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ショッピングモールから考える

2016.02.25 公開 ポスト

第5回

日本で有効なショッピングモール的アプローチとは何か?東浩紀/大山顕

長らく、「軽薄な大衆消費の象徴」とされてきた、ショッピングモール。だが、現代の先進国では、都市空間の多くが、ショッピングモールをモデルに設計されています。いまや、「ショッピングモール」を抜きにして、人間の欲望を読み取ることも、社会の見取り図も描くこともできないのです。最終回は、『ショッピングモールから考える』から一部抜粋し、そもそも日本にショッピングモールをつくる必然性はあるのか? と根本を問います。

六本木ヒルズは、日本ならではのショッピングモールの可能性に挑戦していると対談にも登場するが……


東アジアにショッピングモールは必要か?

大山 今日、話を聞いてわかったのは、ディズニーワールドやドバイ・モールが持つ、外界から切り離されたコクーン性というのは、巨大なサイズによって担保されているということです。だから、東京では別のやり方が求められる。これは東京だけではなく、東アジアでモールが本当に成立するのかということと関係する問題です。

 根本的な話ですね。成立するかどうか以前に、そもそもモールをつくる必然性が薄いというのが今日の話。

大山 そうなんです。逆に森ビル的なアプローチは、日本やアジアにおけるショッピングモール的なものの展開可能性に挑戦しているので、そこが面白い。

 たとえば六本木ヒルズの来場者のうち、車でくるひとと電車でくるひとの比率はどのくらいなんでしょうね。

大山 なぜそこが気になるんですか?

 第二回(第2章)でも言ったけれど、車でショッピングモールに行くのと電車でショッピングモールに行くのとは、ぜんぜん違う経験だと思うんです。ディズニーワールドが空港からのアプローチを含めた演出でつくられているように、同じショッピングモールでも、そこにどういうふうにアクセスするかによって経験のあり方はまったく変わってくる。

逆に言うとそのあたりのコントロールが、日本のリゾートではまだまだ不十分なのかもしれません。日本人は、テーマパークのなかでこそ虚構を楽しむけれど、帰りはみなと同じ電車に乗り、一般市民に混じってすぐ日常に戻ってしまう。

大山 またもや脱線するようですが、ぼくはいま、お茶漬け屋さんの写真を撮っているんですよ。西船橋の実家の近くにお茶漬け屋さんがあって、子どもの頃からこれはどういうお店なんだろう、と不思議に思っていた。郊外の住宅地のなかに、「お茶漬け」や「おにぎり」と書かれた、外見は普通の家と変わらないような店が点在しているんですよ。
なぜこんな店があるのかというと、昔は都心でお父さんが飲んで帰ってきて、最寄りの駅で降りて、家に着くまでの間に立ち寄るところだったようなんです。それがいまは、都心のラーメン屋に食われてなくなりつつある。お茶漬け屋が機能していた時代は、お父さんにとって飲み会は最寄り駅のその店まで続いていたのかもしれない。でも、繁華街で締めのラーメンを食べてしまうと、そこで飲み会は完結しちゃう。

 完全な印象論ですが、昭和三〇年代や四〇年代のマンガや小説を読むと、飲み会のあと同僚を家に連れてくるような描写はたくさんある。でも、いまはないですよね。少なくともぼくはやったことない。

大山 夏目漱石の小説でも、訪ねて行ったら不在だったので、勝手に上がり込んで一時間待っていたなんて描写がありますね。

東 家という「私的」な空間と会社という「公的」な空間の関係が分離したのは、意外と最近のことかもしれません。昭和四〇年代くらいまでは、飲み会のあと同僚を家に連れていくのもまったく不自然な行動ではなかった。ではそれが急速に見られなくなったのはなぜか。通勤時間が伸びたことも関係しているだろうし、雇用形態の変化も関係しているのかもしれない。だれか研究してないかな。

大山 昔の団地には応接セットというものがありましたよね。2DKなのに、来客用の場所を用意している。

 あったあった。ぼくが四年生まで住んでいた三鷹の家にも、すごく狭いのに応接セットがあった。酒瓶を並べてミニバーみたいなものまであった。

大山 おお、本格的だ。

 実際に使われていた記憶はないんですが(笑)、それでも一応、同僚を家に呼ぶ可能性を考えた構えになっていたことはたしかですね。大人になって家を構えるとはそういうことだったんでしょう。でもいまはそんな文化はなくなっている。その変化は、テーマパークがどこまで訪問者の日常をコントロールするかという問題ともつながっている。

