「なぜそうしようと思ったんですか?」
「どうしてそんなことができたんですか?」
こういう質問を受けることがとても多いです。テレビとか雑誌の取材はもちろん、飲み会の席なんかでも初めてちゃんと話す人から、よくこんなふうに聞かれます。
何度も受けてきた質問に対しては、僕なりに整理された答えが用意できているので、文章を読むみたいな感じでスラスラっとお答えします。
これを聞かれるのは初めてだなという場合は、自分でも考えたことないなあ、邪魔くさいなあと思いながらも、記憶や感情の中から相手が納得してくれそうなことを探して、繫げて、なんとか意味のある言葉にしようとします。
僕の場合は柔道に関しての質問がほとんどですが、それ以外に関しても「なぜ」「どうして」は会話の中に頻繁に出てきます。
「なぜそんなに大きくなったのか?」
「どうしてテレビに出るようになったのか?」
「なぜ面白いことが言えるのか?」
「どうしてそんなに魅力的なのか?」
みんな本当に「なぜ」「どうして」が好きやなあと思います。
一番に多いのはやっぱり「なぜ柔道を頑張れたのか?」というものです。
もし僕が「柔道が好きだったから」と答えられたら話は簡単なんですが、実際そうではなかったことは、これまで何度も書いてきた通りです。
相手が僕にとってどうでもいい感じの人であれば、それで済ませてしまってもいいのかもしれませんが、ちゃんと理解してほしいと思った場合は、できる限り本当のところを伝えたいと思っています。
第一章で詳しく書いた通り、僕は中学の時、先生に無理矢理柔道部に入れられました。それまでは柔道なんて一度も見たことがないし、興味もなかった。
この体格が買われて、高校、大学と柔道のお陰で進学できたわけですが、疲れるのも痛いのも嫌いな僕は、ずっと柔道をやめたいと思っていました。
こんな僕がやっと前向きに練習に取り組めるようになったのは大学3年の頃です。全日本学生選手権で初めて優勝して、もしかしたら俺も柔道でいけるかもしれんぞ、と思い込んでからなんです。
さらにそこからオリンピックを目指すに至るまでの流れをダイジェスト版で説明するとこんなふうになります。
大学生の中で一番になって、自分は強いかもしれへんと調子に乗る。
社会人も出場する大会でコロっと負ける。
悔しいと思って練習する。
少しずつ強くなり、社会人にも勝てるようになって、また調子に乗る。
日本代表クラスの選手と対戦して、あっさり負ける。
悔しいと思って練習する。
日本人にはなかなか投げられないというレベルになって、またまた調子に乗る。
国際大会で海外の強豪選手と対戦して、世界の壁を思い知る。
悔しいと思って練習する。
世界でも勝てるようになってきてオリンピックの金メダルを意識する。
勝ちたい、負けたくないと思って練習する。
お分かり頂けたと思いますが、この流れには「柔道が好き」という感情は一切含まれていません。それについては、中学の時、初めて道場に連れて行かれた時の気持ちとそう変わらなかったんじゃないかと思います。
勝てるようになってきて、勝つのが面白くなった。
負けると悔しいと分かって、負けないように練習した。
調子に乗ったり、鼻をへし折られたりを繰り返しながら、少しずつ強さの階段を登っていったわけです。
もし僕が柔道を「好き」で始めていたとしたら、その後、何度でも柔道を嫌いになるタイミングがあったと思います。投げられたら痛い、練習が苦しい、勝てると思った試合で惨敗した……「好き」が吹き飛んでしまいそうな瞬間はいくらでもありました。
「嫌い」だったから良かったとまでは言いませんし、勝てるようになってからは「嫌い」とも意識しなくなっていたと思いますが、一つ確実に言えるのは、僕は柔道が好きかどうかにとらわれなかったからこそ、柔道を続けてこられたということです。
「なぜ柔道を頑張れたのか?」という質問に対する答えとして、もっとも分かりやすくてもっともらしい答えは、「好きだから」となるわけですが、僕は「好き」に代表されるようなモチベーションにこだわらない方が長続きするんじゃないかと思っています。
「なんとなく」だとしてもなんにも問題ない。「なんとなく」でも続けているうちに何かの気持ちが生まれてきたりする。でもその気持ちすら、たった一つのモチベーションだと捉えて大事にする必要はない。
そもそも気持ちなんてコロコロと変わっていくものなんですから。
一つのモチベーションを頑なに信じて努力し続けられる人って、世の中にどんだけいるんでしょう?
僕にはそんなの無理でしたし、これからも適当に、流れに任せて、場当たり主義でいきたいと思っています。
みなさんもそんな感じで気楽にいきましょうと提案するのもそれはそれで偉そうですが、たとえば今やっている仕事とか勉強が好きじゃないなという人がいるとしたら、僕は「明日になったら分からんよ」と言いたいと思います。