人生とは、魔可不思議なものだ。
最初、私はメキシコに行こうなんてこれっぽっちも考えてなかった。
「9月になったら、パラオ」
のつもりだった。パラオで電気もないようなカープアイランドに泊まって、無人島生活を満喫しながら、でれでれエッチでもしてダイビング三昧、と考えていたわけなのであるが……! しかし。
「9月のパラオ? ダメダメ。偏西風が吹いて、波が高くてコンディション悪いよ」
とパラオ通の人々は言うのである。
「かと言って、沖縄は台風シーズンだしなあ~」
折しもその時、私はダイビング仲間の結婚疲労じゃなかった披露パーティで、清澄庭園のお池に囲まれた閑静なお座敷で亀を見ながら大酒を飲んでいた。
「じゃあ、どこがいいのさ~」
立て膝でおちょこをすすりながらドスをきかせると、ダイビング関係の旅行代理店を経営してる川上さんが「ははは~っ」と大久保彦左衛門のように出てきた。そして、妙な説得力で、
「やっぱり、9月はバハですよ」
と、言い切ったのであった。その重みたるや「伊東に行くならハトヤ」ほどの自信と威厳であったので、私も含めてそこにいた一同「ほう!」と、膝を乗り出した。
「バハってのはどこですか?」
「バハカリフォルニアですよ。9月はベストシーズンです」
「安い?」
「6日間15万8千円くらいかな」
(ふーむ)
「ダイビング代、ボート代込みで?」
「もちろんです」
「おもしろいの?」
「そりゃもうあなた。アシカと泳げるし、ハンマーヘッドシャークとか、うようよですよ」
アシカ、ハンマーヘッド。初体験じゃん。
その時私の脳裏に浮かんだのは、無人島でトリコロールカラーのボールを鼻でころがすアシカの姿だった。ようするに私のアシカへの認識はこんなもんだったわけであるが、私はとにかくアシカが気に入ったのだった。
「よし、決めた! 今年の9月はバハでゴーだぜ」
ってなわけで、とんとんとんと話は進み、3週間後には私はもうロサンゼルスに向かう飛行機に乗っていたのであったというわけだ。
今回の旅行は3人旅であった。
山の上ホテルのビアガーデンでビール飲みながら
「あたし来月、アシカと泳ぎにバハ・カリフォルニアに行くのよね」
とつぶやいたら、
「へー、あたしも行きたいなあ」
と、その時いっしょに飲んでいた2人が言い出したのだ。自慢じゃあないけど、私は女同士で海外旅行なんぞに行くのは生まれて初めてだった。
「あら、私も初めてよ」
「私も」
というわけで、女となんか旅したことない3人組で、なんだかよくわからないままにバハ・カリフォルニアに行くことになった。
平日に1週間の休みがとれる人種というのは限られている。よくいえばフリー、仕事がない時はプー太郎である。私はフリーライター、イズミはフリーデザイナー、そしてキョウコはフリーの通訳&翻訳家。おお、こう書くとなにやらかっこいいキャリアウーマンみたいに聞こえるけど、中身はまったくほにゃららな3人組であった。
どうほにゃららなのかはおいおい説明するとして、まずイズミは「バハ・カリフォルニア」が「メキシコ」だということを知らなかった。
成田で切符を受け取りながら、
「ところで今からどこ行くの?」
と聞くのである。
「メキシコだよ~」
「ええっ? そうなの? メキシコって何語?」
「ええと、メキシコ語かな」
大嘘である。メキシコはスペイン語だ。スペインに侵略されたのである。
「やっぱり、みんなソンブレロかぶってるのかなあ?」
うーん。あたしは首をかしげる。メキシコ人、メキシコ人……。ソンブレロにポンチョにチョビ髭の3人組が「ドンタコス、ドンタコス」とあたしの右脳から左脳へ消えて行った。
「メキシコの海ってどんな海?」
「えっとね、伊豆みたいって話だった」
