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実録ノンフィクション漫談 全国なにコラ珍百景

2016.05.05 公開 ポスト

兵庫県・加古川市

場末のハンバーガーショップの話コラアゲンはいごうまん

 神戸から岡山方面に向けて電車で1時間ほど。兵庫県加古川市内に、地元の人なら誰もが知っている迷店があります。その名も「ピープル」。

 蔦まみれのこの建物、決して廃屋ではありません。こう見えて「ピープル」は、ハンバーガーショップなんです。地元の人によれば、こんな珍妙なお店なのに、みんなが子供のころからずっと営業していて、決して潰れない。なんとも不思議なお店なんです。

 もちろん個人営業のお店なので、ハンバーガーショップとはいえ、フランチャイズ展開されているわけではありません。それなのに、なぜか看板には「ピープル・加古川店」の文字が……。他のピープルは、どこにあんねん……。

 このピープル、御夫婦で経営されているお店なんですが、営業時間は昼の11時半~深夜3時まで。家族経営なのに、なんでこんな遅くまでやってるんでしょうか。

 つまりいわゆるチェーン店のハンバーガーショップとは、一線を画する要素だらけなんです。

 中に入ると、手書きのメニュー表がズラリと貼られています。近づいてそのメニューをじっくり見ると、白い紙の裏の「広告の品」という文字がうっすら透けている……。どうやら、新聞の折り込みチラシの裏面を利用したメニューなんです。

 ピープルには「げんきくん」という名物メニューがあると聞いていたので、さっそく注文してみました。

 すると出てきたのが、半分に切った茹で卵。上にはマヨネーズが乗っています。これが名物メニュー? ただの卵やん……。まあ、それはよしとしましょう。でも、金額を確かめようと思ってあらためてメニューを見ると、そこには「きんげくん」と書かれているではないですか。そしてその横に小さな文字で「まちがい」とフォローの文字も……。名物メニューなのに、名前を書き間違えてるんです。

 

 ちなみに「げんきくん」には、上級ランクが存在します。カラシを追加すると「スーパーげんきくん」にグレードアップするのです。ちなみに価格は50円でした。

 フライドポテトにも、不思議な表示を見つけました。

大もり(あげたて)300円
大(あげたて)200円
小 130円

 不思議に思った僕は、お母さんに聞きました。

「お母さん、フライドポテトの『大もり』と『大』の違いは何なんですか?」

「大は大で、大もりはもっと大なのよ」

 ツッコミどころはそれだけではありません。「大もり」と「大」には赤字で(あげたて)と書いてあるのに、なぜ「小」にだけ書かれていないのか。

「お母さん、『小』は揚げたてじゃないの?」

 邪魔くさそうに、それでも大衆食堂の女将さんって言葉がピッタリのお母さんは答えてくれた。

「ああ、ある物をまとめて、しのいでいるのよ……。私はちゃんとその都度揚げるけど、旦那は邪魔臭がってねえ」

 一見さんの僕にまで内情を暴露してくれるお母さんに、がぜん興味をそそられました。

 さらに、このお店のメニューにはソフトクリームもあるんですが、そこにはこんなセールスポイントが添えられているんです。

“毎日食べても太らない”

 ホンマかあ? そう思ったので、おばちゃんを呼び止めて尋ねると、彼女は自信満々に言いました。

「太るよ」

「は? なんでそんなこと言うんですか」

「あんたが聞くから答えただけよ。毎日食べたら太るに決まっているじゃないの」

「だったら何でメニューに太らないって書いちゃったんですか?」

「なんでも!」

 さて、先ほど、深夜3時まで営業していると書きましたが、さらに驚いたのは、その後に書き足された但し書きでした。

“お客様の都合により延長あり”

 不思議で仕方がない……。店の都合で閉店時間が早まることがある、といいう但し書きはときどき目にします。また、長居する客の所為で、やむなく閉店時間がずれ込むこともあるでしょう。しかし、はなから客の都合で時間を延長します、と謳っている店なんて聞いたことがありません。

