新聞や雑誌で長年健筆を振るい、端正な文章に定評があるコラムニスト・近藤勝重氏。早稲田大学大学院ではジャーナリズムコースの学生を相手に「文章表現」を教える授業を担当しています。そんな近藤氏が新刊『必ず書ける「3つが基本」の文章術』(幻冬舎新書)に自らのメソッドをまとめました。ここでは本書の内容を、試し読みとしてちょっとだけ公開いたします。
今回はブログや作文を書く際に役立つ、思い出のひとコマのうまい書き方を説明する箇所です。自分の心に大切にしまってある思い出とそのときのせつない気持ち、あたたかな気持ちなどをどうしたら文章で上手に伝えることができるでしょうか?
5—景色は語らいを生み、共感を呼んでくれます。
(1)情景/(2)語らい/(3)共感
思い出に情味が加わる風物の描写
語らう。好きな言葉の一つです。話すとか、話し合うといった言葉より、ずっといい。友人や仲間の姿が浮かんでくるんですね。
とりわけ気心の知れた相手との楽しい語らいですと、思い出の幸福度ランキングでも上位に入るでしょう。
人は語らっているとき、それほど周囲の景色や風物を気にとめていません。でも、そのひと時を思い出すと、情景が一緒に頭をかすめてきます。
文章の授業のお手伝いをしていた女子大で、「思い出のひとコマ」を書いてもらったところ、こんな小文がありました。
「好きだったバレー部の先輩とその日の練習のことを話し合ったあと、2階の教室の廊下から一緒に夕焼け空を見た。わけもなくこみあげてきて、先輩の手を思わず握って気持ちまで口にしていた」
先輩との関係は過去形で書かれていましたが、このシーン、彼女の人生に深くとどまり、消え去ることはないように思われます。ほかにも部活と夕日というシチュエーションの話があって、学園ドラマを見ているようでした。
以前、中野翠さんが「サンデー毎日」の連載コラムで、佐藤愛子さんの「私の幸福」という演題の講演を聴きに行ったときの感想を書いていました。佐藤さんは「何年か前に東北のローカル線に乗っていたときのこと」と言って、こんな話をしたそうです。
同じシート(4人がけシート)に女子高生2人が座っていて、1つの「ポッキー」を2人でつまみながら、試験に備えてか教科書を読んでいた。窓外は夕闇が迫っていた。しばらくして、そのうちの1人が下車し、またしばらくして、もう1人が下車した。小さな駅。制服の後姿が闇の中に消えて行った……。
愛子さんの話はさらにこう続きました。
あの2人は今は今で辛いことはあっても、これから大人になったら、こんな何でもないひとときが懐かしく、あの時は気づかなかったけれど幸せだったと思うようになるんじゃないか、と。幸せというのはそういうもんじゃないか、と。
情景が情味をもたらしている、そんな感を覚える話ですね。
ぼくにもこんな体験があります。
テレビ局で働く友人のお母さんが肺がんを患っていました。68歳のとき切除したのですが、2年後に再発して抗がん剤治療を受けながら入退院を繰り返していました。
見舞いを兼ねて、帰宅を許されたお母さんをケヤキ並木の喫茶店でお待ちしました。
陽春の昼下がりでした。お母さんは店内にも春を伴うようなピンクのコートをひらひらさせてやってきて、座るや、歌うように言いました。
「今日の日を楽しみにしてたんですよ」
数日前に友人から抗がん剤が劇的に効いて、2つの病巣の1つが消え、もう1つが小さくなったと聞いていたのですが、間近で見るお母さんは、ここまで喜びを表現できるのかと思えるほど生き生きしていました。
時折笑顔を外に向け、日に照らされて揺れているケヤキの新葉を眺めていました。
ぼくが駅前の花屋で買ったカーネーションを渡すと、お母さんは「うれしいわ」と声を弾ませ、バッグから小さな容器を取り出しました。
「丹波の黒豆です。昔よく煮たんですよ。きのうの晩、久しぶりに台所に立ちまして」
その夜、黒豆を何粒もいただきました。お母さんから元気をいただいた思いとともに、気持ちも春になっていました。
お母さんは翌年の秋、入院中に肺炎を併発して亡くなったのですが、楽しく語らったその日のことは、そのままよみがえってきます。それが切ないと言えば切ないのですが——。
描写で心がけたい彩り
以下、文章論を少々。「言葉に表せないほどの素晴らしい景色」などと言いますが、そんな景色を眺めつつの語らいだと、話は一層弾んで言葉には困らないでしょう。そしておたがいが覚えた共感は読み手の共感にもなりますから、視界にある自然描写や場面描写は読者が感情移入できるよう工夫してください。
第5回「事実と真実はどう違うでしょうか ――(3)どう構成するか」
は、12月30日(水)公開予定です。
名コラムニストが明かす、文章の「3つの基本」
長年健筆を振るってきた名コラムニストが、自らのメソッドを明かした新刊『必ず書ける「3つが基本」の文章術』。ここでは試し読みや著者からのメッセージなど、本書がより楽しめる情報をお届けします。