「ええっ! メキシコまで行って伊豆で潜るの?」
「透明度が伊豆程度ってことらしいよ」
「水温も伊豆くらいなのかなあ?」
「このあいだバハに行った友人は低いって言ってたけど」
とキョウコ。
「げー、まじ? 2ミリのウエットじゃ寒いかなあ」
と私。
私とキョウコはダイバーである。
しかるに、なぜかイズミは海なんか全く嫌いな色白の年だけ喰った令嬢であった。
「私、もう15年近くシュノーケリングとかやってないけど、大丈夫かしら?」
大丈夫じゃないの~と、適当に返事していたのはもちろん他人のことだからである。たぶん大丈夫じゃないの、ま、ちょっと覚悟はしておけってなもんだ。海に行ったら人の安全よりまず自分の安全。これ鉄則ね。
しかし、色白でジャコメティの彫刻のように手足の細い若い頃の「新珠美千代」風のイズミは、
「うれし~な、アシカと泳げるんだ~」
と、期待に少女漫画のようなお目めをキラキラさせるのであった。
仕事がない割には忙しい3人が、旅行前に打ちあわせしたのは1回きり。とりわけ仲良しの3人だった訳では決してない。ただただ「アシカと泳ごう」という言葉に釣られて結集したのだから、物好きもいいとこである。
お尻が痛くなった頃に飛行機がやっと着いたところはロサンゼルス空港。
ここで5時間のトランジットだというから、へなへなになった。
しかし、さすがアメリカは違う、と思ったね。
ロスの国際空港内だけでも、変な人が山のようにいるのだ。
「アナタハニホンジンデスカ~」
と寄ってきたイラン人は「そうだよ」と答えるといきなり紙を私の目の前につき出した。
「私たち、イラン人は不当に差別されています。私たちはこのことを国連アムネスティに訴えるつもりです。どうか署名をお願いします」
紙には日本語で以上のように書かれていた。
「署名はいいけど、お金はないよ」
と言うと、おお、あなたはなんでそんなことをいうか、神をも恐れぬ行為だ、とかいう感じの大げさなジェスチャーをし嘆き悲しむ。そして、いきなり素面に戻って「では10ドルでいい」と言うのだ。
「10ドルなんかない。お金はぜんぜん持ってない」
おお! なんてことだ神様~と彼は再び嘆く。
「では5ドルでいい」
「だって、私のお金はママが持ってるんだもん」
そう言うと彼はひどく冷たく去って行ってしまった。
空港のエレベーターに乗った。
いっしょに乗り込んできたエディー・マーフィーみたいな黒人職員が、私たちに向かっていきなり歌いだした。
「上がったものは必ず下がる、下がったものは必ず上がる、世界はその繰り返しさ」
というような、すごい哲学的な歌詞で、それはキョウコによると、古い古いアメリカの歌なのだそうだ。狭いエレベーターの中で彼の声はとてつもなくソウルフルに響いた。
「ヘイ、ベイビー、この歌知ってるかい?」
ってなことを言うので、
「知らないけど、あなたの歌ってシビレちゃう」
みたいなことを言ったら、歌うエレベーター男はうれしそうな顔をして「サンキュー」と降りて行った。
エレベーター前に立って、ずーーーっと1台のエレベーターを待っているデブのアメリカ人がいた。
私たちが隣のエレベーターで出かけて、再び戻ってきても、そのエレベーターを待っている。
「エレベーター来ないの?」
と聞くと、
「そうなんだ、どうなってるんだか」
と肩をすくめる。
「こっちのエレベーター使えばいいじゃん」
ところが、私たちが降りたエレベーターも、なぜか急に扉が開かなくなってしまった。仕方がないので空港職員を呼び止めて「エレベーターが変!」と苦情を言ったら、彼女は「しばらく待ってなさいね」と言って去って行った。
本当にしばらくしてから戻ってきて、両方のエレベーターに「故障中」の札を張って、
