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日本全国津々うりゃうりゃ

2016.07.12 公開 ポスト

『日本全国津々うりゃうりゃ』文庫発売記念!試し読み「神津島」パート4

キタ~! 砂漠出現! ほんとにあったぞ、伊豆七島に、砂漠。
《幻冬舎plus限定、カラーも満載!特別記念版》宮田珠己

ついに、砂漠が目の前に――。
まさか砂漠に、「裏」と「表」があったとは。
砂漠の感動よりも、一行のおしゃべりが面白すぎて、うっかり、砂漠を見るのが目的だったことを、われわれ読者も忘れがち。つくづく、トンチンカンな旅です。

*   *   *

 砂漠がある方向へ歩き出すと、木々が身の丈を超えるぐらいになり、その下のトンネル状の道を進む。行ったことはないし規模も違うが、山頂の別天地という意味では、ベネズエラのテーブルマウンテンがこんな感じなのだろうか。ハエのようなハチのような、よくわからない虫もブンブン飛んでいて、地上とは違った方向に進化した生き物ではないかと思う。昨日は船に乗り、さっきまで海のそばにいたのがウソのようなロストワールド感だ。人影もなく、標識以外の人工物も何もなく、空が曇るとちょっと不気味なほどであった。
 天上山の砂漠は、2ヶ所あって、それぞれ表砂漠、裏砂漠と呼ばれている。何が表で裏なのかわからないけれど、まずは表砂漠のほうへ行ってみたところ、たしかにそこだけ急に地面が露出している一帯があって、踏み込んでみれば足元は砂。
 おお、砂漠!
 ……なのかなあ、これ。
 砂は砂だけど、小学校のグラウンドほどの広さもないぞ。

表砂漠

 真ん中付近に木のテーブルがいくつも設置してあり、それも砂漠感を著しく損なっている。砂漠にテーブル置かないだろ、ふつう。というか、こんなところに木のテーブルがいくつも並んでる光景がなんとも不自然だ。数えてみると8つもあった。
 一見、気さくな風景に見えても、周囲はロストワールドなので違和感はぬぐえない。人間じゃない何かのためのテーブルではないか。満月の夜になると、誰もいないこの天上の砂漠に、正体不明の何ものかが、わらわらと集まってピクニックするのである。それはいったい何ものだろうか。
 さらに岩と植物の間を歩いて裏砂漠のほうへ向かう。
 裏砂漠は表砂漠より広く、そういう意味では砂漠度は高いが、所詮周囲は緑なので、砂漠というより賽【さい】の河原という印象。

