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実録ノンフィクション漫談 全国なにコラ珍百景

2016.05.12 公開 ポスト

大阪府・大阪市

泣く子もだまる小杉部長の話コラアゲンはいごうまん

 さわらぬ神に祟りなし――。今回は、展開が少ない割に、取材に時間がかかった、せつない案件です。

 地元大阪のライブで親しくなった友達のサダちゃんから、ある日仕事の相談を受けました。

 セクハラ、パワハラ、モラハラ、マタハラ……。職場の問題はいろいろなところで話題になりがちですが、彼の悩みは、その職場の人間関係でした。

 サダちゃんは、大阪で医療関係の不動産を扱う、その業界では大手の会社で働いています。

 そんな彼の直属の上司が、「小杉部長」(仮名)という方で、メチャクチャ、怖い人なんだそうです。

 怒りの炎にひとたび火が付くと、洒落にならないレベルの怒号と暴れっぷりで、数々の伝説を残している方だそうで――。

 まずは、武勇伝の一つ、「扇風機事件」をご紹介します。

 社内の別の部署の社員が、何の相談もなく小杉部長の部下のA君を使った時のこと。

 オフィスの廊下に響くズカズカという足音を聞いて、サダちゃんは思ったそうです。

「アカン、キレてはる……」

 ドアを蹴破るようにして入ってきた小杉部長の形相を見て、なごやかだったオフィスは一瞬にして凍りついた。

 身構えたのはある課長。何か心当たりがあったのでしょう。弁解の言葉を発しようとした瞬間、小杉部長の怒号が静寂をぶち破った。

 

「コラァ~、おのれかァ~、ワシに許可なく部下を使こうたんは! 借りるんやったら筋通さんかいっワレッ! あのガキはウチとこの若い衆じゃ、あいつにはあいつの仕事があるんじゃ! 勝手に使うなこのボケッ! いてまうぞコラ~ッ!」

 ぶち切れた小杉部長、そばにあった扇風機をつかむとコンセントを引き千切り、義理を欠いた課長を追いかけ回し、あげくの果てに、課長めがけて扇風機を投げつけました。数日後、ビルの粗大ごみ置き場には、だらりと首が垂れ下がった、憐れな扇風機の姿があったそうです。

 

 次は、社外で起きた、「病院事件」。

 ある病院から、事業拡大のための新規物件の相談を受けた小杉部長。商談のために、何度も先方の病院を訪れましたが、ある日、何の説明もなしに、一方的に断りを突き付けられたそうです。実はその病院の担当者は、他社への譲歩を引き出すために、小杉部長を利用しただけだったのです。

 初めから話をまとめるつもりのない案件なのに、何度も呼び出して無理な条件を提示し続け、あげく呼びつけた最後の席で、無礼な扱い――。

「馬鹿にすなッ! コラァ~!」

 ぶち切れた小杉部長、病院内の全ての机をひっくり返して大暴れ。さらに、駆けつけた三人の警察官にも臆することなく、こう言い放ちました。

「邪魔すなッ! 警察には関係ないんじゃ! ワシはこの病院とサシで話しとんじゃ、警察が民事に介入すなッ!」

 結局、警察官は、三人ではとても対処しきれず、新たに応援を呼んだそうです。

 

 こう書くとただの乱暴者に思われそうですが、決して悪い人ではありません。「扇風機事件」も、あくまで自分の部下に余計な負担を強いたことに怒ったのであって、好意的に見れば部下思いの上司と言えなくもありません。「病院事件」も、ビジネスとしてはありえない先方のやり方に、自分の筋を通そうとしただけです。

 ただ、その筋が少しでもねじ曲げられると、どうしても許せない。そんな性分の方なようです。

 しかし、社会生活を円滑に過ごそうと思ったら、何もそこまで怒らなくてもいいのではないか。

 サダちゃんは、それが不思議でならないようなのです。

「コラアゲンさん……どうしてそんなにキレるのか、小杉部長に直接聞いてくれません?」

「いやいや、無理やろ!」

 これだけの武勇伝を聞かせた後で、しれっと言うサダちゃんの気がしれません。

「そう言わずに、お願いしますよ~。どう小杉部長と接して行けばいいか、ホントにわからなくて。ここまでは安全だというセーフティー・ゾーンを知っておかないと、怖くて働けないんです」

