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だから人間は滅びない

2016.01.22 公開 ポスト

『だから人間は滅びない』試し読み 前篇

ものを作ると、つながりが生まれる。
町工場から世界へ発信宇賀神一弘/天童荒太


永遠の仔』、『歓喜の仔』をはじめとして、見えにくい人々の孤立化を描いてきた天童荒太さんの対談集『だから人間は滅びない』が発売中です。
 いま日本は、虐待、貧困、介護など問題を抱えた人々が助けを呼べず、周りも気づかないふりをする社会になりつつあります。本書は、そういった危機的状況
を変えるために、他者と「つながる」活動をしている社会企業家16人の方と天童さんが対談した1冊になっています。
 被災地の子ども支援、産後の母親ケア、障害者雇用などに携わっている人のもとを訪ね対談した中から、試し読み前篇では「HandBikeJapan」の立ち上げ人・宇賀神一弘さんが登場します。

 

 

手でこぐ三輪自転車「ハンドバイク」。障害がある人もない人も、走る喜びを 味わうことができる新しい乗り物だ。高い機能性とデザイン性が評価され、2011年度グッドデザイン賞を受賞した。日本で唯一のハンドバイク専門ブランド「HandBike Japan」の立ち上げ人で、宇賀神溶接工業所(埼玉県朝霞市)代表の宇賀神一弘さん (44)は、大手旅行代理店勤務を経て家業を継いだ異色の経歴の持ち主だ。

◆「脱下請け」を目指す人

天童荒太(以下天童) 日本は戦後、もちろん戦前からの基礎があってのことですが、ものづくりの国として発展し、ここまでの経済大国になったと言われています。実際に日本の職人たちの技術の高さは、古くから世界に賞賛され、宇宙開発にも日本のものづくりの技術が活かされている。けれど、経済のグローバル化につれて、コスト削減ばかりが求められ、中小のものづくりの会社や工場が生きていかれない状況に陥ってしまった。これは日本はもちろん、世界にも大いなる損失のはずです。前回が農業に関わる対談だったので、今日はこうしたことを踏まえて、ローカルな規模でものづくりをつづけつつ、新しいネットワークを構築しようとしている工業の人にお会いしたいと思って、こちらにうかがいました。

宇賀神一弘さん(以下宇賀神) いいこと言えるかな……。ま、天童さんは(明治)大学の先輩だから、いいや(笑)。僕も明治なんですよ。

天童 先輩と後輩ということで、都合の悪いこともバンバンしゃべってもらいます(笑)。早速ですが、宇賀神さんは、金属加工を手がける溶接工業所の家に生まれながら、大学を卒業後、いったん大手の旅行代理店に就職されてますよね。

宇賀神 ものづくりから離れたという意識はなくて、普通に就職してという感じですね。大学のときに荷物を運んだり工場を手伝ってはいたけれど、家業を継ごうという気持ちはなかった。オヤジからも継げとは言われませんでしたし。

天童 なのになぜ実家に戻ろうと? 仕事が面白くなってきた28歳のときだったそうですね。

宇賀神 サラリーマン生活はどうしてもルーティンになってしまう。もちろん、旅行代理店での仕事は楽しかったのですが、一生これをつづけるのかな……と。
 工場については、あるとき父からポロッと言われた言葉がすごく印象に残っていて。
「(溶接は)いろんなもの作れるから楽しいぞ」ってね。自分も実家に戻って、溶接の修業をして自分で作りたいものを作れるようになってからやっと、この言葉の意味が分かるようになりました。ものづくりって楽しい、可能性がある仕事だな、と。男の子って、プラモデルとか好きじゃないですか。男の子には、ものづくりの血が流れているんじゃないでしょうか。サラリーマンはOne of Themですけど、職人はOnly One ですし。人と同じ仕事をしたくなかったというのもありますね。

天童 一度家の外に出られて、あらためて戻られたことで、宇賀神さんは町工場に対して、家族、外部、実際に働く人間として……という3つの違う視点から見ることができたことになる。

宇賀神 家にいたときは、家と工場が離れていることもあって、工場に対するイメージってあまりなかったんですよね。給料日のとき、オヤジが現金を持って帰ってきて、「結構儲かるんだな」って思ったぐらい(笑)。でも、実際に自分が経営する立場になって、今まで分からなかったことが見えてきた。正直、厳しい世界だと思います。技術を習得するのは数日ではできませんし、忙しいときとそうでないときの波も激しい。景気に左右されてしまう。
 それでも、「もの」を作るのはやっぱり楽しい。だからこそ、オヤジもやってこられたんだなと思う。

天童 製造業のことを現実に知らない人々の世界にしばらく住んでみて、町工場って、関係ない人からは、どう見られていると感じますか?

宇賀神 やっぱり、厳しい、きつい、職人の世界……というところでしょう。実際に現場を見てもらうと、楽しいんだなということが分かってもらえるんですが。なかなか、就職の選択肢には入ってこない。誰かしら、ものづくりに興味がある人はいるはずなのですが。

天童 僕は20代の頃に2年ほど町工場でバイトしていたんですが、無から有が生まれてきたり、無機的な原料が驚くほど美しい商品に変容したりする現場って面白いですよね。職人さんたちも、仕事には厳しいけど、仕事を離れると、人なつっこい、いい人が多いし。製造業に関して、外の人は食わず嫌いならぬ「知らず嫌い」なところがあるのかもしれませんね。何が原因なんでしょう?

