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教科書には絶対載らない!“超訳”科学の言葉

2013.04.15 公開 ポスト

最終回 #24 アンチ・エイジング

アンチ・エイジングに効く抗酸化物質。イチオシは真っ赤な「アスタキサンチン」。長沼毅

  つい先日、52歳になった。「人間五十年 下天(げてん)のうちをくらぶれば 夢幻(ゆめまぼろし)の如くなり」という。「敦盛」という幸若舞(こうわかまい)の一節だ。敦盛のモデルは、実在した平家の無官太夫、平敦盛(たいらのあつもり)である。この時代の平均寿命がほぼ52歳である(注1)。
 この「敦盛」を好んでいた織田信長は、「本能寺の変」(1582)にて数え49歳で没した。
 西郷隆盛は、「西南の役」(1877)にて満49歳で自刃し、夏目漱石も胃潰瘍で苦しみながら満49歳で逝った(1916)。私は自分が50歳になったとき、彼らのことを思ったものだ。
 そして今、満52歳で去った方々のことを思う。石原裕次郎、美空ひばり、中島らも……そう、52歳は意外と「死」に近いのだ。自分ではまだ若いと思っていても、加齢や老化という事実を受けとめなくてはいけない。
 私にとっての老化とは「老いる」ことであり、老いて劣化することである。ワインやチーズは年を経て熟成することもあろうが、私は劣化するだけである。体の各部も頭の働きも、劣化しっぱなしである。他の多くの方々は、積んできた人生経験の「知恵袋」になるし、お人柄も丸くなる。しかし、私はそうならず、ただの劣化した老人になる。それがエイジングだ。
 私はエイジングが嫌いではない。免疫系が劣化したおかげで、アレルギー(過敏症)が減り、花粉症に悩まされることもなくなった。三半規管が劣化したおかげで、船酔いの苦しみからも解放されつつある(海洋調査が本業の私には朗報だ)。いまでは航海が楽しくてしかたない。エイジング万歳!

 ところが、多くの方々はエイジングに抵抗しようとする。私はビバ・エイジングだが、世間ではアンチ・エイジングらしい。「アンチ・エイジング」を専門的にいうと「抗老化医学」となる。老化に抵抗するという意味だが、この分野で“老化の主犯”と目されているのは「糖化」である。
 糖化とは、タンパク質に糖分が結びついて茶褐色になることであり、化学では「メイラード反応」と呼ばれる現象などがある。食品でメイラード反応が起こると、香りや味わいが増すことが多い。味噌や醤油の風味もメイラード反応の賜物である。
 メイラード反応は、加熱すると短時間で進む。
 料理でタマネギを炒めるのは、まさにメイラード反応を短時間で進めていることになる。
 加熱しなくてもメイラード反応は起こるが、時間がかかる。お酒でいえば、熟成した古酒が茶褐色になるようなこと。だから私は、古酒を飲むとき「時を呑む」と思うのだ。
 これと同じことが人間に起こると、老化、いや劣化になる。具体的にいうと、皮膚や骨のタンパク質の主成分であるコラーゲンの糖化が、お肌の衰えや骨粗鬆症の原因になるのだ。糖化してしまったタンパク質のことを「糖化反応最終産物」あるいは終末糖化産物Advanced Glycation End-products、略してAGEという(注2)。まさにエイジングのエイジageとの掛け言葉である。
 加齢とともに、皮膚や骨や血管にAGEがたまる。その量を測定すれば、体全体の老化の程度がわかる。それでAGE測定装置(AGEリーダー)というものが開発された。これは老化にともなう疾患の予測や予防に役立つだろう。これから病院などでしばしば見るようになるかもしれない。
 とは言っても、AGEの測定も然ることながら、そもそもAGEができないようにする薬はないものか。つまり、抗糖化薬=抗AGE薬、すなわちアンチ・エイジング薬はないのか。
 ……そういう薬やサプリメントはある。あるが、それは医学的な治療や薬の処方に関わることなので、ここで安易に述べることは控える。興味のある方は専門医などに問い合わせていただきたい。