裏砂漠

 なんか怖いぞ。
 日本にも砂漠があった! と驚こうと思ってやってきたのに、砂漠の感動はほとんどなく、それよりもただならぬものの世界にうっかり紛れ込んでしまったような落ち着かなさで胸がいっぱいだ。
 そもそも天上山の山頂は、砂漠でない部分が大半である。ぐるっと一周歩いてみたところ、おおむね背の低い植物に覆われた波打つ大地は、ひと気のなさもあってか、親近感の湧いてこないこと甚【はなは】だしい。南の島というのに陰気な気分になった。
 窪地に不動池という標識があって、見るとそこには苔に覆われた地面があるだけだった。渇水なのだろうか。『むやみに祠【ほこら】に近づき中を見るべからず』と標識には書かれていて、ますます不気味。
「そもそも島というのは、不気味なものなんですよ」
 そんな言葉が口をついて出た。
「わかります」
 とテレメンテイコ女史も同意する。
 神津島に恨みはないし、こんなことを書くと世の島々は怒るかもしれないが、島というのは、それだけでもうなんとなく怖いものである。シケになれば閉じ込められるとか、住民が排他的だとか、そういう話ではなく、島の持つ空気感それ自体とでも言おうか。島が小さければ小さいほど、孤島であればあるほど、どこからともなく不気味さが漂ってくるような気がする。
 かつて台湾の澎湖島【ほうことう】へ行ったとき、何の根拠もなく怖いと思った。怖い目にあったとか、恐ろしいものを見たとか、そういう思い当たるふしは何もないのに怖いのである。あれは孤島という立地のせいで、動物としての本能がそう感じさせたのだろうか。
「島では大自然に対する恐怖心が、露【あらわ】になりやすいんでしょうか」
 そう言うと、テレメンテイコ女史は、
「必ずしも島だけじゃないんじゃないでしょうか」
 と言って、かつて訪れたウズベキスタンが何とはなしに陰鬱だった、という話をした。
「遺跡をピカピカに修復してるんですけど、日本だとかえってわざとらしい感じになるのに、ウズベクの風土ではそうしないともうボロボロで死んだ景色になってしまう気がしたんですよ。博物館で昔の拷問方法とか見たときには、そういう惨【むご】いことをせずにいられないぐらい自然が過酷なんだろうなと思いましたね」
 ということは、島というより過酷な自然が問題なのか。よくわからない。
 いずれにせよ、島なり大地には、その場所その場所で合理的に説明できない場所の感覚とでもいうべきものがあって、とりわけ島においてはそれは不気味さを伴って感じられるようにわたしには思えるのだった。
 ああだこうだ言いながら山頂部を一周し、ふたたび黒島口への登山道を下る。
 というわけで、天上山はいいところでした、ぜひまた来たいです、と安易に締めようかと思ったんだけども、説得力が全然ないし、昼過ぎには下りてきてしまったので、ここは再び赤崎に行くことにした。
 わたしはもはや砂漠のことなどどうでもよく、すっかり赤崎のファンになってしまったのだ。せっかく島に来ておきながら、山なんか登ってるから陰気になるのではあるまいか。だいたい砂漠なんか行ったって面白い生き物には出会えないのである。せっかく島に来たんだから、海を堪能しないでどうするか。
 そうして今日は釣りがしたいというテレメンテイコ女史を岩場に残し、わたしはひとり海へと潜り込んだ。
 凪【なぎ】のようだった昨日とは違い、今日は沖縄方面に発生したという台風の影響か、かすかなうねりが出ていて、あんまり根拠はないけど、海の中が騒がしいから何か面白い生き物に出会えそうなそんな予感がした。もちろんウニ、ナマコ、カニなどは珍しくないのでノーカウントだ。
 すると案の定、複雑に入り組んだ岩の棚のようなところに、巨大なアメフラシが2匹這っているのを発見した。アメフラシはさほど珍しくはないけれども、驚いたのはその大きさである。猫ぐらいあった。
 というか、背中のひれを無防備にひらひらさせてのったりと移動するその姿は、猫以上にかわいく、もともと犬猫に興味のないわたしは、こっちこそ猫と呼びたいぐらいにいとおしく感じられて、思わず水中で抱いてみようとしたのだが、そういえばアメフラシは危険を感じると紫色の汁を出すことを思い出し、しかもそれが水着などにつくとなかなか色が落ちないそうだから、抱くのはあきらめ、近寄って背中をちょっとすりすりするにとどめた。
 触ると生あたたかく、哺乳類のような弾力もあり、ますます飼ってみたくなった。
 昨今は、書店に行くと犬猫の本がどっさり出ていてちょっとした犬猫ブームの感があるが、犬猫がいいなら、このアメフラシもオッケーではないか。それなのにアメフラシの本はまったく見ない。『101匹アメフラシ大行進』とか『作家とアメフラシ』とか。飼いにくいからか。それでもせめてアザラシの赤ちゃんぐらいの扱いはされてもよさそうな気がする。
 ま、そんな話はいいとしても、このアメフラシでかい。
 後にテレメンテイコ女史に「猫ぐらいあるアメフラシがいました」と報告すると、またまた大袈裟な、という顔をしたが、実際自分の手首から肘【ひじ】までの長さよりも大きかったので、猫大といっても全く過言ではない。
 その場を立ち去りがたく、しばらく観察。
 そのうちに、どうせなら紫色の汁を出すところも見てみたくなり、手をつかんでぶるぶるぶるっと意味のない振動を与えてみた。反応なし。
 もう一回ぶるぶるぶる。
 反応なし。
 もう一回ぶるぶる……どわあああっ、と背中から紫汁放射。
 あらかじめ汁に触れないよう波の動きを読んでおいたので、こっちは平気である。
 そうかそうか、危険を感じたんだね、と自分で刺激しておきながら、ますます愛が深まった。
 そうしてわたしは結局赤崎に3日通って、神津島を堪能した。
 帰宅して調べると、伊豆七島で山頂部に大きな砂漠があるのは、神津島ではなくて伊豆大島だった。なんか間違えたみたいである。

*   *   *

ご一行は、砂漠にあまり感動してないようですが、…というより、ほぼディスってますが、写真を見ると、迫力もあるし、美しいですよね~。
さて、次回、神津島、最終回です。

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日本全国津々うりゃうりゃ

エッセイスト宮田珠己さんの人気シリーズより、『日本全国津々うりゃうりゃ』が文庫になりました!発売を記念して試し読み実施。オールカラーで読める特別記念版です。声を出して笑っちゃうため、「電車で読むの禁止!」と言われてる宮田珠己さんのエッセイ。本書では、日光東照宮に幻の《クラゲ》を探しに行ったり、しまなみ海道へ山のように盛り上がる海を見に行ったり、雪国で道の両脇に続く「豚の角煮」を見たり・・・。寄り道と、余談ばかりので、宮田珠己さんの世界。笑って、癒されて、ちょっと知的な刺激を受けてはみませんか。

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宮田珠己

旅と石ころと変な生きものを愛し、いかに仕事をサボって楽しく過ごすかを追究している作家兼エッセイスト。その作風は、読めば仕事のやる気がゼロになると、働きたくない人たちの間で高く評価されている。著書は『ときどき意味もなくずんずん歩く』『ニッポン47都道府県 正直観光案内』『いい感じの石ころを拾いに』『四次元温泉日記』『だいたい四国八十八ヶ所』『のぞく図鑑 穴 気になるコレクション』『明日ロト7が私を救う』『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥かなるそこらへんの旅』など、ユルくて変な本ばかり多数。東洋奇譚をもとにした初の小説『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』で、新境地を開いた。

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