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清水ミチコ×酒井順子 リレーエッセイ「芸」と「能」

2013.03.01 公開 ポスト

第1回 酒井順子

「八代亜紀」酒井順子

 

 酒井順子&清水ミチコの二人の“芸"達者が、付かず離れず、自由自在に「芸能」を掘る、掛け合いエッセイ『芸と能』が10/22(木)に発売となります。ユーミン、紅白、モノマネ、歌舞伎、ディズニーランド、ハロウィン、タモリ、森光子……などなど、超もりだくさん。「芸能」のあれこれを酒井順子と清水ミチコが縦横無尽に語りまくります。 
今回は、リレーエッセイのそれぞれ第一回目を公開。笑って深いエッセイを、どうぞお楽しみください。



 

 清水ミチコ様

 人生において紅白歌合戦を見逃したことが無い私ですが、紅白を見ながらもいつも気になっているのは、「清水ミチコさんは、今年の紅白をどう見ておられるのか?」ということなのです。今までも、数々の紅白ソングを名モノマネに仕上げてこられた清水さん。紅白ならではの、際立って個性的な歌や歌手が登場すると、清水さんが「キター!」と思っておられるのではないかと、気になってしょうがありません。

 二○一二年末の紅白における出色のプログラムは、やはり美輪明宏さんの「ヨイトマケの歌」でありました。深閑としたステージで、美輪さんが魂を込めて歌う姿を見つつ、私の脳裏には清水さんが歌う「ヨイトマケの歌」が響いてきて、つい笑みが……。

 という風にも楽しむことができた紅白でありましたが、今回の紅白に対しては、否、ここ十年ばかりの紅白に対しては、一つ大きな不満があるのです。それは、「八代亜紀が出ていない」ということ。八代亜紀さんは、二○○一年の紅白を最後に出演していないのですが、今回は小林幸子さんの落選に伴って八代さんが復活するのではとささやかれ、私はおおいに楽しみにしていました。

 それというのも、四十歳を過ぎた頃から、八代亜紀さんの声が急激に私の心に沁みるようになったから。きっかけは、寅さんシリーズ最終作の後に出た「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」を見た時のこと。その主題歌を、既に死去していた渥美清さんの代わりに、八代さんが歌っていたのです。

「ふんと〜う努力の甲斐もなく……」

 といったおなじみの詞が、八代亜紀のハスキーボイスで響いた瞬間、私のハートはわしづかみに。そうして八代亜紀および演歌に、私は目覚めたのです。

 開眼後、葛飾は亀有駅前のホールで八代亜紀コンサートが開かれるというので、早速行ってみることにしました。ロビーには、亜紀ちゃんが描いた絵が展示してあって、独自なムード。ステージ上の亜紀ちゃん(知り合いではないのですが、つい亜紀ちゃんと呼びたくなる愛らしさなのです)の衣装も、絵の世界に通じるところがありました。 

 が、歌はやはり素晴らしかった。外は豪雨で、

「こんな日は歌いにくいのよネ〜」

 と言いながらも、「雨雨ふれふれもっとふれ」と、「雨の慕情」。そしてもちろん、「舟唄」。昭和のヒット曲が胸を打つ。亀有という土地がまた、演歌を聞くのに適していました。

 二○一二年には、小西康陽さんがプロデュースしたジャズアルバム「夜のアルバム」がリリースされ、ブルーノート東京において、一夜限りのジャズライブが開催されることに。私も必死にe+の先行予約にてチケットを入手し、行ってきました青山へ。

 亀有のホールとは全く客層の違う、ブルーノート。洒落た大人達が、一杯飲みながら開演を待っています。そこに登場した亜紀ちゃんも、亀有で着ていたドレスとは全く違う、シックな黒の衣装。

 一曲目は、「サマータイム」。ジャズのことはほとんど知らない私ですが、この歌い出しを聞いた瞬間、背筋がぞくぞくっとしました。もちろん、寒いわけではありません。感動のあまり、背中の産毛が逆立ったのです。

 亜紀ちゃんは子供の頃からジャズを聞き、当初は銀座などのクラブでジャズを歌っていたそうで、いわばジャズはふるさとのようなもの。「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」、「五木の子守唄」からの「いそしぎ」、といった歌の数々であっという間に時は過ぎ、アンコールで歌われたのは「舟唄」のジャズバージョン! ヒット歌謡の求心力というのは圧倒的で、会場は一気にヒートアップ、そして私は感動のあまり、思わず目頭が熱く……。八代亜紀と「夜」との好相性に、どっぷりと浸ったライブでした。

 そんなわけで八代熱にすっかりのぼせた私は、「今年の紅白出場、間違いなし」と確信しつつ年末を迎えたのに、あえなく落選。その枠を取ったと思われる由紀さおりさんを眺めつつ、「来年こそは!」と思ったのです。

 今年も、早々に亜紀ちゃんのライブに行って参りました。今回もまた、「一夜限りのプラチナライブ」と銘打たれており、場所は目黒。ジャズの影響か、若いカップルや外国人もいて、やはり亀有とは全く違う客層です。やはり演歌は封印し、ジャズの他には「アメイジング・グレイス」なども。日本のソウルを表現する声は、海外のソウルを歌うこともできることを、再確認しました。

 コンサートが終了した後、すっかり感じ入った私の口から出て来たのは、亜紀ちゃんのトークの物真似でした。普段テレビで八代亜紀のトークを耳にする機会は少ないかと思いますが、彼女は実に可愛らしい話し方をするのです。赤ん坊に話しかけるお母さんと、ヤクザに入れあげる情婦を足して二で割ったような、何とも甘い、とろける滑舌。……なのですが、これを真似したくてもできない自分がもどかしい。

 来年の紅白こそ、八代亜紀の歌を、そしてトークを。……と秘かに願いつつ、そして亜紀ちゃんの物真似の鍛錬もしつつ、目黒の坂を下っていった私だったのでした。

酒井順子

次回、清水ミチコさんのリレー記事第一回目「芸」と「人」はこちら

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清水ミチコ×酒井順子 リレーエッセイ「芸」と「能」

会ったことは一度しかないけど、お互い気になる存在の、清水ミチコさんと酒井順子さん。ライブ、テレビ、舞台、伝統芸能、映画……、お互い大好きな「芸能」について語る、縦横無尽なリレーエッセイ。

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酒井順子

東京都生まれ。エッセイスト。著書に『この年齢だった』『下に見る人』『もう、忘れたの?』などがある。「週刊現代」「小説新潮」「別冊文藝春秋」「週刊文春」などで、幅広く執筆中。近著に『泡沫日記』(集英社)、『そんなに、変わった?』(講談社)、『ユーミンの罪』(講談社現代新書)、『地震と独身』(新潮社)など。最新刊は『オリーブの罠』(講談社現代新書)。

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