 さて、薬を飲んでのアンチ・エイジングではなく、ふだんの食生活でアンチ・エイジングができないものか。ふつうの食べ物にアンチ・エイジングの効果があったらいいなということである。
 世間でよく言われている──昔風に難しく言うと“巷間(こうかん)で人口(じんこう)に膾炙(かいしゃ)する”──のは「抗酸化物質」である。先ほどの薬は抗糖化、こちらは抗酸化の話だ。
 抗酸化は“酸化に抵抗すること”である。酸化を正しく説明しようとすると「電子を奪うこと」になるが、これでは難しくてわからないので、ここでは老化の観点から述べよう。
 酸化とは「フリーラジカル」という“悪玉”が、細胞膜やDNAを傷つけることである。細胞膜のダメージは肌の老化につながるし、DNAが傷つくと発ガンのリスクが高くなる。これを「酸化ストレス」という。
 フリーラジカルは、紫外線や放射線などにより──激しい運動によっても──体内に生じる。フリーラジカルにもいろいろあって、よく耳にする「活性酸素」もフリーラジカルのひとつだ(注3)。厄介なことに、フリーラジカルに襲われたものもフリーラジカルになる。これを「フリーラジカル連鎖反応」というが、私には“ゾンビの連鎖”とか“ミイラ取りがミイラになる”ことにも思える。
 それに抵抗するのが抗酸化物質、いってみれば抗フリーラジカル物質。一口に抗酸化物質といっても、いろいろな種類のものがある。そのうち巷間で人口に膾炙しているのは、まずビタミンC(別名L-アスコルビン酸)だろう。
 ビタミンCにはいろいろな抗酸化作用がある。そのひとつは“ゾンビの連鎖”で生じた新ゾンビを元に戻す再生作用である。たとえば、これまた有名な抗酸化物質であるビタミンEは、フリーラジカルに抗しつつ自分も“ビタミンEラジカル”になってしまう。これを元のビタミンEに戻すのがビタミンCである。
 もちろんビタミンC自身も酸化される。でも、ビタミンCは生体内ではとても使い勝手のよい“便利屋”なので、ビタミンCを脱酸化して(還元して)再生するいろいろな生化学反応がヒトの体に備わっている。

 しかし、ヒトは、ビタミンCを再生できても、ビタミンCをつくることはできない(注4)。したがって、ヒトは食物やサプリメントからビタミンCを摂取しなくてはならない。どうせ摂取するなら大量に摂ろうということで、“ビタミンC教”が興った。その教祖はノーベル賞を2回受賞し、“人類史の偉大な科学者ベスト20”にも選ばれた化学者ライナス・ポーリングである。この人は自らもビタミンCを飲みまくり、93歳まで長生きした(注5)。
 しかし、“ビタミンC教”は学界や世間に受け容れられず、反対キャンペーンにも遭ったので、ポーリングが思ったほどには普及しなかった。
 現在でもビタミンCの効用をめぐっては否定・肯定とも決着がついていない。ビタミンCが抗酸化作用を示すことは事実だが、そのことが(おそらく複雑なバランスのうえに成り立っているはずの)人体の健康にシンプルに結びつくとは思えない、というところか。
 これは他の抗酸化物質──みなさん御存知のポリフェノール類やカロテノイド類など──でも似たり寄ったりである。「効く」という声が上がると、「いや効かない」という反論が出る。
 ポリフェノール類で重要なものは「フラボノイド類」で、その代表例は赤ワインの“赤”の色素である。フラボノイド類はカカオやチョコレートにも含まれている。蕎麦(そば)に含まれるルチンも、フラボノイドの一種である。
 一方、カロテノイド類は、脂溶性の“黄〜赤”の色素である。その名前の由来(ニンジン、英語でキャロット)でわかるように、ニンジンの橙色やトマトのリコピンなどが代表例である。が、私のイチオシの抗酸化物質は真っ赤な「アスタキサンチン」だ。
 エビやカニを茹(ゆ)でると甲羅が赤くなる。それは、加熱することで(それまでタンパク質と結合して黒っぽかった)アスタキサンチンが単体になり、本来の赤色を呈するようになるからである。
 また、魚のサケの“サーモンピンク”もまた、アスタキサンチンの呈色である。サケ自身はアスタキサンチンをつくれないが、餌のオキアミに含まれるアスタキサンチンがサケに移動するのだ。実際、サケの養殖では“色揚げ”のためにオキアミが投餌されるし、合成アスタキサンチンを投与することもあるらしい。
 色揚げはサケだけではない。タイの赤味を増すための色揚げにオキアミが投餌されることもあるし、ニワトリにアスタキサンチンを投与すると玉子(鶏卵)の黄身の黄味が増すほか、鶏卵の感染抵抗性と保存性が向上したという報告もある。
 実はオキアミも、自分ではアスタキサンチンをつくれない。オキアミが餌として食べる微細藻類(植物プランクトン)や微生物に含まれるアスタキサンチンがオキアミに移動するのだ。実験室や産業レベルでは、酵母の一種(ファフィア酵母)や淡水緑藻の一種(ヘマトコックス)がしばしばアスタキサンチンの生産源として培養されているが、天然の海では具体的なアスタキサンチン源はよくわかっていない。
 でも、ひとつの可能性として、ラビリンチュラ類が天然のアスタキサンチン源のひとつかもしれない。この連載の第19回で紹介した「石油をつくる微生物」オーランチオキトリウムもラビリンチュラ類の一種である。実は、私たちが瀬戸内海から採ったラビリンチュラ類のヤブレツボカビThraustochytrium属の一種は、アスタキサンチンを自分で合成し、細胞内に貯め込むことがわかったのだ(注6)。