大山 ディズニーはテーマパークだけではなく、映画もつくっている。こちらは非日常ではなくて、まさに日常に入っていくものですよね。そこで聞きたいのは、東さんはディズニーワールドに行って、どのくらい映画世界との一貫性を感じたのかということなんです。

 『アナと雪の女王』とか大キャンペーンを展開していました。ただ、ぼくはそこまでディズニーの映画世界に深く入り込んでいるわけではないので、「あ、あのキャラがここに!」というような興奮はなかったです。ぼくのディズニーワールドでの印象をひとことで言えば、先ほどの繰り返しになるけど、ディズニーワールドというひとつの完結した世界が完璧に構築されていて、ほかのことをいっさい考えなくていい、絶対的なセキュリティの空間という感じですね。生活全体の総合プロデューサーとしてのディズニーという印象です。

日本では、コンテンツはそういうふうに受容されるものではないと思うんです。アニメにしてもゲームにしても、平凡で退屈な日常が確固たるものとしてあって、そこからしばらく離れたいときにコンテンツを消費する。ハレとケというか、コミケなんかが典型的ですね。けれどもディズニーは、日常生活にまで入り込み、すべてを虚構化しているような印象を受けました。だからディズニーショップには、ありとあらゆる生活用品がグッズとして並んでいる。それが彼らの強みなのかなと。


カリフォルニアの思想

 映画という点でいえば、ハリウッドスタジオに、「グレート・ムービー・ライド」というアトラクションがありました。三〇年代の古典から始まって、アメリカ映画の歴史をライドで回るというアトラクションです。ディズニー映画に限らず、『雨に唄えば』や『カサブランカ』の名シーンなどが再現されています。

このアトラクションを見て思ったのは、そうか、ディズニーというのはディズニーの作品だけではなく、アメリカの映像カルチャー、ポップカルチャー全体を代表する企業なのだなということです。ディズニーの歴史は、二〇世紀のアメリカの歴史そのものなんです。日本のクールジャパンはとてもこれには拮抗できない。ジブリでもガンダムでも戦後日本は代表できないでしょう。

ディズニーだけではなく、IT企業だとグーグルやアップルがそうですが、大企業がひとつの「思想」を担っていますよね。アメリカでは民間企業が一国を代表する思想を担うということが起こる。

大山 アメリカでは、グーグルやアップルのサービスや顧客管理方法が、議会で審議の対象になることがありますよね。いまでこそ当たり前のようになっていますが、ぼくはそれを見て、最初かなり違和感を持っていました。一私企業が提供するサービスが、あたかも国がつくったインフラかのように議論の対象になっている。

 グーグルやアップルが代表しているのは一種のフロンティア精神ですね。そしてそれはいまでももっともアメリカ的な精神だとされている。そこらへんに鍵があるのだと思いますが。

ディズニーワールドではすべてのパークの入口に星条旗が掲げられている。日本で遊園地の入口に日の丸が揚がっていたら、なにが起こったんだと思いますよね。エプコットには大きなアメリカ館があるし、マジックキングダムには過去の大統領が総登場するアトラクションもある。なぜアメリカでは、ポップカルチャーがかくも屈託なくナショナリズムを担うことができるのか。そしてそれが同時にグローバルでありうるのか。これは重要な問題です。

大山 ポップカルチャーはカウンターカルチャーではない、ということですね。いまの話を聞いていて、ぼくは大阪は近いところがあると思いました。大阪って、成功した商人が道を通したり、橋をかけたりしていますよね。大阪府や大阪市がやってくれるわけではない。

 なるほど。加えて鉄道も重要ですね。日本では鉄道はじつは民間主体で発展してきた。

大山 そう。だから日本でも以前は、アメリカと同じようなことがあったのではないかと思うんです。後藤新平がテーマパークをつくっていたら、そこに日本国旗が置かれていてもおかしくない。

 言われてみればそうですね。それが日本ではいつの間にか無化されて、テーマパークやショッピングモールといえば無思想の典型のようになった。百貨店も。けれどそれは歴史の忘却かもしれない。

大山 いままで見てきたように、ショッピングモールの起源は、荒野のなかにストリートを通して、理想の空間を構築しようとしたことにある。だからこそショッピングモールには理想の街のかたちが凝縮されているのだけれど、それが日本にある必然性については、もう一度問い直さないといけないですね。