宇賀神 工場自体が業務の性格上、オープンになれない。製品の受注をやっていると、守秘義務がありますから。

天童 ああ、実はそれに関して思っているところがあって。製品の製法とか原材料とか様ざまなコストとか、確かに企業秘密にしなきゃいけないものはあるでしょう。でもこれだけ広告社会になってて、製造業や職人の現場はしんどい、きつい、厳しいという、昔ながらのイメージを変えようという働きかけはまったく目立たない。要は、ものづくりが重要なものであり、かつ面白いものなんだと、外に気づかれては困る人たちがいるのではないか、と勘ぐりたくなる。つまり、町工場をあくまで陰に押しやって、生かさず殺さず使っていきたいというような思惑が……。

宇賀神 それはあると思います。あとは、職人がシャイだからということもあるんじゃないかな。どうしても、外に出て行かない。外への発信が苦手。

天童 そんな中で、宇賀神さんは積極的に外とつながろうとされていますよね。障害のあるなしにかかわらず走る喜びが味わえる、手でこぐ三輪自転車ハンドバイクもそうですが、いろいろなジャンルの専門家が集まったデザイン集団を組織したり……。

宇賀神 自社の技術をどうアピールしようかというところから始まっているんです。受注製品は守秘義務があるので、発信できない。じゃあ、営業するときに何を持って行くのか。自分で作って発表すればいい、と気づいた。溶接の技術を活かせるのはインテリア。そこからインテリアの勉強を始めました。

天童 そのモチベーションは、自社のためなのでしょうか。それとも、業界全体のため? 

宇賀神 最初はやっぱり自社です。でも、ずっとやっていくうちに、このままじゃ業界全体が沈んでいくな、と。製造業は廃業する一方ですから。今は、若いヤツにものづくりに興味を持ってほしい、という気持ちでやっています。町工場って、こんなこともできるんだ! 面白いじゃん! って思ってほしい。

天童 本業をやりながら、仲間といろいろな企画を実現させていらっしゃる。その一つ、ハンドバイクの手応えはどういった感じですか?

宇賀神 特別支援学校で試乗会をしたりもするのですが、乗った人に笑顔になってもらえる、ということですね。

天童 ああ、ネットで動画を拝見しました。車いすに乗ってる子どもたちの表情が、手でこげる自転車に初めて乗って、風を切って走り出したとたん、一気に変わる。目が輝いて、頬が紅潮し、いきいきする。

宇賀神 そうなんです。職人として、自分の仕事で人に笑ってもらえるなんて、最高じゃないですか!

天童 こんなものを作ってほしいという人と出会い、デザイナーの方と1年以上も試行錯誤を重ねた結果だと聞いています。インテリアのオリジナルブランドもそうですが、人と出会うことで、ためらっていた一歩を踏み出し、また思い切って外へと踏み出すことで、新たな出会いが生まれ、仲間も増えてきた……。

宇賀神 最初は東京デザイナーズウィークに出展したことがきっかけでした。デザイナーや、木工などいろんなジャンルの職人がいた。ただ展示会に出展するだけでは出展料に見合うだけの反響が得られない。だったら、自分たちで個展やろうよ! と。それで翌年、西麻布で個展をやった。

天童 へえ。もともとリーダータイプなのかな?

宇賀神 そういえば、学生時代ラグビーをやっていたんですが、ポジションは司令塔でしたね(笑)。
 今年で4年目になるんですが、最近では静岡県在住のメンバーもいます。どんどんつながって、広がっていっていますね。
天童 ものづくりに関わる人は、みんな、きっかけを待っているのかもしれませんね。
宇賀神 みんな、このままじゃダメだと思っている。ものづくりを支援する企業「enmono」とか、「脱下請け」を目指す人が出てきていますね。

 
*1-デザイン集団「DESIGN HEART」
 ……デザイナー自らが情報発信していくことをコンセプトに、2010年活動開始。建築家、インテリアデザイナー、家具・木工・金属加工職人など多岐にわたるジャンルの専門家が、コラボレートしながらプロダクトを作っている。イベントや展示会などをたびたび開催。http://www.designheart.net/

*2-製造業の倒産件数
 ……帝国データバンクによると、2012年の製造業の倒産件数は1506件。前年比5・3%減だったが、帝国データバンクは「大手電機メーカーが大幅なリストラ策を打ち出して以来、取引が減少し、下請け先を中心として倒産リスクが高まっている」と指摘している。

*3-インテリアのオリジナルブランド「WELDICH」
 ……宇賀神溶接工業所が展開するステンレス材を用いたインテリア製品を企画・製作するブランド。ステンレスの可能性を追究した製品は高い評価を得ており、2008年、全国公募展「ビアマグランカイ7」審査員特別賞など受賞・入選多数。

*4-enmono
……町工場と一緒に、各工場の自社製品開発を支援する企業。大量生産ではなく、少量のニーズに合わせた高付加価値、高利潤のものづくりを目指している。大手メーカー出身者が2009年に設立した。

  

本記事は幻冬舎新書『だから人間は滅びない』(天童荒太著)の全272ページ中9ページを掲載した試し読みページです。続きは『だから人間は滅びない』新書、または電子書籍をご覧下さい。

 

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宇賀神一弘

1969年東京都生まれ。明治大学卒。日本旅行を経て、98年、宇賀神溶接工業所に入社。職人としての修業を積みながら、バンタンキャリアスクール、早稲田大学芸術学校をそれぞれ卒業。2007年、オリジナルブランド「WELDICH」を設立。10年、業種を超えたデザイン集団「DESIGN HEART」の活動開始。12年「HandBike Japan」設立。

天童荒太

1960年愛媛県生まれ。93年『孤独の歌声』で第6回日本推理サスペンス大賞優秀賞作、96年『家族狩り』で第9回山本周五郎賞、2000年『永遠の仔』で第53回日本推理作家協会賞を受賞。04年『悼む人』で第140回直木三十五章、13年『歓喜の仔』で第67回毎日出版文化賞を受賞。

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