 さて、抗酸化物質は、フリーラジカルをやっつける物質である。しかし、これではいわゆる“対症療法”と同じだ。対症療法も然ることながら、それと並行して“体質改善”、つまり、そもそもフリーラジカルを生じにくい体に身体改造できないものか。
 実は、体内のフリーラジカルの大半は、細胞の中にある「ミトコンドリア」という細胞内小器官(オルガネラ)で発生している。ミトコンドリアは“酸素呼吸の場”とも呼ばれるオルガネラで、酸素呼吸の最後の反応もここで行われる。ちょっと難しくなるが、説明してみよう。
 酸素呼吸の最後の反応というのは、具体的には、電子e-が水素イオンH+とともに酸素O2と結びついて水H2Oを生じる反応である。私たちは呼吸して二酸化炭素CO2と水H2Oを吐きだしている。このうち、二酸化炭素を吐きだすほうだけが注目されているが、実は水も吐きだしている。この水をつくるのに酸素O2が必要だから「酸素呼吸」もしくは好気呼吸というのである(注7)。
 酸素呼吸においては、酸素が最終的に電子e-を引き受ける。産業廃棄物の最終処分をするようなものだ。その役割を果たす物質を「最終電子受容体」という。英語でterminal electron acceptor、略してTEAだ。実のところ、TEAには酸素以外にもいろいろあって、それらを用いた呼吸のことを、無酸素呼吸あるいは嫌気呼吸という(注8)。

 さて好気呼吸だが、酸素O2が“電子を引き受ける”のは、フリーラジカルが“電子を奪う”のとよく似ていて、私たちが呼吸で取り込んだ酸素の1%前後は酸素ラジカル(Oラジカル、活性酸素)になるという。これでミトコンドリアが傷つけられると、それを合図に「プログラムされた細胞死」(アポトーシス)が起きる。これも老化のひとつだ。
 最近になって、ミトコンドリアと老化・寿命の関係が話題にされるようになってきた。ミトコンドリアの障害をめぐる健康問題は、老化や寿命だけにとどまらず、糖尿病など、体のいろいろな部位に症状として現れる。原因もまた酸素ラジカルだけでなく、いろいろある。現在は、ミトコンドリアの機能障害に由来する症状を総称して「ミトコンドリア病」といっている(注9)。
 私はミトコンドリア病が、21世紀の医学の中心的テーマのひとつになると考えている。いってみれば“ミトコンドリア医学”の勃興だ。
 「iPS細胞」という医学的なスーパースターで始まったこの連載を、ミトコンドリア医学の話題で終えることに、私は何か因縁めいたものを感じている。21世紀の「科学の言葉」はこれまで以上に、私たちの健康や生活に結びついたものになるだろう。
 脳科学の発展とも相まって、「科学の言葉」はきっと「人間を語るための科学の言葉」になる。そう、21世紀は新たな“人間の時代”、セカンド・ルネッサンスになる。それを信じて、52歳になった私はこの連載を閉じることにする。


