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ベトナムで起業したら、見えてきた。 アジア街角事情

2015.12.12 公開 ポスト

最終回

朝一杯のコーヒーと宝くじ売りの老婆小原祥嵩(ハバタク株式会社)

ベトナムの宝くじ売りは社会的弱者

ふと窓の外に目をやるとトンボが右へ左へと飛び交う季節がやってきました。

雨季の終わりを告げるホーチミンのトンボ。ここベトナムでは「幸運、幸せ」の象徴とされています。

ベトナム暮らしで感じるささやかな幸せのひとつに朝一杯のコーヒーがあります。道路に面したローカルのコーヒー屋で、行き交うバイクのクラクションをBGMに出勤前のサラリーマンや近所のご隠居さんと共に飲む一杯のコーヒー。練乳入りのとびきり甘いコーヒーが起き抜けの脳みそを叩き起こし、さあやるぞという気分にさせてくれます。

 

朝のコーヒー屋の風景

 

こうして朝のひとときを楽しんでいると、ふと誰かに肩をポンポンと叩かれたり、携帯を覗き込んでいる顔の前にぬっと手が伸びてきたりすることがあります。そちらに目をやると、老人や小さな子供を抱いた若いお母さんあるいは車いすに乗った方が短冊状の紙の束を握った手をこちらに突き出して立っています。

彼・彼女たちは宝くじを売り歩いているのです。

 

ここベトナムでは宝くじは毎日発行されています。一枚10,000ドン(約55円)で一枚からバラで買うことができます。当選番号は毎日16時に発表され結果はインターネット上で確認することができます。一等はなんと1,500,000,000ドン、日本円にして約815万円です。ベトナム全土の平均年収は30万円とも言われていますので、当選賞金がいかに高額かが想像出来るでしょう。

この宝くじの発行は政府が担っており、各地域にある民間の代理店がその流通・販売を担っています。この代理店に行きIDカードを見せると売り子として宝くじの束を受け取ることができます(ベトナム人に限られますが)。年齢や学歴など一切関係なく誰でも即日仕事を得られるため、この宝くじの売り子という仕事が貧しい人々のセーフティーネットになっているのです。宝くじを受け取った人々はそれを握りしめ、日がな一日街中を歩き回り、レストランの客や通りすがりの人々に宝くじを売り歩きます。そしてその日の宝くじの当選番号発表時間である夕方4時になるとまた代理店に戻り、次の一日分の宝くじを受け取りにいくのです。一日足を棒にして歩きまわっても最大150枚程度売るのがやっとだそうです。売り子に入るのは売上の5%~10%ですので、もっとも売れた日でも手元に残るのは150,000ドン(約825円)程度。これでは1日かそこらの食事代を賄うのが精一杯です。時には売り物の宝くじをひったくられてしまうことも少なくないのだとか。その分の損害を埋め合わせると売り子には日々暮らしていくお金が残るどころか借金をしなければならないなんてこともあるのです。

日中は30度を越える街中を歩きまわり、邪険に扱われることも少なくない仕事です。体力的にも精神的にも過酷な仕事であることは想像に難くありません。しかし、この過酷な仕事に就いている人の多くは貧しい老人や子供、障がい者といった社会的弱者です。

 

ベトナムの麦わら帽子ノンラーをかぶり宝くじを売り歩く女性

 

友人曰く、小さい時に親に叱られると決まって「宝くじ売りになりたいの!?」と言われたといいます。人々の感覚としては(いろんな事情はあるのだろうけれど)宝くじ売りをしなければならないというのは、本当に最後の最後の手段という認識なのかもしれません。

食事をしていると70歳は超えているおばあさんが杖をつきながら売りに来ます。コーヒーを飲んでいると本来なら学校に行くべきであろう年端もいかない小さな子どもが、宝くじを握りしめた手を差し出してきます。毎度毎度宝くじを買うわけにもいかず、そうした姿を見るとついつい顔を背け見て見ぬふりをしてしまいます。ベトナムで宝くじを買う人の中には一発当てて億万長者になってやるという人もいると思いますが、多くの人はあくまでチャリティのつもりで購入してるんだそうです。

そうした貧しい人々の生活保護施設もあるのですが、小さな部屋に複数人で同居せねばならないなど、生活環境は決して良いとはいえません。また、生活に最低限のものは与えられるものの自活するチャンスを失ってしまうため、出来る限りそこには世話になりたくないというのが人々の本音で、過酷ではあっても自ら働いて生計をたてられる宝くじ売りを選択するんだそうです。

 

ベトナムは社会主義国ですが1986年に計画経済から市場経済へと大きく舵を切りました(ドイモイ政策)。以降目覚ましい成長を続けて、日本人にとっても観光やビジネスを通じてどんどん身近な存在になっていると思います。まるで日本のバブル期を思わせるように、国の成長に伴う人々の熱狂や高揚感を感じることが出来ます。そんな最中にいるとついつい忘れてしまうのですが、こうして日々の糊口をしのぐのもやっとの暮らしをしている人がまだまだたくさんいるのもまたベトナムなんです。

 

ベトナムにお越しの際はローカルのコーヒー屋に入り、現地の人々と同じ目線でしばらくこの国を眺めてみてください。視点を変えることで様々な顔を持つベトナムに出会えると思います。

 

それではまた!

 

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小原祥嵩 ハバタク株式会社

1982年兵庫県生まれ。ハバタク株式会社取締役・アジア地域統括。アイ・ビー・エムビジネスコンサルティングサービス株式会社(現・日本IBM)にて戦略コンサルティングとして複数の業界・業種のクライアントに対する業務・組織変革支援にたずさわったのち、独立、ハバタク株式会社を設立。現在は、ベトナム・ホーチミンを拠点に、ASEAN圏へのビジネス展開支援やベトナム現地企業に対するコンサルティングを行っている。著書に『ミャンマー経済で儲ける5つの真実』(幻冬舎新書)、共著に『ミャンマー・カンボジア・ラオスのことがマンガで3時間でわかる本』(明日香出版社)がある。

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