「これでいいわ」
と笑って去って行った。
「ま、アメリカだからさ」と、帰国子女のキョウコは言うのであった。
タクシーに乗ろうとした。
ロスの空港の待ち時間を利用してマーケットに買い物に行きたかったのだ。
ところが、マーケットは空港に近すぎて乗車拒否されてしまった。
うろうろしてるとタクシー会社の乗客整理員みたいな男性がやってきた。
「私たちはマーケットに行きたいけど、タクシーが乗せてくれない」
と彼に訴えると、
「なんだって、なんで俺にそれを早く言わないんだ。まったくここらのタクシー時たらどいつもこいつも勝手なことしやがって、そのタクシーはあの白いタクシーか? え? あれか? あれか? よし、ナンバーを覚えたから後で注意してやる」
ってなことをまくしたてる。で、とてつもなく妙なことなのだが、彼は右手に白いプラスチックのスプーンを持っているのである。キャンプなんかで使うあの安物のスプーンね。で、そのスプーンをぺろぺろキャンディーみたいに口の中に入れてしゃぶっているのだ。
ときどき口から取り出してはそれを振りかざす。そうかと思うと興奮するとガリガリかじるのだ。
だからそのスプーンはもう端の方が割れてぼろぼろになってんの。このスプーン男はイズミの目の前に、何度もスプーンを振りかざして「俺にまかせておけば大丈夫だ」ってなことを言って、一台のタクシーを止めてくれた。
「さあ、お嬢さんたちよ、これに乗って世界の果てまで行きやがれ」
彼はそう言って、タクシーのドアを閉めた。
「ねえねえ、あのスプーン見た?」
「見た」
「あれ、なんだろう?」
「ライナスの毛布みたいなもんじゃないの」
再びキョウコが言った。
「ま、アメリカだから」
しかし、アメリカごときで驚いているのは甘かった。メキシコに於ては「わからない」ことが普通なのである。
私たち3人のラパスにおける合言葉はこうだ。
「メキシコだから……」
ダイビング第1日目。
朝、ホテルのロビーで待っていると、8時過ぎに払い下げのスクールバスがお迎えにやってくる。修学旅行の子供たちみたいに、世界各国取り混ぜたノーテンキな半ズボンの団体は、ワイワイ言いながら機材をバスに積んで出発するのであった。
バスの中はいつもぎゅうぎゅう詰めである。
アメリカ人やらオランダ人やらフランス人やら日本人やらメキシコ人、とにかくいろんな人種の幕の内弁当みたいなこの黄色いスクールバスは、15分ほどで港に到着する。
そして今度は目的地ごとに別れて船に乗るのだ。
第1日目の私たちの目的地は、もちろん「アシカ島」である。アシカと泳ぐ! これぞ今回の旅行のコンセプトなのであった。
「アシカ島ボート」のメンバーは、我々ほにゃらら3人日本娘、60歳をゆうに超えていると思われるアメリカ人のばあちゃん。中年アメリカ人夫婦、老年アメリカ人夫婦の8名と、メキシコ人のガイドとアシスタント2名。
ガイドとは言うものの、どう見ても十代にしか見えない少年である。アシスタントはけっこう年配の「正統的メキシコ人」っておっちゃんだった。
我々を乗せたボートは「うっそ~」というスピードで、海面をかっとんで行く。空は色紙のように陰影のない青、ただ青。遠く岸づたいに見える赤土の乾燥した山々。刺のようにそびえるサボテン。メキシコの山はガトーショコラみたいで、なんだかおいしそうなのだった。
「きゃ~、空が青い」
「見て見て、サボテンよ~」
「ペリカンよ~」
「あほう鳥よ~」
時差などぶっとんで、ほにゃらら3人組みはひたすら元気だった。
とにかく、その景色は「メキシコ」そのものであって、他のどのような場所とも明確に違う。正真正銘の「メキシコの海」なのだった。