(注1)平敦盛自身は源平合戦のひとつ「一ノ谷の戦い」(1184)において、16歳で討ち死にした。

(注2)糖尿病の高血糖が原因となってAGEができ、それが次の原因となって神経・腎臓・目などの
細い血管がダメージを受けて糖尿病の合併症が生じる。その意味で糖尿病治療におけるAGE対策の重要性は今後ますます大きくなると思われる。

(注3)活性酸素にもいろいろな種類があって、その一部はフリーラジカルの定義に合致するが、そうでない活性酸素種もある。

(注4)多くの動物の体はビタミンCを自力でつくることができるのに対し、ヒトを含む霊長目(サル目)の一部はビタミンCをつくれない。

(注5)ライナス・ポーリングは、共有結合やイオン結合などの「化学結合」の研究で1954年にノーベル化学賞を単独受賞し、地上核実験への反対運動で1962年にノーベル平和賞を単独受賞し、1994年に満93歳で没した。

(注6)https://www.jstage.jst.go.jp/article/bbb/67/4/67_4_884/_pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/bbb/68/7/68_7_1594/_pdf

(注7)エアロビクスのことを「有酸素運動」という。これは、たとえば100 m走のように、運動しているあいだ酸素呼吸をしない運動(無酸素運動)に対する言葉である。それと同じように酸素呼吸(好気呼吸)は英語でエアロビック・レスピレーション aerobic respirationという。

(注8)酸素O2以外のTEAにはたとえば硫酸イオン、硝酸イオン、鉄(III)イオン、二酸化炭素などがあり、それらを用いる嫌気呼吸はそれぞれ硫酸呼吸(伝統的に“硫酸還元”と称される反応と同じ)、硝酸呼吸(脱窒)、鉄呼吸(鉄還元)、二酸化炭素呼吸(メタン生成)と呼ばれている。さらにTEAにはフマル酸などの有機物が使われることもある。

(注9)日本ミトコンドリア学会のホームページにはミトコンドリア病に関する相談室サイトが開設されている。
http://j-mit.org/sub7-soudan.html

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「科学界のインディ・ジョーンズ」の異名を持つ長沼毅先生が、ニュースや新聞でよく耳にする科学用語、聞き慣れてるけど、実はよくわからない科学用語を、長沼流に、楽しく解説。こんなふうに教えてもらえたら、科学がもっと身近に&楽しくなる!子供にも聞かせたい、世にも楽しい科学のウェブ上講義。

※本連載は旧Webサイト(Webマガジン幻冬舎)からの移行コンテンツです。幻冬舎plusでは2013/04/15のみの掲載となっております。

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長沼毅

1961年生まれ。筑波大学大学院生物科学研究科卒業。現在、広島大学准教授。 専門は、生物海洋学、微生物生態学、極地・辺境等の過酷環境に生存する生物の探索調査。 酒ビン片手に、南極・北極から、火山、砂漠、深海、地底など、地球の辺境を放浪する、自称「吟遊科学者」。学名:カガクカイ・インディ・ジョーンズ・モドキ、あるいは、ホモ・エブリウス(Homo ebrius)「酔っ払ったヒト」。好きな言葉は「酔生夢死」。 Naganuma WEB http://home.hiroshima-u.ac.jp/hubol/members/naganuma/ Twitter @naganumatakeshi http://twitter.com/naganumatakeshi

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