2020年の東京オリンピック・パラリンピックの会場となる、新国立競技場の建設計画が、建築家・隈研吾さんデザインによるA案に決まりました。
公表された審査結果によれば、A案が合計610点、B案は合計602点の僅差。審査にあたった審査委員会とはどんな組織なのでしょうか? 審査結果を点数化するにあたっては、何が重視されたのでしょうか?
この問題を早くから取材してきた東京新聞記者・森本智之さんは『新国立競技場問題の真実~無責任国家・日本の縮図~』のなかで、新計画の審査基準からは、建設にあたっての今後の重要な課題が浮き彫りになってくると述べています。
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◆うまく行くかどうかは事業者任せ
(2015年)9月1日、新しい整備計画に基づき、デザインを含めた設計、施工一体方式で事業者の公募が始まった。
施工業者が提出する技術提案書を審査するのが、新たに設けられた「技術提案等審査委員会」である。村上周三東京大学名誉教授を委員長に、建築家や景観の専門家7人で構成する。
旧計画から引き続き、新国立競技場整備の事業主体をJSCが担うことになるが、事実上の審査の主体は、この審査委員会が担うことになった。
少しややこしいので整理すると、新国立競技場計画に関わる関係機関の頂点に位置し、全体を管理監督するのが、遠藤利明五輪担当相が議長を務める関係閣僚会議であり、その事務局として整備計画再検討推進室がある。そこで示された整備計画に基づき、実際に計画を進める実動部隊がJSCや審査委員会ということになる。
審査委員会は既に8月中旬に初会合を開いており、整備計画に基づいて、この日までに公募の募集要項を作成した。その要項によると、実際の審査では、事業者の提案を項目ごとに点数化し、140点満点で審査する。
配点は「事業費の縮減」と「工期短縮」に各30点、さらに、「維持管理費抑制」で10点と、コスト・工期で全体の半分の70点を占めた。このほか、業務の実施方針が20点、デザインの善し悪しを含む施設計画は50点だった。作品の優劣を数字で判断するのは、「審査過程が不透明」と批判を受けた旧計画の反省を踏まえたのだろう。そして、この配点を見ると、旧計画で最も重視されたデザインよりも、コストや工期を優先する方針が明確に示されていることが分かる。
幻に終わったゼロ・オプションの提言(編集部注:前計画の白紙撤回後、自民党の行革推進本部は、競技場を新たに建設せず、既存の施設を利用する選択肢「ゼロ・オプション」を提言していた)を念頭に、私は会見で、工期を守りながらどうやって質を担保するのか聞いた。村上委員長は、「この点数のバランスが全てを物語っている。建築のことだけを考えて十分な余裕とコストがあれば、もっと違った配点になる。今回、コストと工期が全体の半分を占めている。この辺が、今回の公募に与えられた前提条件のような制約になると思っている」「『安かろう悪かろう』ではなく、『安かろう、早かろう、良かろう』を期待している。それを審査の中で実現していきたい」と述べた。
こうした回答からうかがえるのは、この計画がうまく行くかどうかは事業者任せにならざるを得ない、という現状だ。安いコストで短期間に造る、という矛盾する条件を、審査委員会は公募条件として事業者に課しているが、どうすればそんなスタジアムが造れるのか、その解答について政府側に妙案がある訳ではない。村上委員長が「期待している」と言った「安かろう、早かろう、良かろう」のアイデアを考えるのは、公募に参加する事業者である。
たとえば、将来の維持管理費に直結する五輪後の利活用についても、政府は民間委託の方針を打ち出しているが、その内容については「民間のビジネスプランを生かしたい」と述べているだけだ。結局、公募でどんな提案が出るか。そこに計画の成否が委ねられている。白紙撤回されたといっても、新国立競技場の完成には高いハードルが待ちかまえていることに変わりはなかった。
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建設費や工期だけでなく、財源の問題(スポーツ振興くじtotoの今後の売上げ頼みであること)など、計画案が決まっても、新国立競技場建設の問題は終わりではありません。密室で審議が進み、最終的には計画が破綻したという前回の轍を踏まないためには、私たちひとりひとりが今後の推移に関心を持ち続け、必要な情報はつねに公開されているという透明な状態で、計画が進んでいくことが必要ではないでしょうか。
そのような視点と関心を持ち続けるために、ぜひ『新国立競技場問題の真実~無責任国家・日本の縮図~』をお読みいただけると幸いです。