好評発売中の橋本治著『福沢諭吉の『学問のすゝめ』』から、一部を抜粋してお届けする、試し読み第二弾。
世の中が「バカばっかり」ということが分かったらどうするか? 諭吉の決意はここに集約されました。
仮に福沢諭吉が政治の方面に乗り出したとしたって、うまく行くはずはありません。現に『学問のすゝめ』を完結させた三年後、福沢諭吉は東京府会議員になってその副議長に選ばれますが、これを辞退して、ついでに議員の方もすぐ辞めてしまいます。たぶん「バカばっかり」がいやだったんでしょう。
「今の世の中はバカばっかりでどうにもならない」ということが分かったら、「政界に進出して社会を変えてやろう」ということが無意味だということは分かります。進出しなくても、なんとなくは分かります。「政界進出で世を変えてやろう、変えられる」と考えるのは「青雲の志を持った書生」レベルの話です。そんなことよりも重要で、一番必要なのは、なんにも分からないで平気で《乱世》に巻き込まれてしまうようなバカをなくすことです。急がば回れではありませんが、「誰もが手探り」であるような時代に一番重要なことは、なにも分からないまま流されてしまうだけのバカをなくすことで、「啓蒙」とはそういうことなのです。
『学問のすゝめ』を書く福沢諭吉は、「騒ぐな、政府に従え」と言って、でも「政府に負けるな、頭がよくなれ」と、高い所から言う人です。その点で「上から目線のエラソーな奴」でもありますが、あなたが《書生》でなかったらお分かりになるでしょう。人に「こうしたらいいよ、これじゃだめだよ」と教えてくれる人が、バカの群れに巻き込まれて言うことがグチャグチャになってしまったら、バカは減らずに困ったことになるだけです。
その点で、人から「エラソー」と言われてしまう啓蒙は、「エラソー」と言われる分だけしんどいものなのです。
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啓蒙の人、諭吉の苦労も垣間見えたところで、試し読み第二弾は終了です。第三弾ももうすぐ公開。どうぞお楽しみに。