 返事を渋っていると、

「ネタにもなるじゃないですか」

 芸人にとっての、殺し文句が出ました……。

 まず、小杉部長が一緒に写っているという、社内で撮った集合写真を見せてもらいました。

 ひと目でわかりました。皆が笑っている中、ひとりカメラを睨みつけている人物がいます。あえてたとえれば、岸部四郎を凶悪に仕立てた感じでしょうか。

「サダちゃん。一応確認しておくけど……この人、カタギだよね?」

「はい、サラリーマンです」

 武勇伝とこの風貌。いきなり突撃取材をするのは、あまりにも怖い。まずは、サダちゃんに小杉部長とつないでもらうことにして、その夜は別れました。

 次の日、朝イチで、サダちゃんからメールが入りました。朝の挨拶で機嫌が良さそうだった小杉部長を見て、今しかないと思い、腫れものに触るようにこうお伺いを立てたそうです。

「コラアゲンはいごうまんって芸人さんが、小杉部長を取材したいと言うんですが……」

「じゃかましわぁッ! そんな暇があったら、一件でも物件、売ってこんかい!」

 そう一喝されて、すべては終わったそうです。

「コラアゲンさん、あとは宜しくお願いします」

「いやいや、それは困る……。何とかもう一度頼んでみてくれへんか」

 そうメールを返すと、間髪いれず返信が返って来ました。

「僕、殺されます」

 文面から、サダちゃんの怯えきった様子が伝わります。

「わかった、しゃあない。サダちゃんの身に危険が及ばないようにする。小杉部長と接触出来る方法は、何かないんか?」

 大阪梅田のど真ん中に立つビルのワンフロアに入っているこの会社、他の企業も沢山入っているので部外者でもそのビルには入ることができます。

 自分の身を守るために、日ごろから小杉部長の生態を観察しているサダちゃん。編み出した唯一の方法は……。

「小杉部長は午後2時から4時の間に必ずトイレに立つ習性があります。外部の人間がコンタクトが取れる場所は、そこしかありません。コラアゲンさん……トイレで張り込んでください」

 フロアにトイレは一か所しかないので、会社の人間は、全員そのトイレを使うそうです。

 小杉部長に会う、ただそのためだけに、2時間トイレに居続ける……。おもろいネタになりそうやないか。そう踏んだ僕は、サダちゃんのアイデアに乗ることにしました。

 

 その3日後、僕は大阪を訪れました。サダちゃんの会社が入っている梅田のビルに到着した僕は、午後2時、さっそくトイレに入って、スタンバイ。

 今回は、長丁場や。まずは用を足しておこうと、男性用便器の前でチャックを降ろすと、隣の便器の前にも、スーツの男性が立ちました。ワイシャツの腕の刺繍を何気なくみると、そこにはなんと、「KOSUGI」の文字が!

「小杉部長……さん?」

「そうやけど?」

 取材開始からたった5秒。目的を果たしてしまいました。

「僕、サダちゃんの友達の、コラアゲンはいごうまんと言います」

 不審そうな顔の小杉部長、記憶の隅には残っておられたようです。

「ああっ、何かそんなことゆうてたなぁ」

 相手が相手。機嫌を損ねるわけにはいきません。まずは、手土産として持参してきた、ワハハ本舗のカレンダーを、トイレで用を足してる最中の小杉部長に差しだしました。

 案ずるより産むがやすしです。

 なぜか上機嫌でカレンダーを受け取ってくれた小杉部長。思っていたより気さくな方だと安心したのも束の間――、

「チャックを上げんかッ!」

 開けっぱなしのチャックが地雷だったようです。

 なんとか、翌日のライブに小杉部長をご招待したいと思っていたのですが、そんなことを言い出せる雰囲気にはならず、この日はいきなり怒られただけで終わりました。

 これが、第一次接近遭遇です。

 

 それから半年後――。別件の仕事で大阪に呼んでもらった僕はこれ幸い、再び小杉部長に挑戦しようと、サダちゃんにメールを送りました。

 どうやら不動産業界は夏に業績が落ちるそうで、小杉部長は、毎日ピリピリしているとのこと。

「この時期、身の安全を第一に考えると、この件に関して僕は関わりたくありません。今回は全て、コラアゲンさんの独断ということでお願いします」

 サダちゃんからは冷たく突き放されましたが、小杉部長の妙な魅力に引きつけられていた僕は、午後2時、再びビルのトイレに潜伏しました。

 リュックの中には、小杉部長の大好物だという、煎餅の詰め合わせを忍ばせて……。

 しかし、待っても待っても小杉部長は現れません。

 一流企業が入っている、梅田の総合ビルです。当然ながら、僕のようにTシャツとGパンの男なんて、一人もおらず、ネクタイをビシッと締めた男性しか入ってきません。

 3つ並んだ男性用便器の真ん中に陣取った僕を挟んで、両サイドに並んだ若いサラリーマンたちが、勢いよく放尿しながら挨拶をしては、去っていきます。、

「押忍ッ」

「オッス」

 そんな彼らを横目に、チャックを下げてイチモツを外に出したまま、長~い小便をしているようにみせかけながら、便器の前に立ち続けるわけです。

 肉体的な疲れもそうですが、男の大切な部分を無防備な状態で晒し続けていると精神的にちょっとおかしくなってくるんですね。少し休憩しようと思い、個室に避難しました。

 

 しかし、いつなんどき小杉部長がトイレに入って来るか分かりません。扉を完全には閉めずに、片目が覗くほどの細―い隙間を空けて、外の様子を伺います。すると、またトイレに誰か入ってくる気配が。

 期待しましたが、放尿する背中のシルエットを見る限り、小杉部長ではなさそうだ……。がっかりしたその時、僕の視線を感じたのか、その人物、放尿しながら、おもむろに後ろを振り向きました。

 絡み合う、個室の隙間から覗く僕の視線と彼の視線……。男ならわかってもらえると思いますが、きっと彼の小便は一時止まったと思います。

 僕は思わず、個室の隙間から彼に向かって、

「押忍ッ!」

 と、声をかけました。いや、そうするしかなかったんです。

「……お、オッス」

 そして僕は、扉をゆっくりと閉めました……。

 そんな不審者ギリギリの出来事を経て、さらにトイレに潜むこと30分。廊下からカツカツっと大きな足音が近づいてきました。今度こそ小杉部長かもしれない……。

 動物的な勘ではありますが、意味のない確信がありました。再びそーっと扉を開けて覗いてみると……。ワイシャツの腕に、見覚えのある『KOSUGI』の刺繍が!

 二時間近く待った反動でしょうね。僕はドアを開け放って飛び出すや、こう叫びました。

「ワハハ本舗のコラアゲンはいごうまんです! ご無沙汰しております!」

「わあッ~!」

 その容貌からは考えられない驚き様で振り向いた小杉部長。凶悪な役を演じていた岸部四郎が、素に戻った瞬間を見たようでした。

 まずい、殺される!

 しかし、小杉部長の第一声はいたってソフトでした。

「またお前か、なんや、いっつもトイレで会うなぁ~」

 いつものごとく、トイレの中で手土産の煎餅を渡すと、小杉部長は、機嫌良く受け取ってくれました。そして、恐る恐るライブへ招待してみると――。

「すまん、忙しくてな。ワシら、今が頑張りどころなんや」

 とくに怒ることもなく、やんわり断られました。

 これが、第二次接近遭遇です。結局、本題である、「なぜそんなにキレるのか」という質問はいまだにぶつけられずじまいでした。

 第三次接近遭遇に向けて、トイレに潜む覚悟はできています。

 

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コラアゲンはいごうまん

1969年9月29日、京都府生まれ。演出家から出される様々なテーマ〈宗教/宇宙/インド/刺青/家庭教師etc…〉に、たった一人で挑み、調査し、体験した出会いやエピソードをベタな大阪漫談スタイルで講話する、ノンフィクションスタンドアップコメディアン。実話だから説得力のある体験談の壮絶さで、観客に爆笑と感動を与える。毎年行っている全国行脚ライブ「僕の細道」ツアーでは、限られた時間で必死にその土地を取材し、ライブで語り、各地で好評を得ている。

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