 しかし、このピープル。メニューをよくよく見てみると「100円シリーズ」というのがありまして、

マヨネバーガー 100円
ハンバーガー 100円
ソースバーガー 100円
ミックスバーガー 100円

 どれもこれも、100円。とにかく安いんです。しかし、これまた不思議なことだらけ。

 オーソドックスなハンバーガーよりも、なぜかマヨネバーガーなる謎の品が先に記されているし、何かがプラスされているはずのミックスバーガーが、なぜシンプルなハンバーガーと同じ100円なのか。なんでなんや……。

 他のメニューを見ると、ちょっと高いハンバーガーでも150円。まあとにかく、めちゃくちゃ安いのは間違いありません。

 まずはと思い、オーソドックスな100円のハンバーガーを注文してみました。味に関して言えば――正直、普通としか表現できません。不味くもないし、それほど旨いと言うこともない。コストパフォーマンスを考えれば、十二分に満足は出来ますが、まったく普通の味でした……。

 

 お客さんが少なくなるのを見計らって、お店を始めたきっかけをお母さんに尋ねてみました。

 お母さんいわく、そもそもはサラリーマンだったお父さんが、子供を育てるために収入アップを目論んで、脱サラしようと思ったのがきっかけだったそうで――。

 話は45年前に遡ります。

 さて、どんな商売を始めようか……。なんとなしにテレビを見ていたら、ちょうど銀座の三越に、マクドナルドが一号店を開店したというニュースが流れていたそうです。なんでも、連日長蛇の列ができているという。

「これだ! これからはハンバーガーの時代が来る」

 そう思ったお父さん。知り合いや伝手を辿って、ハンバーガーの作り方をいろいろ調べたそうです。

 そして、いざ開店準備にかかると、ある大手ハンバーガーチェーン店から、フランチャイズ契約をしませんかと持ちかけられました。開店資金や、経営のノウハウのことを考えれば、渡りに船のはず。でもお父さんはその申し出を断ったのです。

「フランチャイズの契約料を支払うために、その分の価格を上乗せしてお客さんに提供しなくちゃいけなくなるやないか」

 今では信じられないことですが、昭和46年当時、ハンバーガーは高級食品だったのです。そのことが、お父さんには納得できなかった。低価格にして、気軽にお客さんに食べてもらいたい。

 お父さんがそう思うには、理由がありました。かつて自分の父親の会社が倒産して、行きたい学校にも行けなかったそうです。働いた給料は家に入れ、食べる物、お金に苦労した人だったんです。

 だから、少しでも安く美味しいものを! それがお父さんの信念なのです。

 ここ加古川にハンバーガーショップ『ピープル』を開いて45年。開店当時から、なんと一度も価格改定していないのだそうです。

 ピープルのすごいところはまだあります。なんと休みは元旦一日のみ。70歳を超えた、お父さんとお母さんが、たった二人で年間364日、店を開けているのです。心配になって訊ねました。

「お母さん、そんなに働いて、体は大丈夫なんですか?」

「まあねえ……学生の頃から来てくれてた女の子たちが、母親になって、子供を連れて来てくれたりするのが嬉しくてねえ」

 そういうお客さんはみな、自分が学校帰りに食べていた思い出のハンバーガーを息子に食べさせながら、決まってこう言うそうです。

「どうや、不味いやろ!」

「まあ、そんな一言多い奴ばっかりやけど、顔見せてくれるのが嬉しいんよ。商売人冥利に尽きる」

 嬉しそうに語ってくれたお父さんのその顔――。

「45年、ずっとこの価格でやってきたけど、消費税が導入されて、その消費税もどんどん上がるし、正直いっぱいいっぱいで苦しい。でも、孫を連れて、三世代で食べに来てくれるお客さんも居てる。そんな常連さんのおかげで、私ら老夫婦二人が食べるだけなら、今のままでも何とかなるしねえ」

