砂漠をその目で見た宮田さんは、もはや砂漠はどうでもよくなって、心は、赤崎の海に。
海の生きものと戯れるために、赤崎に3泊したといいうから、よほど魅力的な海だったのでしょう。
旅の目的はどこへやら? の神津島の旅。最終回です。
* * *
わたしはもはや砂漠のことなどどうでもよく、すっかり赤崎のファンになってしまったのだ。せっかく島に来ておきながら、山なんか登ってるから陰気になるのではあるまいか。だいたい砂漠なんか行ったって面白い生き物には出会えないのである。せっかく島に来たんだから、海を堪能しないでどうするか。
そうして今日は釣りがしたいというテレメンテイコ女史を岩場に残し、わたしはひとり海へと潜り込んだ。
凪【なぎ】のようだった昨日とは違い、今日は沖縄方面に発生したという台風の影響か、かすかなうねりが出ていて、あんまり根拠はないけど、海の中が騒がしいから何か面白い生き物に出会えそうなそんな予感がした。もちろんウニ、ナマコ、カニなどは珍しくないのでノーカウントだ。
すると案の定、複雑に入り組んだ岩の棚のようなところに、巨大なアメフラシが2匹這っているのを発見した。アメフラシはさほど珍しくはないけれども、驚いたのはその大きさである。猫ぐらいあった。
というか、背中のひれを無防備にひらひらさせてのったりと移動するその姿は、猫以上にかわいく、もともと犬猫に興味のないわたしは、こっちこそ猫と呼びたいぐらいにいとおしく感じられて、思わず水中で抱いてみようとしたのだが、そういえばアメフラシは危険を感じると紫色の汁を出すことを思い出し、しかもそれが水着などにつくとなかなか色が落ちないそうだから、抱くのはあきらめ、近寄って背中をちょっとすりすりするにとどめた。
触ると生あたたかく、哺乳類のような弾力もあり、ますます飼ってみたくなった。
昨今は、書店に行くと犬猫の本がどっさり出ていてちょっとした犬猫ブームの感があるが、犬猫がいいなら、このアメフラシもオッケーではないか。それなのにアメフラシの本はまったく見ない。『101匹アメフラシ大行進』とか『作家とアメフラシ』とか。飼いにくいからか。それでもせめてアザラシの赤ちゃんぐらいの扱いはされてもよさそうな気がする。
ま、そんな話はいいとしても、このアメフラシでかい。
後にテレメンテイコ女史に「猫ぐらいあるアメフラシがいました」と報告すると、またまた大袈裟な、という顔をしたが、実際自分の手首から肘【ひじ】までの長さよりも大きかったので、猫大といっても全く過言ではない。
その場を立ち去りがたく、しばらく観察。
そのうちに、どうせなら紫色の汁を出すところも見てみたくなり、手をつかんでぶるぶるぶるっと意味のない振動を与えてみた。反応なし。
もう一回ぶるぶるぶる。
反応なし。
もう一回ぶるぶる……どわあああっ、と背中から紫汁放射。
あらかじめ汁に触れないよう波の動きを読んでおいたので、こっちは平気である。
そうかそうか、危険を感じたんだね、と自分で刺激しておきながら、ますます愛が深まった。
そうしてわたしは結局赤崎に3日通って、神津島を堪能した。
帰宅して調べると、伊豆七島で山頂部に大きな砂漠があるのは、神津島ではなくて伊豆大島だった。なんか間違えたみたいである。
* * *
―――――ええ!? 間違えたって……!? そ、それじゃ、あの砂漠は!?
ずっこけすぎた、神津島の旅でした。
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日本全国津々うりゃうりゃ
エッセイスト宮田珠己さんの人気シリーズより、『日本全国津々うりゃうりゃ』が文庫になりました!発売を記念して試し読み実施。オールカラーで読める特別記念版です。声を出して笑っちゃうため、「電車で読むの禁止!」と言われてる宮田珠己さんのエッセイ。本書では、日光東照宮に幻の《クラゲ》を探しに行ったり、しまなみ海道へ山のように盛り上がる海を見に行ったり、雪国で道の両脇に続く「豚の角煮」を見たり・・・。寄り道と、余談ばかりので、宮田珠己さんの世界。笑って、癒されて、ちょっと知的な刺激を受けてはみませんか。