小さい頃から、「ビビリ」や「根性なし」と言われてきました。
この雰囲気はなかなか関西以外の人には伝わりにくいのかもしれませんが、僕らはよく「アホ」「ボケ」と口にするように、ちょっと臆病というか気が小さく見えるような行動をした奴に向かって「根性なし」とからかっていたんです。逆に言うと、男にとって「根性なし」なのは恥ずかしいこと、そうであってはならないことと考えられていたんだと思います。
たとえば昔の任俠映画を思い浮かべてください。『仁義なき戦い』でもなんでもいいんですが、あそこに出てくるあちら側の世界の方々にとって「ビビリ」と言われるのは最大の屈辱なはずです。
スケールとかハードさはまったく違いますが、僕の地元の子どもにとっても「ビビリ」は同じような理由で、言われてはいけない言葉だったわけです。
実際に僕が本当に「ビビリ」だったのか。
ガラが悪いとはいえ、学校同士で喧嘩するようなことはなかったので、俠気みたいなものが試されるようなことはありませんでした。そういう意味ではよく分かりません。
ただどうでもいい話かもしれませんが、僕は子どもの頃から幽霊に関しては間違いなく「ビビリ」でした。
小学校の時『うしろの百太郎』という漫画が大流行しました。地縛霊とかコックリさんとかの話がものすごく怖くて、読んでしまった日の夜は、今日こそ本当に幽霊を見てしまうと怯えて、頭まで布団をかぶっていたことを覚えています。
ちなみに今でも幽霊はダメです。
僕が監督だったとき、合宿で穴井選手と一緒の部屋だったのですが、夜押入れから「カタカタッ」と音がする。「おい穴井、起きろ」と無理やり起こして確認してもらうものの、「何もいないですよ」と取り付く島もない。こうなったら一晩寝られません。こんなことはしょっちゅうです。襟でもつかめたら大外刈りをかましたるのに……。
似たようなことを言うと、高いところも絶対ダメ。
ジェットコースターなんてもってのほか。バラエティーのロケで乗せられたことがありましたが、よっぽど逃げ帰ろうと思いました。
飛行機も高いところを飛んでいると考えると、とたんに怖くなってくる。席に着いたら何も考えないで一刻も早く寝ようとします。機内食の時は起きますけどね。
こうやって考えてみると、普通の人よりも「ビビリ」なのかもしれません。でも自分で言うのもなんですが、僕みたいな大男が「ビビリ」っていうのが女性から見たら可愛いんでしょうね。あんまり魅力を振りまきすぎないように注意が必要ですね!
人生で僕のことを一番「根性なし」だとののしってくださったのは、育英高校の有井先生だと思います。
たとえば試合前、僕が緊張で硬くなっていると、「このビビリが!」と怒鳴られる。試合中、僕がガンガン攻めていかないと、「こらビビリが!」と大声が飛んでくる。小柄な相手に簡単に投げられて帰ってくると、「ほんま根性なしやな」と呆れられる。
有井先生は僕を自分の母校である天理大学に推薦してくださったんですが、その時、柔道部の先輩たちにも「篠原、あいつデカいけどビビリだから鍛えてやって」と言っていたらしく、その言葉通り、僕は大学の道場でも「ビビリ」と言われ続け、厳しく指導されることとなりました。
その他にもう一つ、有井先生によく言われていた言葉があります。
それは「かっさら」という地元の方言。大袈裟とか大そう、という意味です。
僕が稽古中に投げられて痛がっていると「お前、かっさらか!」。
試合前に絶対勝つと言っておきながらあっさり負けて帰ってくると、「かっさらやな!」。
この本をここまで読んでくださった方ならもうお分かりかもしれませんが、僕には確かに「かっさら」なところがあります。
「俺ならできる」「俺は強い」「俺は勝てる」などなど、僕は柔道仲間や友達に対して、自ら進んで口にしてきました。なぜなら、「信念」という漢字は「今」「心」に思うことを「人」に「言う」という意味だと思っているから。言うことで有言実行しなければならない環境を作っているんです。
それは自分で自分にプレッシャーをかけるという意味もあるにはあるんですが、結局はそう言ってしまいたい性格、言わずにいられないお調子者なんだと思います。
シドニーオリンピックの前も、自分の中でこれはもしかしたらいけるかなと思った時から、周囲に「オリンピックで金メダルを獲るから」と吹聴してきました。
初めはもちろん「かっさらか!」という反応だったわけですが、僕が何十試合も負けなしとなってくると、さすがに見る目も変わってきます。
もしかしたら、ほんまに獲ってしまうんちゃう? と。
そんな空気を感じた僕はさらにまた調子に乗って「金メダル」と言いふらし続けました。
「金なんて当たり前やん」
「俺以外誰が獲んねん」
「俺より強い奴なんておるん?」
そしてここまで言ったからには本当に獲らないとさすがに格好悪い、正真正銘の「かっさら」になってしまうと思うようになり、毎日毎日練習しました。
結果はご存知のようにダメだったわけで、僕は見事「かっさら」となったのですが、オリンピックの直後には、誰もそのことで僕をからかう人はいませんでした。
僕が本気で金メダルを目指していたことをみんな知っていたからです。そして獲ることができずに、死ぬほど悔しい思いをしていることが分かっていたからです。
でも僕としては周りからそんなふうに気を遣われることもまた、格好悪くて嫌やなあと思っていました。
「やっぱりお前はかっさらやったなあ」
地元の先輩や友達にそう言われたのは、シドニーからだいぶ時間が経ってからでした。