1. Home
  2. 社会・教養
  3. 福沢諭吉の『学問のすゝめ』
  4. 「身分制もなくなったし、がんばって勉強し...

福沢諭吉の『学問のすゝめ』

2016.06.18 公開 ポスト

『学問のすゝめ』解説(1)

「身分制もなくなったし、がんばって勉強して、独立しようね」と諭吉は言った橋本治

 超有名なのに、みんな実は内容をよく知らない福沢諭吉の『学問のすゝめ』。この名著を、橋本治さんが鮮やかに解き明かした『福沢諭吉の『学問のすゝめ』』から、試し読みをご紹介。

『学問のすゝめ』は、まだ庶民が“江戸脳”で、「自由」も「平等」も「明治政府」も「天皇」も「藩と国の違い」もよくわかっていない明治5年に出版され、当時20万部の大ベストセラーになりました。一体、何が当時の人々を熱狂させたのでしょうか?
 橋本治さんの目からウロコの解説の中から、試し読み初回は「自由独立」についての重要な箇所をピックアップ! 熱血講義のスタートです。

 


「自由」+「独立」で
「自由独立」という一語がカギ。

 ここまでのところを整理しますと、福沢諭吉は『学問のすゝめ』初編で、「学問をして独立をしろ」と言っています。「徳川幕府もなくなり、身分制もなくなったのだから、学問をして独立しろ」です。普通だと、「徳川幕府もなくなり、身分制もなくなったので自由になった」ですませることですが、福沢諭吉はそれを素っ飛ばして「独立しろ」です。「独立」を可能にするためには、当然「学問」が必要なのだから「学問をしろ」になって、だからこその『学問のすゝめ』です。

 初めは初編の部分だけで完結することになっていた『学問のすゝめ』は、つまり「読者よ独立せよ」と言う本で、前々回にも言いましたように、福沢諭吉の言う《独立》は、「なにかへの依存状態からの脱出」ではなくて、「埋没状態から抜け出す」です。福沢諭吉の言う《身も独立し家も独立し天下国家も独立すべきなり。》という文脈からすればそう理解すべきではあろうと思いますが、ややこしいのはここに、《自由》がからんで来ることです。

 福沢諭吉が「徳川幕府もなくなり、身分制もなくなったので自由になった」という言い方をしない理由はもう明らかで、明治時代にならなくても「自由」はあったし、その「自由」は我々の思う「自由」とは違う「わがまま勝手」に近いものだったからです。だから《独立》を説いた後の福沢諭吉は「自由とわがままは違う」と言って、《自由と我儘との界は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。》と言います。そのことによって、「わがままとは他人に迷惑をかけることだな」と分かりますが、じゃ「他人に迷惑をかけない」である「自由」がどんなことかは分かりません。その説明を福沢諭吉はしていないのです。それをしない代わりに、福沢諭吉は《自由》《独立》をドッキングさせて、《自由独立》という言葉を使い始めます。

 それまでの《自由》とつながる言葉は、「なんでも出来ちゃう」系の《自在》で、「わがまま勝手の問題点」を語る時には、《仮令(たと)い酒色に耽(ふけ)り放蕩を尽すも自由自在なるべきに似たれども》《自由自在》の語を使いましたが、今度は《自由独立》です。

《仮令い酒色に耽り──》で「わがままはだめだよ」と言った後に福沢諭吉が続けるのは、《また自由独立の事は、人の一身に在るのみならず一国の上にもあることなり。》です。

 福沢諭吉は、「国家のこと」と「個人のこと」を平気で同列にしてしまいます。だからこの文章もいささか分かりにくいのですが、はっきりしていることは、《独立》とペアになった《自由》は、《自在》とコンビを組んでいた《自由》とは明らかに違う、ということです。

「自由」はなければ困ります。でも、その「自由」が今まで通りのものだったら、なんの役にも立たないので、これまた困ります。だから《自由》《独立》の語をくっつけて、「今までの《自在》とくっついていたのとは違う《自由》だよ」にしたのです。「なんでそんなめんどくさいことをしなくちゃならなかったのか?」ということもありますが、でも《独立》とドッキングすることによって、《自由》に freedom や liberty の意味が加わったことは事実で、そのことによって《独立》の中に隠されていたある意味も浮かび上がって来ました。《独立》の中に隠されていた意味というのは、私が「違う」と言っていた「なにかへの依存状態からの脱出」です。 


「なにかへの依存状態からの脱出」とは、これいかに? 当時の日本は、欧米列強からの圧力はあっても、支配されていたわけではありません。れっきとした独立国です。個人も(一応)平等になり、何かに支配されていたわけでも、依存していたわけでもないはず。では諭吉が言った「独立」の中に隠された意味とは何なのでしょう? 第2回へ続きます。

 

関連書籍

橋本治『福沢諭吉の『学問のすゝめ』』

君も賢くなれる、と諭吉は言った――。で結局、何を学ぶのか? いまだにベストセラー!!(当時20万部、岩波文庫71万部) 感動!興奮!泣ける!! 橋本治の熱血講義 全十七編のうち「初編」(冒頭たった10ページ)だけ読めばいい。 超有名なのに、みんな実は内容をよく知らない、 『学問のすゝめ』の魅力とは― 自由とは? 平等とは? 明治政府って何やるの? 天皇ってどんな人? 藩と国はどう違う…?

{ この記事をシェアする }

福沢諭吉の『学問のすゝめ』

バックナンバー

橋本治

1948年東京生まれ。東京大学文学部国文学科卒業。小説、評論、戯曲、古典の現代語訳、エッセイ等、多彩に活動。『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』(小林秀雄賞)、『双調平家物語』(毎日出版文化賞)等、著書・受賞歴多数。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP