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ショッピングモールから考える

2016.02.14 公開 ポスト

第2回

ショッピングモールのルールは、世界共通東浩紀/大山顕

「なぜ、ショッピングモール「から」考えるのか? それは、現代の先進国では、都市空間の多くが、ショッピングモールをモデルに設計されているから」と『ショッピングモールから考える』の「あとがき」で書かれた東浩紀さん。第2回は、ドバイ・モールを皮切りに、均質化されたショッピングモールが持つ「理想」について語り合います。
 

統一された文法

 次はドバイ・モールです。このモールのポイントを一言で言うと「アラーがいても消費はする」となるでしょうか。

[図版5]高さ452mのブルジュ・ハリファ展望台から見下ろすドバイ・モール◦撮影―東浩紀

まず、ドバイ・モールを上から見下ろすとこんな感じになっています(図版5)。

周りは完全に砂漠なんです。夏はものすごく暑い。ぼくが訪れたのは九月で、気温はだいたい四〇度だったのですが、このくらいではまだまだらしい。五月や六月には最高気温が五〇度近くに達するようです。そんな気温では外にいられないので、モールに行くしかない。

[図版6]現首長のムハンマドは、ドバイを代々支配するマクトゥーム家の9代目にあたり、実業家や馬主としても著名◦撮影―東浩紀

この写真(図版6)のひとはだれかと言うと、彼がドバイの首長です。王様ですね。王様と言っても政治だけやっているわけではなく、建築会社や不動産会社を持っていて、その会社がモールをつくっている。だからどこも彼の写真だらけ。
次の写真(図版7)を見てください。九月はちょうどラマダーンの時期で、この時期にはイスラム教徒は日の出から日没まで食事を取ることができないので、フードコートもイスラム教徒向けと異教徒向けに分けられます。

[図版7]ラマダーン中、ドバイ・モールのフードコートでは多くの店舗が営業を休止する。イスラム教徒以外は食事を取れるため、区画は扉で隔てられている ◦撮影―東浩紀

このように、モール内に王の肖像が飾られたり、フードコートがラマダーン対応だったり、ドバイ・モールは日本やシンガポールのモールとはいろいろ違う。けれども、それ以外はむしろ完璧に同じ。入っているブランドは同じだし、内装のコンセプトも同じ。宗教や政治体制の違いなどまったく存在しないかのようでした。そこに強い印象を受けました。

[図版8]モール・オブ・アメリカの入口。設計にはジョン・ジャーディ(後述)が携わっている◦撮影―東浩紀

そして最後に紹介したいのが、モール・オブ・アメリカです(図版8)。ここはあえて言えば「ロウアーミドルのユートピア」。このモールは、規模としてかつて世界一でした。構造的に一番の特徴は真んなかが巨大な遊園地になっていること。野球場跡地をモールにしたので、中心部がぽっかり空いて遊園地になっているんです(図版9)。

[図版9]遊園地の「ニコロデオン・ユニバース」は、27種類のアトラクションが用意された本格的なもの  ◦撮影―東浩紀

遊園地があるのでたくさんのひとでごったがえしているのですが、よくよく観察してみるとあまり金持ちはいない。有色人種で子だくさんなひとが多い。貧困層ではないですが、中産階級の下のほうという感じですね。ミネアポリスの街中とは明らかに客層が違いました。

大山 ここも行きたいと思っていました。ロウアーミドルというところにも驚かされます。

 そこはドバイとは違いましたね。このモールはとにかくすごく広いので、ぐるぐる回っているだけでも一日つぶれるんです。面白かったのは、モールなのに買い物袋を下げているひとが意外と少なかったこと(笑)。みんなじつはなにも買っておらず、時間つぶしにきている。まさに公園ですね。

大山 ショッピングモールって家族連れできますよね。一日すごそうとすると、午前中に買い物を済ませて、昼をフードコートで食べて、最後に夕飯を買って帰るとすると、午後にはすることがなくなってしまう。それが、ショッピングモールが発達する原動力になったと言われています。商品をふつうに買ってもらうだけでは間が持たない。そこでシネコンが併設されるようになった。一日滞在するひとのためになにをつくるか、という観点が入っているので、いわゆる狭い意味での消費、たんにものを買うということを超えてしまっているんです。

 それに加えて重要なのは、世界中のモールが同じ文法でつくられているということ。シンガポールでもドバイでもミネアポリスでも、モールのなかだけはルールが統一されているので、フロアマップを見なくてもどこになにがあるのかが直感的にわかる。昔は海外旅行では、その街のどこになにがあるのかを知るところから旅が始まっていた。そこにすごく時間がかかったのが、モールではまったく必要ない。不思議な空間ですね。

大山 ある北関東の大学で建築を教えている先生に、こんな話を聞きました。大学のある地域には田んぼの真んなかにモールがあって、近くにはほかに遊ぶところがない。学生たちは地元の出身が多くて、彼らに話を聞いてみると、街というものに対する感覚がぼくらと全然違うのだと。ぼくたちの感覚では、まず駅があって、ここが商店街で、このあたりにデパートがあって、このへんが風俗街になっていて、これくらい行くと住宅街がある……というふうに、用途地域の感覚があるじゃないですか。でも彼らはモールしか知らないので、せいぜい「自分の家」「田んぼ」「ショッピングモール」と、「行ってはいけない危ない地域」くらいの認識しかない。そもそも区画という概念がないので教えるのがたいへんだと言うんです。なるほど、こういう話を聞くと、いわゆる従来の街づくりの観点からショッピングモールを批判するひとが出てくるのもわかる。


都市はグラフィックにすぎない

[図版10]バンコクのショッピングモール「セントラル・ワールド」の吹き抜け◦撮影―大山顕

大山 では今度はぼくからプレゼンさせていただこうと思います。先ほども触れましたが、バンコクに行きました。バンコクは異国情緒豊かなところです。野良犬がたくさんいたり、絡みあった電線がダイナミックだったり、神棚のようなものがそこここにあったり……と観光を楽しみました。
しかし一番強烈だったのはショッピングモールなんです。ぼくは大学の卒業論文で、工場の構造を残して街づくりに生かす、という提案をしたことがあります。ぼくは一九七二年生まれで東さんとほぼ同じですが、ぼくたちの世代はリアルタイムに公害を経験していないので、あっけらかんと「工場ってかっこいいよね」と言えるようになると思っていた。
これと同じことが、たぶんショッピングモールにも起こる。ぼくが工場を撮り始めたように、ショッピングモールを撮る若いモール写真家が出てくるはず……というわけであわてて写真を撮り始めたのですが、ショッピングモールを撮るのって難しいんです。なぜかというと、ぼくはずっと外観を撮っていたんですね。けれど、ショッピングモールで大事なのは内装です。たとえばロードサイドの郊外店だと、目につくのはファサードと看板くらいで、そのまま駐車場に入って内部に進むので、ユーザー側は建築の外観を意識しない。
内装を見てみると、やはり吹き抜けが印象的ですよね。バンコクのショッピングモールは、日本以上に吹き抜けがすごい。そういえば、今日のためにショッピングモールの吹き抜けを撮ろうと思ったんですが、ことごとく警備員に止められました。東さんから、ホームレスが入れる空間が公共的なのかという問題提起がありましたが、バンコクはさらに警備が厳しい。モールの入口で金属探知機のゲートを潜らないといけないんです。まさに「モール共和国」への入国審査みたいな感じでした。先ほど東さんがおっしゃった「モールのなかでルールが統一されている」で言うと、自分も含めていろいろな国のさまざまな人種が訪れていたんですけど、みんな振る舞いが統一されている気がしました。国の文化よりも強い「モール的作法」とでもいうべきものに。これはすごく面白いと思いました。
あとバンコクでどうしても紹介したいのは、「ターミナル21」というショッピングモールです。これは二〇一一年にオープンしたばかりの新しい大型店舗で、「ターミナル」という名の通り、空港のターミナルをモチーフに、各階がそれぞれのテーマとなる街を模してつくられているんです。一階は東京、二階はロンドン、三階はイスタンブール。とくに一階の東京がすごい。

[図版11]地下から捉えた「ターミナル21」1階の様子。「ネオンzone」「金魚」など、なにを伝えたいのかわからない謎めいた看板が並ぶ◦撮影―大山顕

東 ぼくがツイッターで大山さんに教えたんですよね。昨年(二〇一三年)バンコクに行ったときに見つけたのですが、ここにはショックを覚えました。ものすごくキッチュなんですが、それだけじゃない。外国人が日本をイメージしたとき出てくる独特のキッチュさを、もう一度さらに外国人が自己パロディで模倣したような入り組んだ構造をしていて……。外国人が抱く間違った日本像を理解したうえで、あえてそれをシミュレートしている。

大山 ああ、こういう間違いってあるよね……と思うようなところを、ピンポイントに突いてくる。日本人のデザイナーがかかわっているのかもしれませんね。

[図版12]提灯はほんの一例。ほかにも「貴重な経験」や「私は君に大切な」といったおかしな文字列があちこちに見られる◦撮影―大山顕

 これ、日本人がかかわっていないとしたら逆にすごいですね。すべての階がそれなりによくできているんですが、東京の階がとくにすごい。噓が徹底されていてなにひとつ正しくない。看板も悪ノリだらけ。この提灯(図版12)には「嬉嬉として幸せ」と書かれていますが、むろんこんな提灯は日本にはない。

大山 トイレに続く廊下には松の木が生えていたり(笑)。

 そもそもカタカナもかなり噓。こういうのを日本にもつくってほしいなあ。

大山 すごく楽しいですね。

 しかし、これ、どのくらいリテラシーの高い層をターゲットに設定したのでしょうね。これの面白さがわかるのは日本人だけでしょう。ふつうのタイ人は、たんに日本というのはこういうところなのか、と誤解するだけでは。

大山 でも、たんなるミスではないですよね、これ。わざとだと思います。
ぼくがターミナル21で面白いと思ったのは、サンフランシスコも、ローマも、東京も、都市としての動線は同じなんですよ。それをグラフィックのエレメントだけで表現している。これは建築をやっているひとにとっては衝撃的ではないでしょうか。都市のイメージとは構造ではなくグラフィックにすぎないと証明してしまっているんですから。
もう少し小ネタを紹介しましょう。モールのなかは擬木だらけなんですよね。外は熱帯なので植物は山ほど生えているけれど、人間にとって快適な空調を効かせた空間では擬木にならざるを得ない。モール共和国のなかはモール性気候で、生えている植物は擬木というわけです。

[図版13]空調が完備されたモールの内部では、熱帯の植物は育たない◦撮影―大山顕

 なるほど。

大山 ここ(図版14)は、鉄道の駅とショッピングモールを結ぶペデストリアンデッキです。これのなにが面白いのかと言うと、バンコクの街中というのは街路整備ができていなくて、歩行者が歩けないんです。しかし、モールへのアプローチがつくられることで結果的に民間企業が歩行者空間を整備している。

[図版14]バンコク・スカイトレインのアソーク駅との間を結ぶペデストリアンデッキ◦撮影―大山顕

 重要な指摘ですね。日本でも道路は健常者の大人にとっては歩きやすいのだけれど、ベビーカーを押しているとてきめんに歩きにくい。子どもを育てているときに気づきました。ショッピングモールは、排除的と言われるけれど、じつはそういう社会的弱者にやさしい空間を実現している。

大山 日本の場合は、ショッピングモールの多くは工場の跡地に建てられます。これがなぜモールになるのかというと、土地を持っている企業はなるべく効率的に売却したい。細分化するとムダが出てくるので、そのまま買ってくれるところがいい。そうなると、ショッピングモールか大型マンションになる。その結果、行政が規則通りにつくった区画道路よりも、モールの内部に「理想的」な街路ができあがったりする。

 そもそも、危険な自動車をすべて駐車場に停めて、歩行者だけの遊歩空間をつくるモールは、コンパクトシティの理念をもっとも正確に実現している。逆に言えば、コンパクトシティというのは、じつは市街地全体をモールにするという発想なんですよね。

大山 ショッピングモールと商店街が対立的に捉えられるようになったのはとても不幸な図式だと思います。ラゾーナ川崎プラザのような駅前型のモールが果たす役割を考えると、従来の図式的な対立は当てはまらない。

 その点は、ぼくも大山さんも見解が一致しているところだと思います。
 

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東浩紀

一九七一年東京都生まれ。作家、思想家。株式会社ゲンロン代表取締役。『思想地図β』編集長。東京大学教養学部教養学科卒、同大学院総合文化研究科博士課程修了。一九九三年「ソルジェニーツィン試論」で批評家としてデビュー。一九九九年『存在論的、郵便的』(新潮社)で第二十一回サントリー学芸賞、二〇一〇年『クォンタム・ファミリーズ』(河出文庫)で第二十三回三島由紀夫賞を受賞。他の著書に『動物化するポストモダン』『ゲーム的リアリズムの誕生』(以上、講談社現代新書)、『一般意志2.0』(講談社)、「東浩紀アーカイブス」(河出文庫)、『クリュセの魚』(河出書房新社)、『セカイからもっと近くに』(東京創元社)など多数。また、自らが発行人となって『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』『福島第一観光地化計画』「ゲンロン」(以上、ゲンロン)なども刊行。

大山顕

一九七二年埼玉県生まれ。フォトグラファー、ライター。千葉大学工学部修士課程修了。松下電器産業(現・パナソニック)シンクタンク部門に十年間勤務後、独立してフリーに。「工場萌え」「土木萌え」などの火付け役として知られる。土木構造物の撮影を中心に、イベント・ツアー企画なども行う。著書に、二〇〇七年『工場萌え』(東京書籍)、『ジャンクション』(メディアファクトリー)、二〇〇八年『団地の見究』(東京書籍)、二〇〇九年『高架下建築』(洋泉社)など。

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