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この俺もようやく本気になれるぜ、ビジネス書

2016.04.02 公開 ポスト

超ロングセラー『男の作法』でどこに出ても恥ずかしくない男になるコグマ部長

ビールのお酌から鮨屋での振る舞いまで男の素養が満載

 まだ肌寒かったのは覚えている。四ツ谷駅近くの土手に適当な場所を見つけ、ブルーシートを広げると新入社員のコグマは先輩たちが来るのを待っていた。周りでは近所の上智大のラクロスだかなんだかのサークルが楽しそうに飲んでいた。

 つい、この前まではあんな学生の一人だったんだよな……。社会人になってまだ1,2週間だったが、ずいぶん時間が経った気がして学生たちの騒ぎが羨ましくてならなかった。こっちは仕事。しかもまだ先輩たちは来ない。コンビニおでんを肴に先に1本だけ飲もうと500mlの缶ビールを開けたところで手が滑り、シートのど真ん中におでんもビールもぶちまけた。近くのごみ箱から汚れた新聞を取ってきて、あわてて拭くことくらいしかできなかったところへ、ガヤガヤと先輩たち登場。(やばい、まだ湿ってんのにな……)。あの日、コグマは先輩たちにお酌をするという作戦でブルーシートには座らず、その周囲を歩きまわっていた本当の理由をみんなは知らない。思えばあの頃から今までずっとその場しのぎで人生をかいくぐってきた。24年前の4月の出来事だ。

 

 今年も街中に新入社員の姿が目立つ季節になった。あの頃のコグマよりは皆しっかり見える。コグマは社会人になって最初のゴールデンウイークで後輩と飲んで、「いいなぁ、学生は気楽で……」なんて偉そうに言っていた。タイムマシンがあれば、あの日の戻って自分に飛び蹴りしたい。

 そんな新入社員におくる1冊を紹介しよう。「男の作法」(池波正太郎 新潮文庫)。言わずと知れた昭和の大作家によるエッセイだ。発売から30年を過ぎてもまだ売れている超ロングセラーだ。なんとも大上段に構えたタイトルだが、池波正太郎が言うならいいだろう。

「忸怩(じくじ)たるおもいがするのは『男の作法』というタイトルだ。私は、他人(ひと)に作法を説けるような男ではない。……(略)……どうか、年寄りの戯言(たわごと)とおもわれ、読んでいただきたい。」(『文庫版の再刊について』より)

 と謙遜するが、今に通じる教えの数々。まったく古くないし、社会人であれば読んでおいて損はない。ましてや新社会人であればなおのことだ。

 食通で知られた池波氏だけに食べ物に関するアドバイスが多い。冒頭からふるっている。「鮨屋へ行ったときはシャリだなんて言わないで普通に「ゴハン」と言えばいいんですよ」。醤油をムラサキ、お茶をアガリなどというのは鮨屋仲間の隠語なのだから客は使うなという。これは本当に多い。「大将、アガリちょーだい」とか言ってるオヤジは軽蔑していいのだ。ちゃんとした店は通ぶる客を軽蔑する。鮨を置いたままグダグダしているのもよくない。話すことがあれば、食べてからよそへ行けばいい。

 てんぷら屋には「腹を空かして行って、親の敵(かたき)にでもあったように揚げるそばからかぶりつくようにして」食べること。揚げてすぐに食べないんだったら、そもそもてんぷら屋に行ってはダメだ。鮨もてんぷらも料理がメインなのだから、酒は2本(おそらく2合)まで。料理の味がわからなくなるから、アルコールをたくさん飲むなと戒める。

 わさびは醤油に溶かさずに刺身にちょっとだけつけるとか、うなぎ屋では漬物で酒を飲みながら焼き上がりをゆっくりと待つのが作法などなど、粋というかかっこいいというかそんな教えのオンパレードだ。堅苦しいことを言っているのではない。要は飯を食うなら腹をすかして、出されたものはとっとと食えということ。それがいちばんの礼儀であり、美味しい食べ方だと言っているのだ。

 若いときはなかなか寿司、天ぷら、うなぎなど勘定も心配で行けないだろう。でも、文豪はこういう。「若いときはお金がないこともあるだろうがつまらないところに毎日行くよりも、そのお金を貯めておいて、いい店を一つずつ、たとえ半年ごとでもいいから覚えて行くということが自分の身になるんですよ」と。腹が満たされればいいというだけでは、何も身につかない。少しずつ実践してみてはどうだろうか。

 え、初めての店に1人で入るのは敷居が高い? そんなときはこんな風にするのがいいとある。例えば鮨屋に行く場合①あとから常連が来ることも考えてカウンターではなくまず一番隅のテーブルに座る。②「一通り握ってください」と言う。いっしょに酒も飲みたかったら「お酒とつまみを少しください」と。それで食べてうまかったらまた行く。3回も行けば、店にも顔を覚えてもらえるはずだ。

 他にもビールの飲み方はまさに正論。注ぎ足すのは愚の骨頂で、最初の一杯だけはお酌しあうにしても、あとは自分が一気に飲める分だけをその都度注ぐ。休みのときには本を読む、映画を観る、旅行に行くなど自分に投資することを勧める。そして万年筆。高級時計よりも高級万年筆を持てという。その万年筆で手紙を書くのもいいだろう。手紙は「話しているように書けばいい。(中略)気持ちを率直に出すこと。あくまでも相手に対面しているつもりで」。社会人になったら手紙は万年筆で書いてみよう。

 コグマは新入社員の時にこの本を先輩からもらって読んだ。だが、特に行きつけの店も、ましてや高級な店にも縁遠いまま48歳になろうとしている。だからこの本に書いてあるような世界を知らなくていい、読まなくてもよかったとは思わない。なんとなく自分の教養というか素養というか、その深みを増してくれた気がするのだ。

 この春に新しい一歩踏み出した人へこの1冊を送る。そして自分もまた読み返し、あの頃の気持ちを味わうことにしよう。

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