームに連れていかれたら、特別な高揚感があると思います。男が銀座で飲んでいる高揚感に近いのかなと思うんですけどね。


◆お金があるやつが一番偉いという価値観

藤田 『キングダム』に出てくる武蔵野連合のトップの真嶋は、頭が良くて、知恵が回って、行動力があって、決断力があって、ある意味冷酷だけど人たらしなところもありますよね。詐欺で金を生んで、のしあがっていこうとする野心もある。小説として読むと、男として凄く魅力的に見えてしまうんですが、こういう人って、実際にいるんですか?

久田 モデルだろうなという人の顔は思い浮かびます。

藤田 真嶋とかなり近いですか? 人たらし度とか。

久田 人たらしは人たらしです。

藤田 うわぁ、それはキケンですね(笑)。 最近の犯罪小説の特徴として、昔の悪役はもっとわかりやすく悪かったのに、最近は一見普通の人に見えて、実はすごく悪いという男が多いんです。

久田 ダークヒーローのような。武蔵野連合とか真嶋は、東京の特徴かもしれないですね。100人くらい暴走族を取材してきましたけど、東京は地方とは考え方が違います。北関東はいい子なんですけどね。

藤田 いい子というか、「悪さ」が分かり易い、という印象はありますね。

久田 どっちも法に触れることをやってるんですけど、東京のほうが隙間産業で金を儲けてます。取材していたころはとにかくAVが全盛期だったから、彼らはAVでお金を儲けていた。そのときの経験から、お金があるヤツが一番偉い、ということに彼らは目覚めたようです。

藤田 社会的なポジションや学歴や腕っぷしより、お金がある人が一番強いって、ある意味真実かもしれないけど、裏社会独特の基準ですね。

久田 だから当時、真嶋のモデルと思われる人物も、「ヤクザとはお金で解決できる」って言ってましたしね。真嶋ほど強気じゃないですが。


◆裏道で金を稼いで女にモテるなんてズルい

藤田 『キングダム』は新野さんの半グレへの嫉妬から生まれた小説だと聞きましたが。

担当編集 私の前の担当者が東京育ちの37、38歳で、半グレとリアルに同世代なんです。新野さんも杉並育ちで、彼らと同じ場所で育ってるはずなのに、別物の人生がそこにあると。自分よりなんでこいつらはモテるんだという話で盛り上がったそうです。そこから、『キングダム』は生まれたと聞きました(笑)。それで、四六時中ネットの掲示板を見たりして。そこには彼等の噂などが書かれているのですがこれが面白くて仕方なく、「彼等はあんなにも愚かなのに、なぜ自分は引き込まれるのだろう。」と思ったそうです。ということから、真嶋に嫉妬する岸川は、「あんな愚かな奴らより自分のほうが上だ」という男の嫉妬心を体現する存在でもあるのです。

久田 岸川が一番バカで愚かなのに(笑)。

担当編集 彼らへの感情は、同窓会で、自分より下だったヤツにタメ口を聞かれて、人生がどこかでひっくり返った苛立ちみたいなものに似ているかもしれない、と。それと同じような感情は、会社内でのヒエラルキーが低かったり、お金がなかったり、女にモテない多くの男たちなら誰でも感じていると思いますし、そういう人からみると真嶋はすごく自由に見える。

藤田 裏道を通ってきたのに、いい女にモテて金を稼いで人生を楽しんでいるのがズルい、みたいな?

久田 20代でベンツに乗ったりね。

藤田 ヤクザなら厳しい縦社会の中で苦労しているかもしれないけれど、半グレはそういう対価も払わずいい思いだけしているように見えるんでしょうね。
学生時代、どんなに成績が良くてスポーツが出来て人気があっても、社会に出て間もない二十代や三十代では、普通なかなか上には行けない。でも、裏社会でなら、それが可能なわけで、そういうポジションの逆転から嫉妬が生まれるところも面白いです。

久田 六本木という街がそういう雰囲気ですね。踊る方でも、座る方でも、どっちのクラブでもお金を持っている人がモテるんですよ。

藤田 結局、東京はお金がないと面白くない街だっていいますよね。

久田 そう思います。銀座までいっちゃうとまた別世界なんですけど。武蔵野連合の人たちは、銀座には行けないんで。

藤田 銀座に行くと、バックボーンとか出自とか、家柄とかが大きくものをいってくる。身ひとつでというのとはちょっと違いますからね。

久田 彼らは身ひとつでやってきている。渋谷と銀座のちょうど中間にあたる六本木は、成金のIT社長とかが出入りしているので、彼らに「こいつおもしれえな」と面白がられれば、VIPルームに呼ばれて社長や芸能人に人脈を広げていけるんです。

藤田 元麻布とか西麻布のちょっと前までの谷感、隔離されてる感もよかったんでしょうね。

久田 そうですね。彼らは南麻布とか麻布十番とかも大好きで、オープンエアのカフェで昼から飲んでます。武蔵野連合のような組織は、東京でしか成り立たないと思います。関西ではヤクザかヤンキーしかいなくて、半グレはいないし、いてもヤクザの準構成員みたいなもの。この小説は裏社会における東京の文化が描かれているといえると思います。
(後編に続く)
 

関連書籍

新野剛志『キングダム』

岸川昇は、リストラにあい失業中。偶然再会した中学の同級生、真嶋は「武蔵野連合」のナンバー2になっていた。真嶋に誘われ行った六本木のクラブでは有名人たちが酒と暴力と女に塗れ……。そんな中、泥酔し暴れる俳優に真嶋が「自分で顔をナイフで切れ」と迫る――。絶叫と嬌声と怒号。欲望を呑み込み巨大化するキングダム。頂点に君臨する真嶋は何者か。

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久田将義

久田 将義 1967年東京都生まれ。編集者。法政大学社会学部卒業後、産経メディックス入社。『ダークサイドJAPAN』『ノンフィクスナックルズ』『実話ナックルズ』(以上、ミリオン出版)、月刊『選択』(選択出版)、『週刊朝日』(現・朝日新聞出版)などの編集を手掛ける。著書に『トラブルなう』『関東連合~六本木アウトローの正体~』『生身の暴力論』など。

藤田香織

1968年三重県生まれ。書評家。著書に『だらしな日記 食事と読書と体脂肪の因果関係を考察する』『やっぱりだらしな日記+だらしなマンション購入記』『ホンのお楽しみ』。近著は書評家の杉江松恋氏と1年半かけて東海道を踏破した汗と涙の記録(!?)『東海道でしょう』。

Twitter: @daranekos
Instagram: @dalanekos

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