かっとびボートの振動で、いきなり操縦席下の収納ボックスに入っていた巨大マヨネーズ瓶が転げ落ちた。
巨大マヨネーズ瓶は、ごろんと転がると、私の足の上に落下。足の甲を強打すると同時に蓋が開いて、私の足にべっちゃりとマヨネーズが流れ出した。
そのマヨネーズの量たるや、私が今日までに食べたすべての量のマヨネーズよりも多いのでは? と思われるほどのマヨネーズであったとつけ加えておこう。
「ぎゃあああ……」
私はしばし、マヨネーズがてんこもりになった自分の足を茫然と眺めた。うっへ~気持わり~。
この時のメキシコ人の反応はおもしろい。彼はすかさず瓶を拾い上げ、蓋をすると、また同じところに同じように瓶を戻したのである。それじゃあまた転がるかもしれない、という不安を彼は全くもっていないようだった。
さすが、メキシコなんだから。
そういや、前日にも奇妙なことがあった。
私たちは2人部屋をにエクストラベッドを入れて3人で使う予定だったのだが、部屋にはベッドもタオルも2人分しか用意されてなかった。さっそくフロントに文句の電話をかける。
「タオルと毛布、ちょうだいよ」
さて、いっこうにタオルも毛布も届かない。さすがメキシコだなと思って再びフロントへ電話。
「503号室だけど」
「(フロントのメキシコ人)ハロー、ところでさっきの蜘蛛はどうなりました?」
電話で話していたキョウコが不思議そうに受話器の通話口を押さえてこちらを見る。
「ねえねえ、さっきの蜘蛛はどうなりましたって」
「えー蜘蛛って何よ?」
「知らない。だってスパイダーって言ったもん」
「蜘蛛なんか知らないわよ。ほしいのはタオルと毛布だってば」
タオルと毛布がなぜ「蜘蛛」になってしまったのか、我々の知るところではない。とにかく「メキシコだから……」なのである。
ホテルの売店にビールを買いに行った。
「アイ、ウォント、ビーア!」
「(売店の女主人)????????」
「ビア、ビール、ビヤ!!!」
「?????????????」
「ビールだってば、ビールないの?」
「??(わっかりませ~んポーズ)」
アメリカの隣だというのに、ビアが通じないのであった。ちなみにビールは「セルベッッオ」である。「コロ~ナ」と銘柄を言えばわかるのだというのは大分後になって学習した。
どっく~んどっく~ん。海中に音が響く。
不思議な音。巨人の心臓の鼓動みたいだ。と、前を潜っていたKEIKOさんが、突然振り返り右方向を指さした。ナニナニ? おおっ。見ると、そこには私よりでっかいアシカが水中に浮かびこっちを見ていた。
(ぎゃあ、あしかだあしかだ)
水中なのも忘れて、思わずレギを加えたまま叫ぶ。なんとまあ、でっかお目め、しかも垂れてる。ううむ、この顔はどっかで見たことがあるぞ! そうだ、思い出した。
アシカってのは「奥村チヨ」に似ているのであった。
アシカはきょとんとこちらを見ていたが、私があんまり手足をばたばたさせるので気味悪がったのか、ぐい~んと泳いでみるみるうちに海中に消えてしまった。(すごーい、すごーい、ほんっとにアシカだよおっ、アシカ、アシカ)
興奮した私はゴボゴボ空気泡を吐き出しながら水中で叫びまくる。
「ランディっていっつも海の中でしゃべってんのね」
と後でキョウコに笑われた。ようするに、おしゃべりはどんな場所に行ってもおしゃべりなのである。
さらに、海中を進んで行くと、アーチがあり、そのアーチで3匹のアシカが遊んでいるのに遭遇。このアーチはアシカたちの遊び場らしい。アシカは好奇心旺盛で、こっちがくるくる回転してみせると、寄ってきていっしょに真似してくるくる回る。
顔を近づけると向こうも顔を近づけてくる。
