99年にハウス加賀谷さんの統合失調症で活動を休止したお笑いコンビ、松本ハウス。10年の時を経て復活するも、そこからがさらなる困難の始まり。ネタを覚えられない、お客さんにウケない、そして仕事がない……。そんな茨の道をくぐり抜けてきたコンビの軌跡を松本キックさんが感動のノンフィクション『相方は、統合失調症』として上梓。二人と縁のある伝説的編集者でエッセイストの末井昭さんをお招きして、新刊について語り尽くしてもらいました。 (取材・構成 日野淳/撮影 有高唯之)
敏感な人なら誰でもなるかもしれない病気
末井 本読みましたよ。面白かったです。でもゲラは読みづらいんですよね。寝て読めないから。
松本 すいません(笑)。
末井 お会いするのは3年振り?
松本 そうですね。
末井 池袋リブロの上にあるイベントスペースでトークショーをやらせて頂いたんですよね。僕の『自殺』っていう本が、お二人の前の本(『統合失調症がやってきた』)のちょっと後に出て、その2冊のトークイベントということで。お二人の人気のお陰で満員でね。
加賀谷 いえいえ。
松本 手首に包帯を巻いた人が何人も来てて。
加賀谷 違う、違う、来てませんよ。
————今回は2冊目の本『相方は、統合失調症』の出版記念対談ということでお集り頂きました。末井さんは先ほど面白かったとおっしゃっていましたが、どんなところが面白かったですか?
末井 前の本は復活ライブで盛り上がるところで終わっていますよね。僕が一番グッと来たのは、その後の問題ですよ。復活ライブをやったのはいいけど、その後ガタガタする。そこのところが面白かったんです。勢いが続かないわけですよ。それをキックさんが加賀谷さんをうまく運転……運転っていうのは言い方が悪いかもしれないけど……運転していくわけです。キックさんも自分の考えが間違っていたと反省していくじゃないですか。自分の中に昔のイメージを強く持ちすぎていて、それを再現しないといけないと考えていたのが間違いだったと。今のままの自分たちでいいじゃないかということに気が付いていくところがよかったです。
松本 ありがとうございます。
末井 それとキックさんが大学を中退して、アパートに閉じこもって独りで悩んでいたあたりの話が好きなんですよ。
松本 混沌としていた時代の話ですね。
末井 加賀谷さんと同じくらい精神的には危ないところにいたわけです。一歩間違えれば、加賀谷さんのようになっていた。
松本 もしかして加賀谷が助けてくれたんですかねえ。
加賀谷 ちょっと待って、今、忙しいんだから(お菓子を頬張っている)。
松本 食うのに忙しいんかい。
末井 はははは。それと加賀谷さんが段々おかしくなっていく道筋がすごくよく分かるんですよ。最初に「臭い」と聞こえてきてね。
加賀谷 自己臭恐怖というやつです。
末井 それね、僕にも聞こえるかもしれないなと思って。後ろにいる女が下敷きで仰いでたりしたら、僕、臭いの? って。そのへんが入り口で恐怖感が大きくなって、精神を圧迫していく、その流れがよく分かる。誰でもなる可能性がありますよ、敏感な人なら。鈍感な人はなに言われてもならないでしょうけど。
復活したはいいけど、その後ガタガタのボロボロで
松本 末井さんが言ってくださったように、復活してからが本当に大変でしたね。復活ライブまでは、ものすごく集中力とエネルギーが出てて、節々で問題はあるんですけど、ガッーと勢いで乗り切って、よかったなというところで終わるんです。でもその後、ガタガタでボロボロで、なんにもできないという状況が続いて。
末井 ネタをやるんだけど、加賀谷さんの感情が全然入っていなかったり。
加賀谷 はい。
末井 見た目は出来ているんだけど、全然面白くなかったりするんですよね。それは結構つらいと思うんです。
加賀谷 そこは僕は分からないんですよ。まず単純にネタを覚えられないという段階もありました。認知機能が落ちてるんで、何ページかのネタを1カ月真面目に取り組んでも覚えられなかったりするんです。そしてネタを稽古で合わせるじゃないですか。その時にもっと感情を乗せてと言われても、分からないんですよ。乗せているつもりでやっているんですけど、実際には平坦にダーっと言っているだけだという。
末井 それは分かるの? 自分で平坦になっているということは。
加賀谷 いや、分からないんです。
末井 分からないんだ。すごく上手くいっていると?
