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バターが買えない不都合な真実

2016.03.31 公開 ポスト

新聞のバター不足報道は誤りだ山下一仁

2014年、スーパーの棚からバターが消えました。今もなお、「バターは一人一つ」などの対応が続いています。なぜバター不足が続いているのでしょうか。農水省は、その理由を「生乳生産量が減少したから」だと説明しました。しかし、それはうわべの事情にすぎない、と元農水省の官僚で農政アナリストの山下一仁氏は指摘します。バターが買えないのは、一時的な事情ではなく、構造的に抱える問題があることを3月30日に発売された新書『バターが買えない不都合な真実』でつきとめました。本書から一部を抜粋して、酪農をめぐる利益構造と既得権益者たちの思惑に迫ります。


◆ある新聞記事への疑問

 農林水産省は、バターが足りなくなったのは、2013年に乳牛に病気が多く発生したことや、酪農家の離農等で乳牛頭数が減少していることで、生乳の生産量が減少したためだと説明している。

 これを受けて、ある報道は、バター不足の原因として、酪農家の離農問題を大きく取り上げ、離農が止まらない最大の原因は、生乳の価格が上がらず、酪農家の経営が苦しいためだと述べている。また、“内外の酪農政策に詳しい”という大学教授の意見を紹介して、牛乳の値段が上がらないのは、大手スーパーなどの買い手側が価格決定の主導権を握っており、牛乳が安売りの目玉となり、値崩れしやすいこと、アメリカやカナダでは酪農家の生産コストをカバーする政策があるのに、日本の飲用牛乳にはそのような政策がないためだとしている。つまり、我が国の酪農政策は不十分であり、もっと酪農政策を充実させて、保護を高めるべきであると主張しているのである。完全に酪農団体の代弁者としての主張である。

 これを報道したのは、大新聞であり、記事の中で引用されているのは、著名な大学に属する教授である。報道されている内容は、権威に裏打ちされ、もっともらしく聞こえる。しかし、これを信じてよいのだろうか? 少しばかり、酪農や酪農についての政策を知っている者としては、疑問に思うところが少なからずある。この章では、酪農や牛乳・乳製品についての基礎的な知識を紹介・説明しながら、この主張の誤りを指摘しよう。このような事情で、バター不足が生じているのではないからだ。

◆所得減少による離農がバター不足の原因?

 まず、酪農家の離農が強調されているが、これは今に限ったことではない。酪農家の戸数は1963年の42万戸から2000年には3万戸にまで大きく減少し、それからは微減で現在1万8千戸となっている。ここ1、2年で酪農家の戸数が急激に減少したわけではない。この10年間、酪農戸数の減少は毎年4~5%程度で安定している。戸数は減少しているが、1戸当たりが飼っている牛の数は増加しているので、全体の乳牛頭数の減少は毎年1~2%と微減である。

 そもそも、離農と生乳生産の間に関係はない。日本の酪農家戸数は50年間で40万戸から1万8千戸へ、20分の1以下に減少したが、生産量は200万トンから800万トンへ4倍に増加している。この20年間ほど、生産が減少しているのは、緑茶飲料の消費増加によって、飲用牛乳の需要が減少したからである。

 所得と離農の関係だが、酪農家の経営が極めて好調だった1990年頃や2000年頃でも酪農家の離農はあった。逆に、2006年から2008年にかけて、酪農家の所得は半分程度まで大幅に落ち込んだが、この時の離農率は他の時期と同じである。つまり、酪農家の所得と離農は、ほとんど関係ないのである。


『バターが買えない不都合な真実』には、日本の酪農業界をめぐる歴史、政策がコンパクトにまとめられています。下記の目次も参考にしつつ、ぜひお手にとってご覧ください。

目次

 ◆はじめに

第1章 消えたバターについての酪農村の主張

◆ある新聞記事への疑問
◆所得減少による離農がバター不足の原因?
◆酪農と牛肉の関係
◆好調な酪農経営
◆大手スーパーが悪者か?
◆農業保護は不十分なのか?
◆謎解きのあらまし

第2章 日本の酪農とアメリカの切れない関係

◆生乳を作る乳牛
◆酪農とエサ
◆アメリカの陰謀?
◆アメリカの倍もする日本のエサ
◆エサ米振興のワナ
◆生乳生産
◆なぜ酪農は規模拡大したのか?
◆酪農の発展と地理的な特徴

第3章 牛乳・乳製品は不思議な食品

◆牛乳
◆乳製品の種類
◆牛乳・乳製品の貿易・自給率
◆牛乳・乳製品業界が起こした事件
◆牛乳・乳製品の特質

第4章 複雑な酪農事情と政策の歴史

◆大きな農業政策のうねり
◆地主と小作の対立
◆農地改革
◆農業は援助者から被援助者へ
◆農業擁護論の欺瞞
◆弱者を利用した要求
◆農業保護のウラの事情
◆酪農政策の始まりと乳価紛争
◆酪農振興
◆激しい乳価紛争
◆酪農と乳業の複雑な関係
◆本格的な酪農振興
◆不足払い法の意図と効果
◆飲用向け乳価交渉の変化
◆学校給食用牛乳供給事業の裏側
◆不足払い制度の成果と改正
◆不足払いと各種の価格支持政策の比較
◆米の不経済学と牛乳の経済学
◆酪農だけの指定団体制度
◆用途別乳価がなぜ可能になるのか?
◆米で用途別取引が可能となる理由──汚染米事件の本質
◆生乳の用途別取引の背後に何があるのか?
◆指定団体制度は機能しているのか?

第5章 乳製品の輸入制度はこうしてできあがった

◆農産物12品目問題
◆日本の農産物関税システムの成り立ち
◆ウルグァイ・ラウンドで得をした乳製品
◆乳製品の国家貿易はなぜ維持できたか?
◆意外な乳製品の関税化
◆TPP交渉

第6章 さあ、謎解きです──バターが消えた本当の理由

◆メディアが犯したバター不足分析の間違い
◆バター不足における生乳と脱脂粉乳の関係
◆なぜバターは輸入されないのか?
◆バター不足と自民党政権

第7章 日本の酪農に明日はあるか?

◆やってはいけないTPP対策
◆畜産を保護する理由はあるのか?
◆2兆5千億円を無駄にした牛肉自由化対策
◆国内対策で誰が利益を受けるのか?
◆TPPに便乗した酪農政策の改変
◆酪農の将来ビジョン
◆限界にきた日本の農政
◆次の農業政策

 ◆おわりに

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山下一仁

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。経済産業研究所上席研究員。一九五五年岡山県生まれ。東京大学法学部卒業。同博士(農学)。一九七七年農水省入省。同省ガット室長、農村振興局次長などを経て、二〇〇八年四月より経済産業研究所上席研究員。二〇一〇年四月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『日本の農業を破壊したのは誰か―「農業立国」に舵を切れ』(講談社)、『企業の知恵で農業革新に挑む! ―農協・減反・農地法を解体して新ビジネス創造』(ダイヤモンド社)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『環境と貿易』(日本評論社)、『農協解体』(宝島社)、『農業ビッグバンの経済学』『日本農業は世界に勝てる』(日本経済新聞出版社)などがある。

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