アシカがいっぱいでうれしいなあ~。その喜びを表現したくて、私はキョウコの周りをくるくる回ってみせた。気圧が変わりセンサーがピーピー鳴る。キョウコも私に気がついて、同じように水中で宙返りしてくれた。
(わ~い、楽しいよお)
ようするにだな、結局、私のやってることはアシカと同じなのであった。知能程度がアシカ並みということであろうか……。
アシカはなんにも言わないけれど、ア~シカな気持はよくわかる。
アシカかわいや、かわいやアシカ~、な一日なのであった。
アシカ島での2本目のダイビング。
ポイントはアシカのコロニー付近の岩場に移動した。
みんなを水中に沈めてガイドは潜らない。なぜかと言うと、海に来るというのにイズミがフィンを忘れたのだ。ガイドはイズミにフィンを貸してしまったのをいいことに、ボートで昼寝をしている。
「緊張感、なさすぎない?」
「ま、メキシコだから」
さて、私はキョウコの後について、ぶくぶくと潜行していったた。すると、誰かが私のタンクをぐいぐい押すんだな。
あ、きっとボートでいっしょだったアメリカ人の亭主の方がイタズラしてるんだな、なんて思って無視する。
しかし、それでもなおかつタンクは誰かにつかまれてて潜行できない。
(まったくもうっ、イタズラすんなよ)
タンクをぶるぶるっとゆらしてみる。
するとだな、今度はいきなり「がばーっ」と何者かの手によって抱きしめられてしまったのだ。いやはやこれにはびっくりしたね。
(これはなにごとだ~)
と振り向くと、左脇の下のあたりから、巨大な(私の頭のゆうに2倍はある)ゾウアザラシが、私の胸に頬ずりしながら、でっかい目玉でうっとりとこっちを見上げていたのである。
(どっひゃ~~)
そして、彼は私を体ごとはがいじめにして、そのあたりの岩場に組み倒してエッチしようとするのである。
(うっそ~、なんで私がアザラシにレイプされるの~?)
ぼこぼこぼこ……私は大声でキョウコに助けを求める。
(ぼこぼこキョウコさ~ん、キョウコさ~ん、アザラシに犯される~)
もちろん海中であるゆえ、キョウコはなかなか気がつかない。
(ぼこぼこぼこキョウコさーん)
ごぼごぼごぼごぼ……。やっとのことでキョウコが振り向いてくれた。
(やだ、ランディ、そんなのどこでひっかけてきたのよ)
という目で彼女は私を見た。
(知らないよ~、勝手にくっついてきたんだよ~)
と私はこまっちゃった、と両手をあげると、彼女も困ったわねと両手を広げてみせる。
すりすりすり。アザラシはしきりに下半身を押しつけてくるのだ。
(ぎゃあ、なんか固いものが当たるよお。これってもしかしてアレかなあ)
私は思わず腰を反らすのだが、アザラシは
(逃げちゃいやーん)
とばかりに、妙になやましく体をすりつけてくるのであった。
とにかく、アザラシに抱きつかれてはダイビングどころではない。しかたがないのでボートの下まで行って、アンカーロープをつたって浮上することにした。その間、アザラシはべったり私の背中にはりついて離れない。どれくらいの大きさかというと、身長180センチ、体重160キロくらいではないかと思われる。彼はすっごくハンサムで、とってもチャーミングな顔をしてるのだ。
だから抱きつかれて、最初はちょっと怖かったけど、すぐに恐怖心はなくなっちゃった。やわらかい皮におおわれてて、抱かれ心地もなかなかのものだった。
なによりも、私に抱きついている時のうれしそうな、うっとりした顔。
(好き~大好き~やりたいよ~)
って感じなんだ。邪心がないの。
だいたい女ってのは「やりたい、やりたいと素直にせがまれるとけっこうやらせちゃうもん」である。拝み倒しに弱いのよ。だって、ゾウアザラシに欲情されてもうれしいくらいなんだから。
浮上する時に彼の下半身を見ると、ソコはしっかりエレクトしてた。