加賀谷 僕はけっこう緩急付けているなと思い込んでいました。
松本 平坦なんで、もうちょっとテンション上げて行こうというと、今度は上げっぱなしのところでやるんです。ちょっと抑えようかと言うと、抑えっぱなしのところでね。
末井 はははは。
松本 間がないというか。やっぱり分かってなかったんです。
末井 面白いねえ。見たかったなあ。
松本 それはちょっと。スピンオフ版として見てくださるならいいんですけど。
末井 別に笑うってことを前提にしなければいいと思うんだけど。
松本 いや、笑うってことを前提にした仕事なんですけど……。
末井 はは、そうか。
松本 でもそこまで余裕があって見られたらよかったとは思いますけどね。客席の期待感もあって、結果を出さなければいけないと焦っていたんです。当時はフリーでやっていたので、宣伝方法も売り込む方法もないので、やっぱり面白いと思ってもらって、口コミで伝わっていくしかないわけですよ。一個一個のライブをすごく大事にしていたので。
加賀谷 復活ライブで「お帰り」って言って頂けて嬉しかったんですよ。でもお客さんはあの頃の僕たちしか知らないわけじゃないですか。それを再現してくれるんだろうなという期待をすごく感じたんです。でも復活して段々と月日が経つにつれて、それがどうやら今の僕にはできないぞというが分かってくる。そうすると苦しくて苦しくて、人前に立つのが、ネタと言う形でやるのがすごくつらくなってきた。
松本 お客さんの方も復活してきたっていうことで、やっぱりアガってるんですよ。
末井 復活って言わなきゃよかったよね。
松本 そうか……。
末井 違う言葉にすれば。
松本 むしろ「初めまして」にしとけばよかったのかなあ。
末井 復活って言うと、昔のが帰ってくるっていうさ。そこが間違ってたんじゃないの?
松本 なるほど……。
末井 ちょっと弱って帰ってきました、とかね。
加賀谷 はははは。衰弱して、とかですか。
どうやって昔のイメージを捨てるのか
————キックさんもやがて以前のイメージを捨てなければいけないと気が付くことになりますよね。現状をそのまま受け入れるというのは簡単なことではなかったと思うんですが。
松本 最終的にはかつてできたこと、今できなくなっていることを捨てていくわけですが、それまでに何回も同じ轍を踏んじゃうんですよ。昔のイメージにとらわれてはいけないと考えて、今の加賀谷に合うお笑いを作っていこうと思ってやる。それでちょっと上手くハマったなとなると、すぐに調子に乗ってしまうんですよ。じゃあもっと行けるんじゃないかって、その先というか、昔のイメージがポンと入ってきてまた同じことをしてしまう。そういうのを何回も繰り返しましたね。
末井 やっぱり昔は売れてたからね。売れてなければよかったのに。
松本 根本の話になりますね(笑)。
末井 その時のイメージを自分も持っているから自意識も強くなってるし。
加賀谷 それもあると思います。
松本 美化されちゃってるんですよ。いいことって、さらに膨らんでて。復活した当初の加賀谷には、お笑いをやれば自分は天才だ! くらいの勢いがあったんです。
加賀谷 実際はもう何もできないんですよ。いつもキックさんの家へ稽古に行ってたんですけど、稽古しては愕然として、肩を落として帰っていくというサイクルでしたね。
失敗した方が面白いという発見
————加賀谷さんはそのサイクルから抜け出した瞬間を覚えていますか。突然のことではないかもしれませんが。
加賀谷 突然ではないんですが、大きなきっかけとしてはキックさんが「ネタを忘れたら忘れたでいいよ」と言ってくれたことですかね。最初はそう言われても僕にもプライドがあるんで、忘れちゃいけないと思ったんですけど。
松本 プライドと、忘れてしまうかもしれないという恐怖もあったよね。
加賀谷 そう恐怖もあって、流れがガチガチになっちゃうんです。それである時、本当に忘れちゃったんですよ。その時、キックさんに「あれ、今なんの話してましたっけ?」って言ったのがドッとウケたんです。その時に、あっ! て思ったのはすごく覚えてます。
松本 ああこの路線が正解なんだというのが分かって、そっから加賀谷は自分でいろいろと見つけていくんです。そういう小さなきっかけというのは色々ありましたね。僕は失敗してくれと頼んでました。頼むから失敗してくれ、その方が面白いからって。
末井 失敗って?
松本 忘れるとか、とちるとか、ロレルとか色々です。
末井 そこで新しい展開が生まれるはずだと思っていたってこと?
松本 そのままでいいんだよってことです。みんなそのままが見たいよと。
加賀谷 さっき末井さんがおっしゃってた、売れた時があったというのがネックとして大きかったと思います。
末井 顔を整形するとかして違う人になっとけばよかったのかな。
加賀谷 そこまで変わればよかったのか(笑)。
松本 でも加賀谷は声に特徴があるからな。
末井 みんなが分かってるのに、自分だけ違うと言い張るみたいな。
加賀谷「加賀谷じゃないです~」
松本 じゃあ誰なんだよ。いまだに全部今の自分たちのことを肯定できるかというとそうじゃないんです。でもその割合が増えればそれでいいんじゃないかと。全部が全部前向きとか積極的って絶対無理なんですよ。割合がちょっと増えて、それが続いていけばいいと思っています。
(後編に続く)