 今日話さなかったこととして西海岸の問題があります。ショッピングモールが発達してきたのはアメリカ西海岸、とくにカリフォルニアです。ディズニーもカリフォルニア。アップルもカリフォルニア。これらはもしかしたら、アメリカの思想というより「カリフォルニアの思想」とでも言うべきものを体現しているのかもしれない。他方で現代的なショッピングモールは、オハイオ州のコロンバスやワシントン州のシアトルで生まれたと言われています。中西部や西海岸です。同じアメリカでも、東海岸の都市とは風土が違う。
日本は、まったく風土が違う国であるにもかかわらず、そのような西海岸的なライフスタイルをどんどん受け入れてきた。アジアにショッピングモールが根づくか、というのは、アジアとカリフォルニアの関係をどう考えるのかという「文明の生態史観」的な問題につながるのかもしれません。

※5回にわたり、ダイジェストでお届けしました。続きは、ぜひ幻冬舎新書の『ショッピングモールから考える』でお楽しみください!


『ショッピングモールから考える』目次

まえがき 大山顕 
まえがき追記 大山顕 

第1章 なぜショッピングモールなのか? 
新しいコミュニティ、新しい開放性、新しい普遍性 
モールこそがローカル 
統一された文法 
都市はグラフィックにすぎない 
ショッピングモーライゼーション 
ジョン・ジャーディの仕事 
瓦礫で回復するJヴィレッジ 
個人商店に未来はあるのか? 
ショッピングモールと物語 

第2章 内と外が逆転した新たなユートピア 
モールの本質は内装である 
首都高でワープする 
空港とモールの融合 
ディズニーランドのモール性 
東京にはストリートがない 
ビルの屋上は大地だった 
地方はバックヤード? 
「バックヤードからの視線が痛い」 
ショッピングモールとマイルドヤンキー 
モールは曲線でできている 

第3章 バックヤード・テーマパーク・未来都市 
とにかくデカいディズニーワールド 
あらゆるものがディズニーになる 
ディズニーワールドは空港から始まる 
指紋認証の電子チケット 
ニューヨーク万博とディズニーの思想 
技術がディズニーに追いついた 
モールと百貨店の違い 
ショッピングモール・イスラム起源説 
ショッピングモールを批評する 
ストリートコンセプトと田んぼコンセプト 
3月11日の経験から 
ストリートと田んぼの文明論 
東アジアにショッピングモールは必要か? 
カリフォルニアの思想 
居心地のよさをどう引き受けるか 
コンパクトシティはモールとして実現する 
写真は寝かせておく 
「あえて本物にならない」 
イスラム世界からスペインへ、そしてカリフォルニアへ 

付章 庭・オアシス・ユートピア(ゲスト:石川初)
部材としての植物 
ショッピングモール・聖書起源説 
オアシス構造と焼畑構造 
ショッピングモールはエデンを創る実験 
世界一周モールツアー 
「モールテック」を開発しよう 

あとがき 大山顕 
あとがき 東浩紀 
ゲンロン版あとがき 東浩紀 

 

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東浩紀

一九七一年東京都生まれ。作家、思想家。株式会社ゲンロン代表取締役。『思想地図β』編集長。東京大学教養学部教養学科卒、同大学院総合文化研究科博士課程修了。一九九三年「ソルジェニーツィン試論」で批評家としてデビュー。一九九九年『存在論的、郵便的』(新潮社)で第二十一回サントリー学芸賞、二〇一〇年『クォンタム・ファミリーズ』(河出文庫)で第二十三回三島由紀夫賞を受賞。他の著書に『動物化するポストモダン』『ゲーム的リアリズムの誕生』(以上、講談社現代新書)、『一般意志2.0』(講談社)、「東浩紀アーカイブス」(河出文庫)、『クリュセの魚』(河出書房新社)、『セカイからもっと近くに』(東京創元社)など多数。また、自らが発行人となって『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』『福島第一観光地化計画』「ゲンロン」(以上、ゲンロン)なども刊行。

大山顕

一九七二年埼玉県生まれ。フォトグラファー、ライター。千葉大学工学部修士課程修了。松下電器産業(現・パナソニック)シンクタンク部門に十年間勤務後、独立してフリーに。「工場萌え」「土木萌え」などの火付け役として知られる。土木構造物の撮影を中心に、イベント・ツアー企画なども行う。著書に、二〇〇七年『工場萌え』(東京書籍)、『ジャンクション』(メディアファクトリー)、二〇〇八年『団地の見究』(東京書籍)、二〇〇九年『高架下建築』(洋泉社)など。

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