仕事のスピードと質を劇的にアップし、成果につなげる秘密を解き明かした『400のプロジェクトを同時に進める 佐藤オオキのスピード仕事術』。第5回は、その奥義に迫ります。あなたは、いいアイデアが思いつくまで机にかじりついたり、納得できるまで同じ仕事のことをずっーと考えているほうですか? どうやら、その方法は「質」と「効率」を一気に下げて、いいことナシのようです。
「仕事をやりかけのまま放置しない」というルールは、今まさに取り組んでいる仕事以外のプロジェクトを「上手に忘れる」ためのものといってもいいでしょう。
このようにいうと「進行中のプロジェクトのことを忘れるなんて……」と驚かれる方もいるかもしれません。しかし、私自身が数多くのプロジェクトを経験して感じるのは、「一度さっぱり忘れたほうが、次の段階に入ったときにまた新鮮な気持ちでプロジェクトと向き合える」ということです。
同じ仕事ばかりずっと続けていると、その対象を見慣れてしまうというデメリットがあります。新鮮な目で見直すためには一度頭をリセットする必要がありますが、これを意識的にやるのはなかなか難しいもの。
ところが、常時400を超えるプロジェクトを進め、「一つの仕事を完結させたらいったん忘れ、次の仕事に集中する」ことを繰り返していると、あえて意識しなくても常に頭がリセットされた状態でプロジェクトに臨めるのです。抱えるプロジェクトの数が増え、たくさん仕事をするようになるほど、この「意識しなくても忘れられる」ことの効用の大きさを実感しています。
「忘れる」ことには、無駄な情報をそぎ落とすという効果もあります。
面白いことに、いくら「一度全部忘れよう」と思っても、自分が大事だと感じたポイントは頭のどこかに引っかかっているもの。記憶からそぎ落とされるのは、無意識のうちに「どうでもいい」「あまり重要ではない」と判断した情報です。時間を置き、本当に大事なポイントだけが頭に残っている状態で新たにアイデアを考えたほうが、軸がブレずに済むと思います。
ロッテのガム「ACUO」(写真(1))のパッケージをデザインしたときも、そうでした。
「20~30代の若者が持っても恥ずかしくないパッケージにしたい」というのがクライアントの要望でした。
「ACUO」の特徴的な機能は、わかりやすくいえば「口臭除去」です。しかし、それをストレートにパッケージに表現すれば、持っていて恰好(かっこう)悪いガムになってしまいます。
一般的なガムのパッケージデザインを改めて研究してみると、コンビニなどの棚で消費者の目に留まりやすいよう、強烈なカラーや派手なイラストが入った主張の強いものばかり。そこで私が最初に考えたのは、「ほかの商品が一歩でも前に出ようとするなら、逆に一歩下がることで目立てるのではないか」ということ。今までのガムのパッケージにはない、シンプルなデザインを目指してプロジェクトはスタートしました。
しかしプロジェクトが進めば、当然ながらいろいろな人からより多くの情報がもたらされるようになります。
ガムのパッケージ印刷を手がける印刷会社からは「この印刷方法は難しい」と言われ、商品開発担当の方からは「やっぱりACUOならではの機能を強くアピールしたい」とのご要望をいただき、営業担当の方は「競合他社のあの商品はよく売れているので、似た感じのデザインにしたほうがいいのでは」とおっしゃいます。もちろん、皆さん真剣です。
こうした意見に耳を傾けていると、私自身「業界の事情」に詳しくなり、うっかり「今までのガムとそう変わらないデザイン」に近づいてしまいそうになります。
実際、すでに世の中に出ているものはなかなか合理的にできているもの。バランスがよく、収まりがいいのです。「業界の事情」を汲(く)み取れば、着地点が既存の商品に近づくのは自然なことともいえます。
しかし、「人の心に刺さる、どこかに引っかかりのあるデザイン」を生むためには、そのバランスを無視する必要があります。そこで重要なのが、子供のように何も知らない状態に自分を持っていくことです。よけいな情報をそぎ落とし、プロジェクトスタート時に気づいたことや考えたこと──つまり、プロジェクトの「核」になる部分──を大切にしなくてはなりません。
思い込みをなくし、曇りのない目でプロジェクトを見るためにも、「たくさん仕事をこなし、終わった仕事は忘れる」という方法は有効だと思います。
最終的に「ACUO」は、文字情報や企業ロゴをすべて白一色で印刷し、見る角度によっては消えるようにして、商品名のシンプルなロゴだけが浮かび上がるデザインになりました。コンビニなどの店頭でその「一歩引いたデザイン」が目を引いたのか、歴史的な売上げを記録。プロジェクトはその後も継続し、「ACUO」ブランドは今も成長し続けています。
※第6回「すきま時間には完結できる仕事をやる」は6月30日公開予定です。