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移動時間が好きだ

2017.07.04 公開 ポスト

第5回 リバイバル連載

37歳になったらサウナに行こう(前編)pha

本連載をまとめた『ひきこもらない』書籍化記念! 毎日更新で連載リバイバルです。

 前回書いたように、サウナ施設に泊まるのは大好きだけどサウナ風呂自体は単なる拷問アトラクションだと思って避けていた僕がサウナ風呂に興味を持ったのは、あるマンガがきっかけだった。
 それは週刊モーニングに連載されていた『マンガ サ道』だ。
 著者のタナカカツキさんも昔は僕と同じでサウナと水風呂が超苦手だったらしいのだけど、あるときたまたまサウナの気持ちよさを知って「世の中のオッサンらはこんな気持ちいいことしとったんか!」と思い、サウナを楽しむための「サ道」の伝道師として活動するまでになったらしい。
 ……うーむ、本当だろうか。このマンガによるとサウナというのは正しく入るとすごく気持ちいいものらしい。それが本当なら自分も味わってみたい。でもやっぱり一部の人だけが楽しめるもので、自分には無理なんじゃないか。今まで何度かサウナに挑戦してみたけど、苦しくていつも10秒も持たずに出てきてしまったし。
 そんな風に興味を持ちつつも実際に足を運ぶまでは行かないという状態のときに、3月7日がサウナの日だということを知ったのだった。

 僕は冬が苦手だ。
 気温が低いせいか日照時間が短いせいか、冬はいつも体の調子も悪くなるし精神的にも鬱々とし続ける。
 特にその冬は最悪だった。精神の落ち込みも底に達して、毎日全く楽しいことがなかった。何もやる気がせず動く気もせず一日中ふとんのなかでスマホを見ていて、目を使いすぎのせいか首や肩や背中のこりもひどく、特に首がつらくて、いっそのこと首を切り落としてしまいたいと思うくらい毎日首が痛かった。あと足先の冷えもひどくて、靴の中には必ずカイロを入れないと外出ができなかった。
 そんなときに、たまたま家の近くを歩いていたら一枚のポスターが目に入ったのだ。

「3月7日はサウナの日 満37歳のお客様は入場無料!」

 その場所にサウナがあるのは前から知っていた。その店は何故か玄関に人間と同じ大きさのガンダムのモビルスーツのフィギュアが置いてあって目立っていたからだ。なんでサウナにザクがあるんだろう……。
 だけど、僕はサウナを旅先での宿泊施設としか考えていなかったので、家の近くだと特に行くことはないだろうと思っていた。
 しかし、そういえば自分は今ちょうど37歳だ。
 無料で入れるのか……。
 ちょうどサウナに興味があったし、無料だったら楽しめなくても別に損はしないし行ってみるのもありだろうか。
 やっぱりつらかったら風呂だけ入って帰ってきたらいいし。
 37歳の今、偶然このポスターを見たというのも何かの運命かもしれない。
 そうして僕はおそるおそるサウナの門をくぐったのだった。

 サウナは満腹の状態だと効果が薄れるらしいのでちゃんと少しお腹を空かして来た。
 受付で身分証明書を出して満37歳であることを証明するとすんなり無料で入れてもらうことができた。
 店員の人が親切な感じだったので「僕サウナあんまり行ったことないんですけど楽しめますかね」などと話しかけてみると、
「あー、サウナというのは水風呂とサウナでワンセットなんですが、うちは水風呂がちょっと冷ためなので、もうちょっとぬるいところのほうが初心者にも入門しやすいかもですねえ」
 などと言われて早速びびる。
 そう、サウナというのは水風呂が大事らしいのだ。
『マンガ サ道』にも「水風呂がわかるとサウナがわかる」と書いてあった。
 サウナ室に入るだけでは単に体をグリルしただけで意味がない。サウナ室の後に水風呂で全身を冷やす、その2つを繰り返すことで心身が良い状態に整うらしい。
 僕はサウナも苦手だけど水風呂も同じくらい苦手なんだけど……。こんな寒い冬にわざわざ水風呂に入るとか狂人の所業なのでは?
 そんな風に腰が引けながらも服を脱いで、サウナ室を目指した。

 サウナ室の扉を開けると物凄い熱気に包まれて、一瞬でもう出たくなる。
 暑い。苦しい。つらい。
 空気が熱くて鼻や喉などの呼吸器がつらい。
 ううむ、なんだこの苦行は……。
 壁には見たことないタイプのアナログ時計が掛けられている。短針はなく、長針は12分で一周するようだ。後で知ったがサウナには付き物の「12分計」という時計らしい。
 たしか、サウナ室には5分から10分くらい入ればいいそうだけど、そんなにかかるのか……。 
 もうかなりつらくて出たいのだけどまだ1分しか経ってない。
 本当に、なんなのだろうかこの苦行は。

 ただ、そのときの僕は先に書いたように精神的にとても鬱々していた。
 一人で何もせず毎日暗いことを考えているくらいだったら、サウナ室で地獄の拷問を受けていたほうが、その間は難しいことを何も考えられないのでマシかもしれない。
 そう思うと少し耐えられるような気がした。

 熱い空気によって全身の皮膚が熱せられ、体中から汗が噴き出してだらだらと流れて床に落ちていく。
 苦しさはずっと変わらないのだけど、ふと思ったのは、これは脳は苦しいと感じているけど皮膚にとっては気持ちいいのかもしれない、ということだ。
 目や鼻や脳など、中枢神経系は暑さと熱さで苦しんでいる。だけど、皮膚だけに感覚を絞ってみると、皮膚は普段感じることのないような熱刺激によって、ちょっと心地よくなっているかもしれない。
 僕が普段の生活で、本を読んだり音楽を聴いたりお菓子を食べたり、目や耳や舌や脳を喜ばせることばっかりやっていた気がする。皮膚とか筋肉のことなんていつもほったらかしだった。そのせいで首や肩のこりや足の冷えがこんなにひどいのかもしれない。
 中央の奴らはいつもそうだ。末端の現場が何を感じてるかなんて全く考えもせず、自分たちを喜ばせることしか考えていない。そう、どこかの独裁政権みたいに……。
 皮膚は本も読めないし音楽も聴けない。そんな皮膚にとって、このサウナの熱さというのは、最大の娯楽というかエンターテインメント体験なのではないだろうか。
 皮膚、普段ほったらかしていてごめん、せめてものお詫びに今は熱を楽しんでくれ、という自分の身体に対する贖罪意識とともに、さらに何分かの熱地獄を耐えた。
(つづく)

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pha

1978年生まれ。大阪府出身。京都大学卒業後、就職したものの働きたくなくて社内ニートになる。2007年に退職して上京。定職につかず「ニート」を名乗りつつ、ネットの仲間を集めてシェアハウスを作る。2019年にシェアハウスを解散して、一人暮らしに。著書は『持たない幸福論』『がんばらない練習』『どこでもいいからどこかへ行きたい』(いずれも幻冬舎)、『しないことリスト』(大和書房)、『人生の土台となる読書 』(ダイヤモンド社)など多数。現在は、文筆活動を行いながら、東京・高円寺の書店、蟹ブックスでスタッフとして勤務している。Xアカウント:@pha

 

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