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男という名の絶望

2016.04.26 公開 ポスト

妻の「婚外恋愛」に騙されたフリをする夫の本音……奥田祥子

 会社ではリストラに脅え、家庭では「夫」として妻との関係に疲弊し、「父」としての居場所を失う。そして、「息子」として母親の呪縛にも苦しめられる……。「仕事」という大事なファクターにヒビが入った時、男の人生は瞬く間に崩壊の道へと向かってしまう──。男であるがゆえの苦しみ、『男であること』とはいったいなんなのだろうか?

 今回、幻冬舎新書『男という名の絶望 病としての夫・父・息子』(奥田祥子・著)では、そんな市井の男たちの実情を最新ルポとして明らかにしています。

 その衝撃の内容を本書から一部を抜粋して紹介いたします。

*  *  *

男は「家庭で騙されるのがいい」

 “婚外恋愛”に夢中になる女性たちへの取材を契機に、何としても、そんな妻に対して何も「できない」男たちの心理と環境的要因に迫りたいと思った。だが、言葉は悪いが、「やっている」妻は、女性という特性もあってか、「ここだけの話」としながらも、「匿名だったら何でも話しますよ」と取材に乗り気だったのに比べ、「やられている」夫へのインタビューは思いのほか難航した。当事者には想像した以上に容易にたどり着くのだが、取材交渉に入ると即断られる、の連続。半ば諦めかけていた時に遭遇したのが、建設会社に勤める加藤雄一郎さん(仮名、四十四歳)だった。

 加藤さんは、不採算事業からの撤退で課長を務めていた部署ごとリストラ対象となり、他部署の課長をグループ会社の中小企業に転籍させる代わりに、そこの課長ポストに横滑りした。人事権を握る役員の女性社員へのセクハラ(セクシャル・ハラスメント)をネタに。

「男は会社で騙し、家庭で騙されるのがいいんですよ。あっ、具体的にいうと、嫁さんが浮気をしていましてね……騙されているフリをしている、ということですけどね。仮面夫婦の成れの果てがこれ、ってことですよ」

 都心の職場近くでの取材の別れ際、加藤さんが苦々しげにつぶやいた言葉が、鋭く私の胸に突き刺さった。その場はそこまでにして、メールを数回交わした後、本章のテーマでの取材を切り出すと、意外にもすんなり了承してくれた。

 自宅は、約十年前に二十年ローンで購入した東京湾岸地域にそびえ立つタワーマンション。そこから数分歩いた場所にあるファミリーレストランに休日の昼過ぎ、ポロシャツにジーンズ姿の加藤さんは、軽快な足取りで現れた。仕事でも家庭でも疲れているはずなのに、取材では一切ネガティブな表情を見せない。常にマイペース、前のめりで話を進めてゆく。

 東京の中堅私立大学を卒業後、建設会社に就職。合コンで出会った女性と三十三歳で結婚し、妻は当時勤めていた医療機器メーカーを退社。二人の女の子をもうけ、三十六歳で課長職に就くなど、周りから見れば順風満帆の人生だった。

 ところが、課長ポストを手にした翌年、リーマン・ショックを機に、職場環境は大きく変化する。会社の事業規模は次第に縮小し、ついに加藤さんの所属する部署の社員は、部長を除いてほとんどが、待遇の悪い畑違いの閑職への配置転換か、退職勧奨を受ける。そこで、リストラ対象となった加藤さんは「騙し」の一手に出るのだ。良心の呵責に苛まれながらも、「仕事のプライドを守り、それが家族のためにもなったと思っていた」彼を待ち受けていたのは、家には寝に帰るだけで週末も出勤する夫に対し、就学前の子ども二人を抱えて日増しに不満を募らせていた妻からの、本人にとってはいわれのない攻撃だった。

「不況でも俺の稼ぎだけで食えていることに感謝せず、仕事でくたくたになって帰ってくる俺を気遣うこともなく、『家庭のことをもっと考えて』『私がどれだけ大変だと思ってるのよ』なんて、非難の“マシンガントーク”ですよ。もううんざり! 顔を見るのも嫌気が差して、俺が嫁さんに話し掛けることはほとんど無くなりましたね」

「会話が無いということは……そのー、失礼ですけれど、夜のほうも……」

「ああ、もちろん、ずっとセックスレスですよ。まず母親になって、嫁さんのことを『女』として見られなくなった。それからさっき言ったもめ事で、全く気持ちが離れてしまったから。それに……女性の奥田さんに言うのも何ですけど、男もこの年になって心身ともに疲れ果てていたら、性欲もだんだん落ちてくるもんなんですよ。一ヵ月に一度ぐらいかな、家族が寝静まった深夜、リビングの片隅で処理してます。でもそれもなんか情けなくて、ちょっとだけ風俗に通ったことはありましたけどね」

「…………」そこまでは尋ねていない、妻とのセックスレス男性の生々しい現状報告に呆気にとられていた、その時、だった。

「それでね。嫁よ、何か、ほかのことに気を向けてくれよ……ハハッ、ちょうどそう思っていた時だったんですよ……」

 努めて笑い飛ばそうとはしているものの、それまで明るかった表情がこころなしか曇ったのを、私は見逃さなかった。聞くなら今だ──。

「その時、奥さんの異変に気づいたのですか?」

 この質問が、リズミカルな口調を瞬く間に崩した。視線を外し、しばらく唇をかみ締めてから、加藤さんはややトーンを低めた声、速度を落とした話し方で、思いもよらぬ告白を始めた。

*  *  *

 妻の異変(浮気)に気づいた加藤さんの衝撃の告白とは!? そして、二人が選択した夫婦のカタチとは……。

 次回、《事例3》「〈介護〉という、明日が見えない生活は突然にやってくる」は5月3日(火)更新予定です。

奥田祥子『男という名の絶望 病としての夫・父・息子』

現代社会において男性を取り巻く環境は凄まじい勢いで変化し、男たちを追い込んでいる。理不尽なリストラ、妻の不貞、実母の介護、DV被害……彼らはこれらの問題に直面して葛藤し、「男であること」に呪縛され、孤独に苦しんでいる。そのつらさや脅えは〈病〉と呼んでも過言ではない。「男であること」とはいったいなんなのか? 市井の人々を追跡取材するジャーナリストが、絶望の淵に立たされた男たちの現状を考察し、〈病〉を克服するための処方箋を提案する最新ルポ。

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男という名の絶望

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奥田祥子

ジャーナリスト。京都市生まれ。米・ニューヨーク大学文理大学院修士課程修了後、新聞社入社。男女の生き方や医療・福祉、家族、労働問題などをテーマに、市井の人々への取材を続けている。所属部署のリストラを機に個人活動を始めた。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程所定単位取得退学。「Media Influence Over the Transformation of Stigma Toward Depression in Japan」「Pharmaceuticalization and Biomedicalization: An Examination of Problems Relating to Depression in Japan」(米学術誌『Sociology Study』に掲載)ほか、学術論文も発表している。著書に『男性漂流―男たちは何におびえているか』(講談社)、『男はつらいらしい』(新潮社)、共訳書に『ジャーナリズム用語事典』(国書刊行会)などがある。

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