おおっ。十代の角度と見た。
お腹のけっこう上の方に穴があって、そこからにょきっとペニスが勃起してるんだけど、それはなんというか、非常に人間のものと似ていた。
私は思わずまじまじと見てしまった。アザラシのアレを見るなんてそうそうあるもんじゃない。大きさといい先のとんがり具合といい、目をつぶってさわったらわかんないんじゃないかというくらい、人間のチンチンに似てる。
ソレは気がそれるとすぐ体内にしまいこまれて跡形もなくなってしまう。人間みたいにぶらぶらぶら外にさがってたら、水の抵抗が大きくて泳ぎづらいんだろう。
人間のチンポも収納できると便利だろうに。あれがぶらぶらしてるのってなんか情けないもんなあ。はっはっは。
いや、それどころでない。このゾウアザラシがいきなり狂暴になって、私のウエットをバリバリと引き裂き、がおっと襲いかかってきたら、私は死ぬぞ。
やっと水面に出ると、彼はよっぽど息をがまんしてたらしく、
「ぶは~~っ」
と大きく息を吐きだし、ぜいぜい呼吸してた。
おお、そんなにまでして私に抱きついていてくれたのか、と思うとなんだかいとおしくて、思わずほっぺにすりすりしてしまった。
しかるに、どんなに愛し合っていても、人間とアザラシでは報われない愛なのよね(あのペニスを見た時は、やろうと思えばできそうな気もしたが、もし異種交配したらどんな子供が生まれるんだろう?)。
だが、この彼、浮気者で、結局その後は私から離れ、イズミにしっかり抱きついていた。イズミは発狂せんばかりに叫んでいた。そりゃそうだな、エア・タンクをしょわずにひきずり込まれたら海の中で窒息死するもんね。
でも、ガイドは笑って昼寝していた。ま、メキシコだから。
なぜかゾウアザラシは、アメリカ女には目もくれず、ひたすら日本のほにゃららトリオを見つけては、抱きついていた。体の小さい女が好きなのだそうだ。
後から聞いたところによると、日によっては男にまで抱きついていたそうで、なかなかラテン男らしい遊び人ぶりである。
帰りのボートの中で、私はしきりにアメリカ人にからかわれた。
「ほらほら、あなたのスパニッシュ・ラバーがさみしがってるわよ」
見ると、ゾウアザラシ君が(もう帰っちゃうの~?)とでも言いたげに水面に顔をちょこんと出して見送っている。かわいいっ。連れて帰りたいようだわ。リゾートに行って現地の男に仕送りしちゃう日本人OLの気持ちがちょこっとわかった気がした。
「日本人となら、背の高さもぴったりね」
と、ゾウアザラシに相手にされなかった白人女はゲラゲラと笑うのだ。へん、自分がモテなかったからってやっかむなよ。ヤマトナデシコはアザラシのコロニーでももてもてなのだ。おそれいったかアメリカ人ほーっほほほ。
ダイビングが終わってホテルで夜酒を飲みながら、私たちは盛り上がった。
「バハで遊んで妊娠しちゃったら、これ、実はアザラシに犯されたのよ~ってごまかせるわねー。どうせ、アザラシと人間の混血なんて誰も見たことないんだからなんとでも言えるわよ~。ぎゃっはっは」
「ランディなら、クマとだって、ゾウとだってやれそうよね」
できるわけねーだろうが、ボケ。
後日、私に子供が産まれた時、2人がお祝いに駆けつけて最初に言った言葉は、
「あ、人間だよ!」
であった。
END
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わたしとあなたをつなぐもの
※本連載は旧Webサイト(Webマガジン幻冬舎)からの移行コンテンツです。幻冬舎plusでは2001/07/01のみの掲載となっております。
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