新聞や雑誌で長年健筆を振るい、端正な文章に定評があるコラムニスト・近藤勝重氏。早稲田大学大学院ではジャーナリズムコースの学生を相手に「文章表現」を教える授業を担当しています。そんな近藤氏が新刊『必ず書ける「3つが基本」の文章術』(幻冬舎新書)に自らのメソッドをまとめました。ここでは本書の内容を、試し読みとしてちょっとだけ公開いたします。
今回は〈第1章 何を書くか〉より、書くべき内容を3つに分けて考える、「骨格メモ」の効用を説明する部分です。近藤氏自身が新聞夕刊のコラムを書くときに実際に使っているメソッドとはどんなものでしょうか!?
2—何を書くか。3項目の骨格メモを手元に置いて書き始めてください。
❶初め(導入)/❷中(展開)/❸終わり(終結)
長編『ノルウェイの森』も骨格は3つ
ぼくはやせっぽちです。でも骨には多少とも肉がついていますし、服を身にまとえば大丈夫、生きていけます。
文章も骨格に肉付けし、あれこれ装ったものです。ですから大長編だって粗筋を追い、贅肉を取って縮めていけば、手短かに数項目にまとめられます。
現に国語学の第一人者だった大野晋氏は、『日本語練習帳』(岩波新書)という本で夏目漱石の『こころ』の「上 先生と私」を次のように絞り込み、4項目にまとめてみせています。
先生との出会い/雑司ヶ谷墓地に行く先生/人々すべてに隔たりをおく先生/何かの恋愛悲劇と友人の死との関わり
要は作品の骨格を明示したもので、大野氏はこんな説明を加えています。
これは読み手の側から求めていった結果見えてくるこの作品の「骨格」です。ところ が、書き手の側としてみると、夏目漱石は初めにこういう覚書を机上に置いたに違いありません。
なるほどと理解した上で、ぼくも村上春樹氏の長編小説『ノルウェイの森』(講談社文庫)を久しぶりに読み返して、骨格のメモ化に取り組んでみました。いささか大胆な作業ではありますが、主人公のワタナベ君の側から要約にかかり、次の3項目にメモ化してみました。
(1)自殺した親友の恋人・直子という女子学生とワタナベ君との関係
(2)直子とは対照的に生き生きと見える反面、寂しがり屋でもある緑という女子学生とワタナベ君との関係
(3)療養所で自殺した直子と同室だった中年女性との関係を経て、緑とやり直すワタナベ君
これらの(1)(2)(3)には「生」に潜む「死」をテーマに、青春期の恋愛の危うさやさとともに男女の悲喜こもごもが肉付けされて物語は展開します。もちろん村上氏の文章の味わいは心理描写や比喩の巧みさなどを抜きに語れません。ですからメモはあくまで粗筋の骨格なわけですが、実際にその作業をやってみて、いまさらのように気づいたことがあります。
それはメモ化することで、書くべき内容の趣旨やイメージが(1)初め(導入) (2)中(展開) (3)終わり(終結)——に即してかなり鮮明にもたらされるのではないかということです。大野氏の指摘する書き手の「覚書」というのは、そのあたりを踏まえての言葉だと思われます。
さて、ここからがこの回のポイントなのですが、長編といえども(1)(2)(3)に収められるのなら、一般的な作文が(1)(2)(3)に収められないわけはないということです。就職試験などで出題される作文や小論文は800字程度です。
書くべき内容を(1)(2)(3)の骨格メモにできれば、あとはそれに沿って書いていけますから、この文章法、使わない手はないと思います。
骨格メモなら時間短縮、発想も豊かに
ぼくは毎日新聞夕刊で毎週1回、「しあわせのトンボ」と題した1000字近くのコラムを書いていますが、近年はずっと書くべきポイントを(1)(2)(3)と3項目にまとめて取りかかっています。そうするだけで本文を書く時間がメモなしのころに比べて、格段に短縮できました。
(1)(2)(3)のメモ化を怠ると、文章のまとまりを欠き、書き直すといったこともしばしばです。限られた時間に提出しなければならない作文だと、見直す時間も取れないということになりかねません。
当然のことながら、早く書き終えればテーマにかなった内容になっているかどうかのチェックができます。必要のない表現を削ったり、誤字、脱字を訂正したり、さらには字句や表現を最適なものにする推敲も可能です。
第4回 「思い出を描くとき、情景を添えてみてください ――(2)どう書くか」
は、12月26日(土)公開予定です。
名コラムニストが明かす、文章の「3つの基本」
長年健筆を振るってきた名コラムニストが、自らのメソッドを明かした新刊『必ず書ける「3つが基本」の文章術』。ここでは試し読みや著者からのメッセージなど、本書がより楽しめる情報をお届けします。