 お金儲けじゃないんです。懐かしんで来てくれる客さんとの繋がりが、老夫婦がお店を続ける理由なんです。

 そんなご夫婦を見ていると、自分にも少し重なることがあります。

 今、自己負担で全国を回っている僕が、関西でライブをさせていただくときがあります。その主催者のほとんどは、僕が関西で芸人をやっていた頃に応援してくれていた、中学生・高校生だったファンの人達なんです。彼らが社会人になって、一生懸命稼いだ大切なお金で場所を確保し、お客さんを集めてくれています。僕がいつ関西に帰っても、語れる場所を残しておいてあげたい、そんな思いで、お笑いライブを主催してくれているのです。

 メディアから見放された僕がいまだに芸人を続けられるのは、こんな人達の応援があるからなんです。

「下積みって言うのは絶対人生の糧になるから、頑張りや。気休めに、絶対売れるなんておばちゃんには言えんけど……。売れようが売れまいが、あんたはやらなあかん。あんたはコレしかないっものを持ってる人やと思う。頑張りや」

 おばちゃん、そう言って僕の手を引っ張り厨房の奥へ招き入れてくれました。そして、壁に貼られた一枚の紙を見せてくれたんです。

“この道より、我生かす道なし、我この道を行く”

 その黄ばんだ紙には、そう書かれてありました。

「私たちもこうやって生きてきたんや。その道が谷底に向かっているとわかっていても行くんやで」

 おばちゃん、にこっと笑ってそう言いました。

 こんなにインパクトの強い「ピープル」だから、テレビや雑誌にもさんざん取り上げられているはず。そう思って聞いてみたら、これまで数多取材の依頼はあったけれど、お店のお父さん、一度も応じたことはなかったそうです。

「新聞やテレビに取り上げられたら、客は増えるかもしれん。でも、今までうちの店を愛して来てくれていたお客さんに、迷惑がかかる」

 加古川出身の女優、上野樹里さんの思い出の店として紹介するために、あの、「情熱大陸」のスタッフが取材に来た時も、情熱大陸以上の情熱で、取材班を追い返したらしいんです。

 そんな取材拒否の店にもかかわらず――おばちゃん、こう言ってくれたのです。

「あんた、この話、語りたいんやろ。ええよ、あんたやったらええわ、喋りぃ……写真かて、何ぼ撮ってもかまへん。見たまんまの店や」

 そのお言葉に甘えて店内の写真を撮っていると、おばちゃんがお土産にフライドポテトを持たせてくれました。めちゃめちゃ感激しました。でも、これだけは一応確認はしておかないと……。

「お母さん、コレ――いつ揚げました?」

「しのいでない! ちゃんと今揚げたッ!」

 その翌日の夜。どうしても確認したいことがあって、もう一度ピープルを訪ねました。

 それは、普通のハンバーガーと同じ価格の、ミックスバーガーのことです。なぜ、ミックスバーガーが、普通のハンバーガーと同じ価格なのか?

 満を持しておばちゃんに注文すると、出てきたのは、パッと見、昨日食べたハンバーガーとまったく変わりがありません。しかし、そのバンズを剥がして驚きました。

 バンズの中に隠されていたのは、半分に切ったハンバーグと、半分に切った茹で卵だったんです!

 ハーフ&ハーフ? 恐るべしピープル……。そら、情熱大陸もクソ喰らえです。

 答えは分かりきっていましたが、あえておばちゃんに聞きました。

「お母さん、どうして半分ずつなの?」

「なんでも!」

 加古川にお越しの際は、ぜひピープルのミックスバーガーを味わってください。

 

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コラアゲンはいごうまん

1969年9月29日、京都府生まれ。演出家から出される様々なテーマ〈宗教/宇宙/インド/刺青/家庭教師etc…〉に、たった一人で挑み、調査し、体験した出会いやエピソードをベタな大阪漫談スタイルで講話する、ノンフィクションスタンドアップコメディアン。実話だから説得力のある体験談の壮絶さで、観客に爆笑と感動を与える。毎年行っている全国行脚ライブ「僕の細道」ツアーでは、限られた時間で必死にその土地を取材し、ライブで語り、各地で好評を得ている。

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